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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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善太郎にとっての天敵


 月影(つきかげ)美景(みかげ)、それが祖母の一般衆知されている名前だ。本名は不明。


 占いの中でも『占星術』と呼ばれているらしい、数学を使ったオカルト理論を使って、未来を見通すだのわかるだの大嘘を並べ立てる人物。祖母の言葉を信じる信奉者も多く、また反対に俺と同じく胡散臭いと卑下する敵も数多い。


 でも、俺にとってはそれだけではない。




 祖母を前にすると、いつも思い出す。




 何も知らずにいた頃に得た、艶かしく口の中で這い回る舌の感触。誰かを慈しむように、そして愛を囁くように、その濡れた双眸で俺を捕らえたあの表情を、手付きを、抱擁を……。


 簡単に言ってしまえば、老婆からキツいキスをされたのだ。



 未だに思い出すだけでも息が詰まって胸の中がムカムカする。怒りと困惑でクラクラもする。



 意味不明で好意的な態度とはいうが、実のところ、俺はそれを理解したくないだけだ。


 祖母の……あの老婆の自分に対する愛情は、孫に対する領域から逸脱している。アレには恋慕すら垣間見える。それがとても、とても、恐ろしい。



「善太郎。貴方がココへ来てくれたこと、うれしく思うよ。そこで立ちながらでもいいから、なにがしたいのか話してちょうだい」



 部屋にも入らず、畳の前で足を止めている俺に対して、それでも嬉しそうに話し出す祖母。


 もうその時点でおかしい。何でもいい。何だって構わない。ただただ「好きなんだ」と言われているみたいに感じる。俺にとっては存在そのものが異様だ。


 自分で言うのも何だが、俺は人に好かれるような生き方なんてしてないし、祖母に対しても一切好意を抱いていない。だのにこの態度は明らかに異様だ。間違っている。



 自分から会いに来ると覚悟したはいいが、やはり目の前にすると感覚が可笑しくなる。本当に妖怪みたいな人物だ。とにかく、立ち尽くしても仕方が無いし、何はともあれ用件を言ってしまおう。



「……まず、うしろの彼女……スノーって子なんですけど――」

「許します。ただし、本館では勝手をしない事。それ以外なら善太郎、貴方の好きにして頂戴」



 まだ全部言ってない。せめて「――同居を許してほしい」まで聞いてから判断してくれ。


 そんな俺の気持ちも知らないのか、ただにこやかな顔で話しかけてくる。「そんな事よりもっと話は無いか」とか、「寂しいから顔をもっと寄せて」とか、俺の顔を(しか)める言葉ばかりが並び立っていく。


 やっぱりダメだ。会話になっているようで、なっていない。このままでは自分が喰われるのでは無いかと錯覚するほどに、祖母は一方的に感情をぶつけてくる。



 残念ながら、この人は病気だ。


 他では涼しい顔をして御高説垂れているようだけれど、俺に対してだけは、何故か狂ったように優しさを振りかざす。正直、迷惑以上の何者でもない。


 理由が何かは知らない。祖父と俺が似ているのかもしれないとか、そんな与太話を考えたこともある。でも、俺と祖父が似ているだなんて誰からも聞いたこともないし、そもそも爺様の顔写真も、遺品すらないのだから理解できない。普通、その人が好きだったなら何かしら残しておくだろうに。



 もはや別の意味で心が折られそうだ。


 ココへはスノーの同居の許可のためと、金を受け取るのに正当な理由を作りに来たはずなのに、予想通りの気持ち悪い展開になっている。このままでは、なんの意思表示もできぬまま、終わってしまう。


「ゼンタロウ」

「ッ!?」


 背中を指でつつかれた。ちょっと驚いてしまったじゃあないか。


 しかし、スノーの表情は行動の軽さと違って、どこか真面目な表情をしていた。


 これは頑張れとでも励まされていると勝手に受け取ればいいのだろうか……。それとも、早く済ませてくれと言っているのだろうか。


 まあ、確かに早く済ませてしまう方が俺も精神的に助かる。



 深呼吸をしてから、今一度、祖母と向き直す。


 そこには何を話してくれるのかと待ち構えている老婆の顔が待っている。



 改めて思ったが、自分から虎の入った牢屋に飛び込むみたいな気分だな。なんでこんなのが自分の祖母なのかと災難に感じる。



「あともう一つ……。今度は最後まで聞いてほしい」


「何でも聞いてあげますよ、善太郎」



 ポケットから茶袋の封筒を取り出した後、言いたい事を口にする。



「……ただ貰う事なんて、ダメだと思う。対価と報酬の関係でありたい。俺にこの大金は受け取れない。祖母さんから、無条件に与えられるなんて気分は嫌だ」


「そんなの気にしなくてもいいのに」


「俺は嫌だ。だから、このままでは使えない」



 使いたく、ない。



 中に幾ら入っているのか知れない茶封筒を部屋の床に置いた。


 気に入らないから。気が済まないから。気が治まらないから。


 総じて、納得していないからつき返す。




 その時、何か視界の端で、妙な物が見えた気がした。



 黒くて、でも、青い、しかし光のような二枚の羽の何か。

 それが、何も無かったはずの部屋の中に、ユラユラと通り過ぎるように天上を斜めに通り過ぎていき、最後にはどこへとも知れぬ壁の端へと消えてしまった。


 幻覚だったのか。それとも気にするモノでもないのか、誰もその存在には見向きもしなかった。


 しかし、そんなことを思っていたのも束の間、老婆が何気なしに語り始めた。



「わかりました、善太郎。貴方がそういうのであれば、これは別の形として貴方に渡します。待っていてね」



 そう言って、祖母はニコリと不気味に笑うのだった。


「……ありがとうございます。行こう」


 そう言って、部屋のふすまを閉めようとした際に、最後に一言だけ、祖母がスノーに対して、言葉を投げかけた。




「そこの貴女。これより先は覚悟しなさい、貴女は何れ“死者の彷徨う地”へと旅立つ。それまでに、精々足掻きなさいな」




 まるで俺に対してとは違う嫌味な態度で、粗雑に言い放った。言っている意味はわからなかったが、単なる嫌がらせにしか聞こえなかった。そもそも、占ってすらいないのに、何を言っているのやら。


 それから白いふすまを閉めて、祖母の姿を視界から消すと、やっと解放されたような気分になった。


 それからまた長い渡り廊下を通り、やっと二人っきりになったところで口を開いた。



「まぁったく。あれと関わると最悪な気分になる」


『ゼンタロウ、先ほどの方は一体誰なのですか?』


「……血縁上、父方の母親。占い師で有名人。金持ちで俺の一等苦手な人」


『ご家族なのですか? 全然、見えませんでした……。どころか、アレは何か別種の化物なのでは?』



 スノーにまでそう思われるのか。流石だよ、祖母さん。

 これが赤の他人ならば笑って済ませられる話なのだが、残念ながら身内なので全く笑えない……。



『あれが、この屋敷の主なのですか?』

「一応、そうだ。住む許可は貰ったけど、絶対に関わりに行くなよ」

『私もそうしたいと思っていました』



 俺にはああいう態度だけど、スノーに対しては何するかわからないからな。その辺、俺以外に対する態度が全然違うから、余計に気持ち悪いんだよ。誰か変わってほしいもんだ。



『ところで一つ聞きたいのですが、いいですか?』

「なにが聞きたいんだ?」

『あの方は私に何かを言ってましたが、なんと?』




 最後とは、あの意味不明な発言か。まあ、聞かせなくても別にいいだろ。俺も一々他人の毒なんて覚えてないし。




「べつに、これからよろしくね。だとさ」


『絶対にそんな感じではなかったかと思うのですが?』


「気にするなって言ってるのさ」

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