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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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スノー様の社会科見学➂

 初めは軽い気持ちだった。


 ゼンタロウの住む世界の街がどういったモノなのか。あるいは、こんな自然に囲まれた家の近くに都があるのか? と興味もあった。



 でも、そんな期待は時間が経つ毎に不安が増し、恐怖を憶え、やがて忌避感が芽生えていた。


 目に入ってくる建物はどれも大き過ぎて、空気の濁った臭いで気分が悪くなり、意味の分からない騒音が遠慮なしに耳に入って来て、人の吐いた息でも吸い込んでいるみたいに人が多くって……。



 あと、黒い箱のような乗り物から降りた瞬間が一番酷かった。その時になって始めて、異臭の原因が黒い箱からだとその時に気がついた。後で聞いた話によると、排気ガス、というモノらしい。この世界ではあのような乗り物がどこでも走っているのだとか。


 結局、気分が悪くなってゼンタロウにおぶられて、凄く大きくて奇妙な建物の屋上までやってきた。


 そこはまだマシだった。異臭と喧噪と人混みの三つが同時に減ったからだ。



 でも休憩中に渡された透明な容器に入った水。これがまた難敵だった。


 容器の所為なのか、水その物に問題があるのか……飲めないことはないけれど、おいしくない。水として飲むには違和感があって、喉を通る時にムッとしてしまった。本来あるべきマナだって全く感じない。



 情けないけれど、何もしていない内から帰りたい気持ちになった。



 ゼンタロウの家はこれほどまで酷くはなかった。口で説明するのも面倒なくらい多くの点で、あの家は素敵だった。木とイグサの臭いと、風に乗ってやって来る山の香。妙な雑音はないし、どこか遠くから流れる川の音と小鳥のさえずりが聞こえてくる、気持ちのいい場所だった。


 それがどうしてここまで違うのか。同じ世界の筈なのに、別世界にいるみたいだ。どこかで来る場所を間違えてしまったのかと思うくらいには落差がある……。


 ゼンタロウは何でもない顔をしているし、むしろ今は私に気を遣っている。いつものゼンタロウらしくない。……そうさせているのは、自分であると言うのもわかってしまうのも、余計に辛かった。



 自分自身が情けない。これではゼンタロウに呆れられてしまう。このままではいけないと、せめてここへ来た目的くらいは果たしたいと自らを発起させた。



 その後は、魔道具(じゃなくて電化製品と呼ぶらしい)や、こちらの世界の一般的な衣装を買ったりして、やっと帰れる事になった。次からは街に行きたいとは言わないでおこう。この世界の都市はエルタニア王都とは比べ物にならないほどに環境が違った。


 気持ちが大きくなっていた自分が恥かしくなった。


 反省しながら、黒い箱の乗り物で元の路面電車の駅まで戻ってくると、安心したのか急にお腹が空いてきた。



『どうした、腹でも減ったか?』

「あ、いえ、すみません。御気になさらずに」

『無理しなくていいから。昼飯時から随分時間が過ぎてるし、腹が空くのは当然だ。……ほら、なんか食いながら帰ろう』



 そういって、ゼンタロウはまた白くて明るい屋内のお店(今度のはコンビニとかいうらしい)に入って、白くてフワフワなパンに黄色いタマゴを挟んだ食べ物をもってきた。これは、ぴよぴよ亭でも作ってもらった事のある、タマゴサンドという物に良く似ているが、パンの質が全然違う。凄く軟らかい。もうそれだけで美味しいだろうと予想ができた。



『あとこれな。水がダメならお茶がある。口に合うかは知らんけど』


 そういって、似た色の水の飲み物を五種類くらい、白い半透明の袋に入れて持ってきていた。たぶん、そんなに飲めないと思うのだけど。


『大丈夫、不味かったら俺が飲むから』

「いいのですか?」

『むしろ間接キスごちそうさまです』

「……今、悪寒がしたのですが」


 そんな会話をしながら丁度きた電車に乗り込み、買った物を口に入れた。


 ……わかってはいたが、タマゴサンドは卑怯すぎるくらいに美味しかった。一方のお茶はというと、どれも奇妙な味だった。渋かったり、苦かったり、ほんのり甘かったり……。でも変な味のする水よりかは断然マシだったかな。


 ちなみにゼンタロウは黒くて細長い鉄(アルミ缶とか言ってた)に入った飲み物を口にしていた。一口だけもらったけど、舌がヒリヒリしたのでもう絶対に飲まないと誓った。なぜあんな物を平然と飲んでいるのか、これがわからない。


 あとゼンタロウがまたニヤニヤしていたのでつま先で蹴った。その顔はあんまり好きじゃない。



『あ、これ食べる?』

「今度はなんですか?」

『ベビーカステラ。まあ、甘いお菓子だよ』



 そう言われて差し出された硬そうな紙の筒から甘い匂いがやってきて、鼻をくすぐってくる。試しに一つ取って食べると、これまた甘くて軟らかくて、フワフワしてて美味しかった。美味しかったのでもう一つ、また一つ、と勝手に手が進み、気が付けば全部食べきっていた。



「もうないのですか?」

『残念だったな。また今度出かけたら食べような』

「……ど、努力します」



 なんとも痛い等価交換だった。だけど、このカステラのためならば、まだ頑張れそうな気がする……。いや、どうだろうか……。なんだかエサで釣られている気がしてきた。気のせいだろうか?



『そうだ、話題を変えよう。スノー、今回は体調が悪そうだったから伝えるタイミングが無かったがな。この世界、魔法の使用は厳禁な』

「……いまさら、ですね」

『言おうとは思ってたんだけど、タイミング無かったし。スノー、途中からダウンしてたから言う必要もなかったし』

「う……すみません」


 確かに今回、私は弁解できないほどダメダメだった。

 そんな私の申し訳なさなど、ゼンタロウは一切気にせずにあっけらかんと続けた。


『謝らなくていいよ。それに、いざとなれば魔法くらい、別に使ってくれても構わなかったよ』

「……ゼンタロウ、厳禁の意味を知っていますか?」


 知ってると即答されると、ゼンタロウは溜息を一度挟んでから、神妙な顔つきで話し始めた。



『地球人はさ、そもそも『魔法』なんて信じないんだよ。使ったところで、幻覚とか、夢とか錯覚とか……。何かしらの理由付けして勝手に誤魔化すさ。俺の時も実際にそうだった』


「魔法を信じていないのですか? なんだか奇妙な物言いですね。魔法という現象を知っているのに、それが『存在しない』とどうして言えるのですか?」


『……面白いことを言うな。でもそれって悪魔の証明みたいだ』


「悪魔は存在しますが?」


異世界(そっち)ではな。でも地球には、角や尻尾があって、背中から蝙蝠の翼が生えたわかりやすい悪魔はいないんだ。空想上の存在、ただの妄想、存在を証明できない存在。……でも、悪魔みたいな性格の人間なら幾らでもいるけどな』


「……それはどこでも同じですね」


『言えてる』



 ゼンタロウは吐き捨てるように笑って、景色が過ぎる窓の向こう側を見つめ始めた。すると先ほどまで普通に話していたはずなのに、少しだけ距離が遠くなった気がした。それが少し嫌で、何とか言葉を捜そうとした。



「えっと……何を考えてるんですか?」

『うん? つまんない話――……』


 と、話しの最中に、言葉が突然通じなくなった。すると、ゼンタロウが黒い板(携帯)を見せて、手でバッテンを作った。なにやら故障したのか、これから先は会話できないのだと察した。でもゼンタロウは慌てることなく、帽子越しに頭を軽く撫でてきた。まるで、大丈夫だと言ってる風に。


 頼りにしていいのか、したらダメなのか……。ゼンタロウは相変わらずよくわからない。



 その後、私は母親に連れられる子供のように手を握られて、ゼンタロウの家に向かって歩き出した。その構図を客観的に考えると唐突に、自分がゼンタロウの優しさに甘えてしまっている気がした。



 ……やはりこのままではいけない気がする。何かしら自分でも動かなければ……。

 差し当たっては言葉がわからないというのは不便だと思えた。文字は比較的簡単に覚えてきたが、言葉も何とかして覚えよう。今日はそれを実感した。

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