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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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足掻いてはみたけれど

 スノーが寝ている頃。自分でも往生際が悪いとは思うが、目の前の状況を受け入れるかどうかを悩んでいた。


 状況を受け入れないというのは、非常に楽だ。目の前で明らかに問題が発生しているのをただ見過ごせばいいだけなのだから。普段の俺だったなら、面倒事はまず間違いなく切り捨てる。「知ったこっちゃあないぜ」と言い切って、他人の目もはばからず、目の前の問題に対して見ないフリをして、ゴミ箱に蓋をして閉じる感覚で放置する。



 でも、それをするのがどうにも自分の中で釈然としないと心内がざわつく。




「……スノー、だからだよなぁ」




 一年間も共に活動してきた色んな出来事が、美化された思い出のように記憶から蘇る。中には都合よく忘れてしまった出来の悪い記憶もあるけれど……。


 それでも、俺はスノーという『ゲームキャラクター』がとても好きだった。


 一人で悩んだり、人を殺して情緒不安定になったり、複雑な希望も抱えたり、手間のかかる事情を作り出したこともあった。


 色んなことがある度に、なんて可愛いヤツなんだ。そこは違う考え方を持つべきだ。大丈夫、任せろって言いながら、色んな要望にも応えて来た。


 それはもう、手塩に掛けて育てた我が子とでも呼ぶ程に、俺はスノーというAIの成長を促してきた。


 ……つもりだった。



 だが俺は仮想人物(ゲームキャラ)だったからスノーが好きなわけで……。




 ……もし、スノーという人物が地球に居て、仮にでも俺と遭遇していたとしたら、きっと同じ態度では接していなかっただろう。


 悩み相談よろしく、他人の不幸自慢など聞かされた時には、俺はすぐさまこう言ってやる。


「何を甘えてやがる。自分のことは自分で何とかしやがれ」


 細部は違うかもしれないが、それに類する優しさの欠片もない言葉で追い返しているだろう。今までだって、そうしてきた筈だ。




 現実が嫌いなのか、と聞かれたら……俺は頷くかもしれない。でもそれは正しい意味ではない。


 俺は人間が好きじゃないだけだ。他人が嫌いだし、多分奴等だって俺のことなんか嫌いだろう。


 でもそれでいいと思っている。大勢が同じ意見ならば他人(個人)への精神的攻撃が許されるだなんて思ってる連中なんて、こっちから願い下げだ。




 だから、迷う。


 今まで頭の中に『{スノー=気を許してもいい仮想人物}⇒だから好きでも良い』という論理式が成り立っていた。


 それが今では『{スノー=気を許してはならない現実の人間}』と成ってしまった。




 ならば今、結果たる矢印の先をどう処理すれば良いのかわからない。わからないから、別のことを考える。




「そもそも、見知らぬ赤の他人に体を操作されるって、どんな気分なんだ……?」




 それなら少し想像してみるだけでわかった。


 凄く気持ち悪いし、不安になるし、なによりも釈然としない。

 少なくとも俺は嫌だ。サモルドをやってきた他の連中だって、きっとそうに違いない。



 じゃあ、現実の人間たるスノーも、そうであるべきではなかろうか……。



 そう考えまとめると、恐ろしさも浮かび上がってくる。


「こりゃあ……殺されても文句いえねえなぁ」



 どうしよう。しかも「スノーに殺されるのならば別にいいかも」なんてどこか捻じ曲がった感慨すら湧いているのだから、自分でも可笑しくなってくる。無論、死にたくないのは大前提ではあるのだけれど。


 ……椅子の上で黙々と考え続けていると、気がつけば時刻が1時過ぎにもなっていた。



「大分、考えが煮詰まってんな……。俺も寝るべきだな」



 パソコンの電源を切ってみたら、もしかしたら全部嘘だったみたいに消えるかもしれない。……なんて意味のない希望を持ちつつ。

 しかしそんなことはなく、俺の寝床であるソファで今も寝息を立てているスノーが存在し続けていた。



 とりあえず今は眠って、朝起きた後に続きは考えよう。



 既に運営には連絡した。きっとまともな返事はないだろう。普通の運営じゃないって今回の件でハッキリわかったんだからな。


 そしてネットの反応を見る限り、他にこんな妄想男のような出来事は俺しか居なかった。


 しかもアップデートのゲージ画面はいつの間にか消えてるし、何をダウンロードしたのかも全く知れなかった。



 はっきりしない事柄が多すぎて、なにがなんだかわからない。いつもならば、こういう時は何でもいいから手探りで調べたりしてきたのだが、前例がない問題に挑戦するのはとても難しい。



「……あ、いや、待てよ……。そうだよ、わかることからハッキリさせていくか!」




 寝ようと思っていた矢先に妙案と呼べそうな発想が生まれてしまった。


 そしてお決まりの、思いついたらやりたくなってしまう衝動も沸き立ってしまう。



「そもそも、このシンボル……いや、魔法陣か……? 俺、あっちにいけたりするのか?」



 アニメとか漫画の知識や理屈を短絡的に考えれば、向こう側は多分、ヒュードラ山脈の教会になると思う。


 ちょっと恐ろしくも感じたが、まあ、異世界とはいえ勝手知ったる場所に出るのであれば、あまり不安がるのも馬鹿らしい。



「まあ、別に? 実際に行けるとか、決まったわけじゃないし? ただの興味本位だし?」



 自分でも馬鹿なことをしているとは自覚しているが、言葉でそれを濁しつつ、スノーが現れたであろう紋章に足を入れてみると、線が淡く光りだしたではないか。……実は「そんなこと、やっぱりねえよなぁ」とか言うつもりだったから、この反応には驚いた。


 どころか、急に眠たくなってきた。



「は――?」



 心臓でも奪われたみたいな意味不明な激痛と吐き気に襲われ、反応する前にその場で倒れてしまった。


 だのに意識が残ったまま、どこかへ吸い込まれ、白い闇に包まれた。吸い込まれて、吸い込まれたまま、時間だけが経過していった。


 匂いはない。見える物はただの白色。無色。透明。自分の手も足も見えやしない。


 

 とりあえず黙って、もがくのをやめて、眠るように脱力してみた。




 ……それから何分、何時間経過しただろうか。すでに時間の感覚すらよくわかっていない。


 このまましばらくすれば向こう側にいずれ到着するのかも……という事もはなく……。

 いい加減眠ってしまうかと目を瞑っても、フワフワ、フワフワ、永遠に揺らされ続けて眠れやしない。


 どころか浮遊感による酔いで気持ち悪くなる一方だ。




 永遠とこの白い宇宙を漂い続けて、いっそ素数でも数えて暇でも潰していたら終わるかと思い、491まで頑張ってみた。頑張ってみたんだが、なんだかいい加減に飽きてしまい「そういえば素数ってなんだっけ?」とゲシュタルト崩壊を起こしてしまう始末だ――




 ――といった所で、知らない内に朝になっていた部屋に現れ、軽く床に叩きつけられていた。しかも間抜けで意味のわからない声まで出してしまった。



「いやいや、な、なに? ええ? いまのなに? 素数のお陰か? マジで? 491まで素数を自力で唱えたご褒美とか? いや、もうマジ意味わかんねぇ……何の脈絡もねえ……」



 多少の情報が得られると期待していたのにもかかわらず、ただ気分が悪くなって、船酔いの感覚を味合わされて、延々と素数を数え続けていただけだった。



 なにが一体どうしてこうなったと、周囲を見ると、誰かに声を掛けられた気がした。


 顔を上げると、そこにはスノーが居て心配そうに俺を見ていて、思わず「スノー?」だなんて、感動の再開でも果たしちまった物語みたいに声を出していた。



「えっと? わるい、いまなんていったんだ?」



 思わず、さっき聞いた言葉を聞き直そうと思ったのだが、しかし、スノーが反した言葉は聞いたこともない発音をする言葉だった。



「……ス、スノー……?」



 名前を呼ばれると首を縦に振ってくれる。個人名称に関しては伝わるらしい。


 すると今度はスノーが俺を指差して――




「ゼンタロウ?」




 そう、口にしていた。


 スノーが、言ってくれた。



 途端に胸を撫で下ろすような安心感を得た。ただ、言葉が通じないことがわかって、お互いの名前を確認しあっただけなのに。

 名前を呼ばれて、互いに少し、距離が近くなったと感じただけで、なんともまあ、自分も大概に安い人間だったと証明されてしまった。



 だが、何かを口にしようとすると、途端にさっきまでの良い雰囲気がダメになる。何を喋っているのかがさっぱり理解できないし、反対に俺の言葉も伝わらない。



「まて、待て待て。そもそもどうして今まで伝わってたんだよ」



 とにかく手で制止を促し、スノーにはしばらく静かにしてもらう。


 もうこうなったら異世界は実在するのだと、なんの疑問も持たずに肯定してしまう決意をする。それをした後、ちゃんと理論的に考えようと努力した。



(サモルドの世界って言語統一されてたよな? でも文字はバラバラで、ドコドコの文字ってだけで解読が妙に難儀する事もあったんだよな)



 魔法学院にて、誰かが作った魔法を覚える時にスクロールの文字にはよく苦労していた。点字みたいな字もあれば、カタカナみたいなのもあったり、どこぞの緑眼の魔界少女が使っていた魔界語は、幾つもの種類に分かれてるとか……。


 そんな文字体系がバラバラな世界で、言葉だけが統一って、逆に面白いな。……そんなワケが無いか。


 ゲームをする際によくある世界観の省略のような感覚で不思議にも思わなかったけれど、もしかしたら何かしらの理由で翻訳とかがされていたのかもしれない。



 ということは、プレイヤーがキャラクターに話しかけてきた際も、同じように翻訳する機能があった筈だ。

 それが異世界限定での事象なのか、あるいはゲームを通してのシステム的な何かが噛んでいた現象なのか……。


 結局のところ、試さないとわからないのだが……まあ、魔法陣に飛び込むよりはまだ簡単だろう。




「いい加減、難しく考えるのはやめよう」


 携帯電話のサモルドのアプリを起動する。いつものように画面にはスノーを俯瞰視点から見る光景と、ステータス表示タブやら、チャット切り替えしか使い道のない文字の白枠などが写りこむ。


 とにかく、何でもいいので話してみる。



「スノー? ええっと、これで何言ってるかわかるか?」

『ッ! はい。わかります! ああ、やはりゼンタロウだったのですね!』


 安心した拍子で一緒になって息を吐き出した。何とか、意思疎通はできそうだった。本当によかった。もう昨日の昼から何一つ思い通りに行かなかったから、会話ができるってだけでも相当に安心してしまった。


 あと、どうでも良い話だが、安心したついでに、俺の腹の虫が鳴ってしまった。



『……えっと、どうしますか?』

「あ、うん。えっと……とりあえず、朝飯するか……」



 まあ、とりあえず難しい事は順を追って解決していこう。

 いきなり全部なんて不可能だ。

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