冒険者ギルドの洗礼?
Q冒険者ギルドに到着したらする事といえば?
俺がパソコンのスタートアップの設定を終わらせ、ゲームパッドやマウスのドライバをインストールしている最中であった。
ちょっとばかり手間取っていたので、スノー達の状況を見ていなかったのだ。
やっと一段落して第二パソコンの方に見やると、そこでは地獄絵図が繰り広げられていた。
狂喜乱舞してまともな思考を持っていない者達、床に倒れて伏している者達、あるいはあっちこっちに飛び交う黄金色の液体。赤黒く粘っこい体液が机を汚している。
殴り合いがそこかしこで始まっており、唐突に人が無重力で踊っているかの如く、投げ飛ばされていく。
その中でスノーはただ、吐きそうな顔をしながら、椅子の上に一人、借りてきた猫の状態で座っていた。
……どうしてこうなった。
スノー達は指示通りにエルタニア王国の王都に到着していた。
都の城壁検問所で身分の確認に少々難儀したらしいが、『エルフのスノーと竜人族の竜田アゲイルが来たら、エルタニア王国第一王女アリッサの食客として扱う』との指示があったらしく、その場で身分証となるバッジを受け取って都に入ったらしい。
そこから二人は広い王都を観光して回っていた。
夕方の頃合いになると、俺も小田もログインしてきて、ラックさんの待ち合わせ場所、冒険者ギルドに向かった。
確かこのタイミングだったか。注文していたパソコンが届いたのだ。
この頃から俺はスノーを自律動作にして、判断を小田に任せてパソコンを設置し始めたのだ。なお、会話だけは一応聞いていた。
『ここが冒険者ギルド?』
スノーの疑問にアゲイルが頷いた。
『貴族様の館みたいだが、王都となればこれくらいはある。ドラグラン王国でもコレほどの大きさがあった』
『……誰が住んでるの?』
『住んでいるというより、仕事をする場だ。お金を稼ぐ場所とでも言えばいいだろうか?』
『なるほど。お金は知ってる。昔、母に聞いたことがあるから』
『そうか』
スノーは外と交流の無い村で生きてきた所為か、社会的な常識がかなり抜け落ちていた。
流石に大丈夫かと不安もあったが、それは杞憂だった。保護者としてアゲイルは優秀だった。アレはなんだ、コレはなんだと丁寧に質問に答えてくれているらしい。
中に入るとそこでは多くの人で賑わっていた。下品とも思える笑い声と、奇妙な連帯感で生まれる即興の音痴な合唱。仲間と食事を囲む者や樽のジョッキでエールらしき飲み物を流し込み、気を良くしている者達。
その対照としてカウンターの先で書類仕事に専念していたり、受付嬢が冒険者と思わしき人物と依頼の話をしていたり、酒や大皿飯を運ぶ者、掲示板の前で依頼の張り紙を食い入るように見ている冒険者もいる。
冒険者のギルドとは斯くあるべし言わんばかりの情景が広がっていた。
スノーは一瞬圧倒されるが、その景色に誘われるように混じっていった。
『賑やかですね』
『賑やか過ぎるな。何かあったのか?』
アゲイルが不審に思っていると、酔っ払いのテーブルの男が絡んできた。
『ああん? ここはいつでもこんなもんよ! オレ達は冒険者だからな! ガッハッハッハ!』
まるで海賊かと疑いたくなる笑い声を上げ、大爆笑を繰り返していると、彼等はスノーの存在に気が付いた。
『オイオイ、何でこんな所にガキが来てんだ!? しかもこりゃあおったまげた! 森猿のチビっ子がこんな所にきてるぜ!』
赤くなった顔が臭気をまとってスノーの顔面に迫り、あからさまに嫌な顔をして鼻を摘んでいた。
『……臭い』
『ああ? さっすが森の猿は匂いに敏感だぜ!』
『森の猿って言うの、やめて』
『森猿を森猿っつって何が悪い? 子供に子供って言って何が悪いんだ? ここはガキが来ていいところじゃあねえ! とっととママの乳でもしゃぶりにお家へ帰りなよ!』
『私は森で暮らした事もないし、母も死んでる』
少し萎縮している感じもするが、言い返す気力くらいはあった。
それを見守っていたのはアゲイルで、やめさせたのは飲んでいたグループの一人だった。
『ジュナイル、もういい。これ以上は酒が不味くなる』
『いや、隊長。オレはコレでも親切でやってんだぜ?』
『わかってる。わかってはいるが、親を亡くしているんだ。生きていくのに仕事は必要だ』
ジュナイルと呼ばれた男はくちびるを尖らせると『へーい』と気のない返事をして席に戻った。
どうやらスノーに対する親切心でジュナイルはあえて悪者になろうとしていたらしい。
これくらいで臆してしまうのなら冒険者にはならない方がいい。今のはそういう、腕試しにも似たものだったのだろう。
『すまなかった。彼も酔いが酷くてね』
『……いえ、別に』
『お詫びに何か奢らせてほしい。すみません、果実水を一つ。それからそっちのお連れさんは?』
『何でも構わない』
スノーは納得のいっていない様子だったが、アゲイルは逆に機嫌よく振舞っていた。顔全部を覆い隠すヘルムを取り、素顔を出して席に座っていた。
『へえ、角ありかい? 半魔人? この辺じゃあ珍しいね』
『一応コレでも竜人族だ。半魔人と呼ばれるのは好きではない』
『そりゃあわるかった。じゃあお詫びに一杯』
『このお節介に乾杯』
『いい言葉だ。僕はカイル。貴方は?』
『アゲイルだ』
二人は樽のジョッキをぶつけ合うと、一気に中の黄金酒をノドに流し込んだ。
何か一波乱でも起きそうならばこの時までだっただろう。と、思い込んでいた。ラックさんが来るまでに新しいパソコンのセッティングが終わるかもしれない、なんて考えて俺は作業に専念していた。
以下はスノーから聞いた後日談を俺なりに解釈したモノである。
酒の席に座らされたスノーは、何故こうなったのかよく理解していなかった。逆にアゲイルはこの手の雰囲気に慣れていたのか、酔っ払い相手に気さくに話を成立させていた。
「お前どっからきたんだ?」
「ドラグラン王国からだ。ちょっと知り合いに――」
「良い飲みっぷりだぜ大将!」
「これくらい、水みたいなものだ。少し尋ねたいのだが――」
「コップが空だぜ、こっちもイケイケ!」
「ありがたい。ところで凄い騒ぎだが、何かあった――」
話をしているのか、一方的に押し込まれているのかわからない状況に困惑していたが、アゲイル的には情報を聞いていたようだ。スノーは猛烈な勢いのある会談に若干、眩暈を覚えたらしく、大人しく端の方で果実水にチビチビと舐めていた。
そんな時だ。
この場に居なかった、一人の謎の男が現れた。
黒服に黒いコートの大男だった。
「待ちな」
ピタリと酒場――否、冒険者ギルドの喧騒が鳴り止んだ。
まるでこの男こそがこの空間の主だといわんばかりであったという。
「其処な御仁、逞しい酒豪のオーラを感じる。きっと、エールでは満足できないんじゃあないかな?」
大男はアゲイルに語りかけていた。
アゲイルは無言で振り返ると、ニヤリと口角を上げた。
「確かに、彼等の酒は楽しい。だが、私にはいまいち物足りない」
「だろうな。わかるぞ。お前はこの程度では満足しない。だから――」
大男がコートの内側に隠していた一升ビンを机の上に叩きつけた。ビンは琥珀色に煌めき、大男が親指でコルクを弾くと、中の匂いが途端に噴出してくる。
「そこなションベンの如き液体などより、こちらの神が愛された至高の一品の方に興味はないかな?」
酒の匂いなどスノーにはわからなかったが、その酒は木の匂いがしたそうだ。後でアゲイルに聞いた話だがウィスキーらしい。酔いの勢いはエールの数十倍早いらしい。
「……貴方は、何が目的かな?」
「本物の酒を飲み交わすに値する人物と出会った。ならばコレを飲み交わし、お互いの真価を示しあう。それではいけないか?」
「相手が竜人族だったとしてもか?」
「種族など関係ない。周囲の喚き声など、単なるノイズよ」
「わかった」
そして始まった、交流とは名ばかりの飲み比べ対決。酒を飲み干し、つぎ足し、飲み、つぎ、飲み、つぎ、飲み、つぎ……。以降同じく。
そして周囲ではイッキ、イッキとコールが始まり、ノリでエールを同じタイミングで飲みだす輩や、二人が飲んでいる琥珀色の酒に手を出して一口で痙攣を起こして床に倒れる者もいる。
しばらくすると、ビンは空になる。しかし二人はまだまだ余裕だった。
「わかっていたことだが、この程度で終わるわけが無い」
「そうとも。コレは前座だ」
すると謎の男がいきなり大声を出した。
「この店で一番強い酒をもってこい! ここに居る者共! 好きに飲め! 酒宴を盛り上げ、大いに楽しめッ!!! 我輩のおごりだアアアッ!!!」
沸き起こる大歓声。その瞬間、カウンターを乗り越えて酒を取りに行く命知らず達が一気に騒ぎ出した。
酒が舞っていた。酒の入った入れ物が投げられ、エールがシャワーのように降り注ぐ。それを受け取り口から零すほどの勢いで飲んで騒ぐ。既に床に沈んで寝ている者もいれば、血の混じった嘔吐物を机の上に流して苦しんでいる者もいる。
ギルド職員の方々は蹂躙されゆく職場に悲鳴を上げ、または怯えて壁に背を預けて静かに騒ぎの嵐が去るのを待っていたり、実力のありそうな職員は暴動鎮圧の目的で酔っ払いを窓や入口に放り投げていた。
「グアッハッハッハッ! まだまだ行けるぞ、アゲイルッ!」
「ご老人、顔が赤くなっておりますぞ?」
騒ぎのど真ん中で酒を呷り続ける二人が高笑いをしながら酒を飲み散らしていたという。
そして話を聞き終えた現在の俺に戻る。
『――こういうのって普通なの?』
「……こんなのが普通であってたまるか」
というか、この謎のオッサン誰だよ。
A全員で酒盛り、地獄の肝臓即死コースで