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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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雪月花の紋章

 天狗でも住んでそうな山中道を電動自転車で走った後、森に埋もれた瓦屋根の目立つ長屋門がある。白壁がしばらく続くと端は竹の柵しかない。


 そんな隠れるように構えている屋敷が祖母の家だ。


 自転車は脇戸では通りにくいので、堂々と門の方からくぐると、案の定使用人の一人が駆けつけてくる。門から入るとセンサーが反応して使用人に知らせるシステムが配備されている。……微妙にハイテクなんだよな。



「あら、善太郎様だったのね。お疲れでしょう? あ、自転車は私が仕舞っておきますから、どうぞ先に入っていてください」



 どこの客なんだ、俺は……。


 とりあえず大丈夫です、と手でジェスチャー混じりに追い返し、自転車は自分が使わせてもらっている倉まで運び込む。屋敷玄関には行かずに横脇の道を通っていくと、件の倉があり、中に入って自転車ごと運び込む。


 電気のスイッチを押せば、部屋一面に少し明るさの足りない照明が倉内の空間に光を届ける。


 倉は二階建てで、一階の床はコンクリートで固めており、引戸の棚や置き棚やらが壁一面にある。奥の端に台所とシンクと、業務用とも言える巨大冷蔵庫がある。初見の時は、まるで一日篭もって芸術でも製作しろと言われているみたいだった。


 とりあえず端に自転車を置いて充電を開始して、二階へ逃げるように移動する。


 二階へ行くには木の梯子を使うしかない。そこは一階の面積の半分ほどの広さで吹き抜けになっている。ちなみに壁や柵はないので、うっかり落ちる可能性が考えられる。



 だがそんな二階は今の自分にとっては最大のオアシスとなっている。



 いつものゲーミングパソコンと、元愛機の一号機と、妹由来の二号機。ついでに年代物で捨てられそうな横長のソファ一個。上には掛け布団があり、こっちに居候してから大体コチラで寝ている。


 いや、離れの部屋にもしっかりとしたベッドや机はあるのだけれど、俺にはどうも性に合わない。畳みの床とか匂いとか、旅館じゃあるまいし……。それと比べればコチラの薄暗い倉の方が少しだけマシだ。




 とにかく今は嫌な気分を払拭したい。飯は後にしてさっそくパソコンに電源を入れる。コンセントなんかも何故か充実してて、山の中でもネット環境は一応揃えられていた。実家と比べれば半端じゃなく回線速度は遅けれど、仕方がない話だ。


 と自分を宥めていると、パソコンの机に見覚えのないモノが置かれている。茶袋の封筒だ。しかも厚みがそれなりにある。中身を予想すると封を開けることもなく、適当な棚にでも放り込んでおく。



「……イヤらしい手を使いやがって……」



 祖母が何も言わずに、金だけを置いていく。

 人が金欠になっただろうと予測を立てた上での企てと思えて仕方がないタイミングだ。

 確かに今は懐が心もとないが、無いとまでは言い切りたくない。


 ……もし、その辺に百万円も入った財布が落ちていたら俺は間違いなくネコババして懐に入れるだろう。でも俺はこの封筒からだけは金を取りたくない。


 取ったら最後、自分の魂をあの老婆に奉げてしまうような強迫観念があるのだ。


 あの金はいわば首輪だ。自分の元から離れられないようにするための餌。


 俺には、どうしてもそう思えて仕方がなかった。




「……俺って、ここまでネガだったか?」



 ホームシックにでもなっちまったか。そうかもしれない。それにこっちに来てから精神的ストレスは常に感じている。まだ半月しか経っていないのに……いや、半月も経ってるのか。意外と凄いな、俺。普段なら嫌な事とか一日だって我慢ならないのに。



「いかん、いかんぞ。こんな下らない話で脳みその処理能力を割くんじゃない。ええい、今日は厄日か!?」



 三台のパソコンの電源を入れ、さっそくサモルドを起動する。携帯電話に充電器を刺してアプリも起動。


 いつもと同じ画面にスノーの背中が写り、雪の深い山と教会のような建物が見えて、そこがもうすぐ目的地だという事を知らせていた。

 現在のスノーの拠点だ。



「ただいまぁスノー……」

『あれ? ゼンタロウ? いつもの声に元気が足りませんね』

「聞いてくれよぉ。あのな、俺さぁー。ぶっちゃけ、泣きたい」

『聞きましょう』

「それがさぁー……。あー、悪い。割とどうでも良い内容だったわ。それよか今回はお疲れ様。疲れただろ?」

『え? えぇ、まあそれなりには……』



 なんだか無駄な話題が始まりそうだったので、むりやり軌道修正をした。いらぬ愚痴なんぞでスノーに心配させたくないからな。



 拠点とはスノーの故郷である、ヒュードラ山脈の闇エルフの隠れ村。


 ここはどのプレイヤーだってまだ未探索の場所だった。第一首都であるエルタニアから割と遠いからだろう。それに周辺には全く栄えている拠点(村や町)もないし。


 今はスノーの所持品の倉庫代わりに利用している。それにもともとスノーしかいない村だったから、何をしてもそれほど気にならない。スノーも快く賛同し、今ではスノーだけの快適村を目指しつつある。


 その中でも一番誇れるのは、お風呂を設置したことだ。


“イフリートジュエル”という炎系ゴーストの魔物からドロップするアイテムがあるのだが、それを利用して雪を溶かしてお湯を精製し、お風呂の湯にしたのだ。ジュエルはそれ自体が熱もっていて、魔力を注ぐと炎が生み出せるという宝石で、魔物があまり現れないタイプのレアアイテムだったりもする。


 あとは適当な家を大改装してくぼみを作り、スノーだけのお風呂の完成させた。


 他にも暖房器具を設置したお家だったり、寝具のあるお部屋はモッフモフの毛皮だらけに変えてこれで夜もきっと暖かいだろう、と手を加えまくった。


 他には温室を作って植物園にしたいとか思っているが、土を掘るのが困難なので、まだそこまで行き届いていない。




 何でここまでしているかと言われると深い意味もないのだが、気を紛らわせるためだ。


 拠点に何も無いというのはスノーが寂しがりそうだし……。


 一応、ドラグラン王国に留まって様子を見るという選択肢もあったけれども、なんと言うべきか、かの王国の空気は少しばかり、馴染めそうになかった。


 アゲイルが特殊なのかもしれないが、他の竜人族達がスノーへ送る視線に違和感があるというか……。俺個人の見立てでは竜人族とその他種族では、垣根が強いのでは? という印象を受けた。竜人族の社会って、外部との接触が極端に少ないからなのか、無意識に拒絶体質になっているのだと思う。


 なんか……そう、あれだ!


 日本人が外国人を見る目に似てる気がする。「お、なんか見たことない毛色の人がいる」みたいな感じ。ただそれで拒絶体質というのは言いすぎだろうけど、誰も話しかけてこない所を察すると、近寄りたくはないのだろう。


 ゲームのAIにここまで洞察する理由もないかもしれないが、どうしてか考えてしまう。俺も大概に現実と空想の境界線があやふやになってきている証拠かもしれない。


 だって、ここまでキャラの感情を読み取ろうとするなんて、現実逃避者か単なるアホしか居ないだろう。既に何人かの連中が「サモルドは異世界と繋がってるんだー」みたいな頭の痛いコメントを見たことはあるけれど、そのレスは「妄想乙」で終わってて草も生えなかった。……俺も知らない内に連中と同類になってるんだから恐怖体験だよな。


 そもそも、もしも本当にサモルドが実在する人物達を操作しているとしたらさ、気がおかしくならないか?


 こういうのはゲームだから許される。でなければ……――




『ゼンタロウ? 聞いてますか?』


「え? あ。ああ、聞いてる聞いてる」



 ごめん聞いてなかった。何の話だっけか。全然覚えてない。本気で集中力が落ちてきている。知らない内に生返事している位に脳が死んでた。俺、このまま死ぬんだろうか……。


 いや、俺は何を寝ぼけていたんだ。スノー様が今、湯浴みをしていらっしゃるというのに!? なぜこんな時にどうでもいい事に思考回路を浪費してたんだ。反省しろ、俺!


『それで、今後どうやって王子を探しますか?』


 あぁ、そんな話だったのか。


 現在、俺達は自分達のXデー暗殺についての誤解を解くために行動をしていた。


 その為には王子を見つけ出して連れて行かなくてはいけないという大前提があるのだが、これが当たり前のように難航している。


 そもそも最初は連れ戻す気などなかったから、足取りなどは逆に消してきた。今では奴等がどこへ行ったのかもわからず、おおよその見当も付いていない。完全に雲隠れしている状態だ。



「うーん……エルタニアから西南方面を集中して探せばいいとか思ってたけど、さすがに無謀すぎたよなぁ」


『何か、妙案などは浮かびましたか?』


「うーん。中々良い手が思いつかないんだよ。そもそも大声で、ユリアス王子はどこにいますか? とか、聞いて回るのも難しい。もしもアリッサの耳に届いたら抜け策王子が生きてるって悟られて、別口で暗殺者とか送り込まれそうだ……」


 いや、もしかしたら王様が既に探し回ってて、ユリアスの生存を既に察知しているかもしれないけどさ……。


 だから目立たないように俺達は足を使ってそれらしい人物を探し回るしかないのだ。そもそもお尋ね者は王子よりもスノーの方だ。目立つ行動はやはりできない。


 できれば王子の方と運よくバッタリ遭遇する……なんて期待はするけれども、難しいだろうなぁ。



「とりあえず、この件はしばらく保留だな。またアイデアの神様にお願いしよう」

『また来てくれるといいですね。私からもお願いしておきましょう』


 スノーは純粋だなぁ。でもそれが癒しになるわけで……。そんなことで頭をボケッとしていたら、いつの間にかお風呂タイムも終わりを告げていて、本気で自分の不能さ加減が心配になっていた。もう俺は天に召される三秒前かもしれない。


 いやいやいや……多分、今日だけだ。今日が特別ダメなんだ。いつもはこんな風にならない。今日は早く寝ちまおう。それがいい、それがいいと、おじいさんもおばあさんも、太郎くんも花子ガールも言いましたとさ。よし、ダダ滑ってるけど調子出てきた。



「あ、そうだ。わるいスノー。ちょっとだけいいか? ずっとやってみたかったことがあるんだよ」

『はい?』

「黄金の杯あっただろ? ちょっと試したいことがあったんだよ」


 今までの話とは全く関係のない、単なる思い付きだ。なんだかお酒の湧き出る黄金の杯ってさ、ジャンヌ・ダルクを題材にした映画の冒頭を思い出すのだ。実際の聖ジャンヌが映画通りに聖杯の水を飲んだかどうかは知らないけど、あれは良い作品だった。


 で、似たようなモノをとあるスコアランキングで入手したから、ここの教会に飾ろうって発想だ。


 別に神様への献上品とかそういう意味はない。

 というか、送り返したいという思いが込められている。


 だって……無限にお酒が手に入るだけのアイテムなんて、ドワーフくらいしか欲しがる奴はいねえよ。何かの政略用アイテムかと思うくらいだ。


 しかも前回のスコアランキングの報酬、何故か全員に配られなかったし。

 いつもは二ヶ月毎にアイテムをばら撒いてくれていたと言うのに、辛味が深い。


 一応、スコアランキングの順位は変動しているみたいだから何かしらあるんだろうけどさ。



 まあ色々と思うことはあるんだけど、納得がいかないのだ。報酬のチェンジを要求したい。



 ……とは言え、本気で思っている訳じゃあないし、いらない物の活用くらいしか思ってない。捨てるには勿体無い代物だが、使い道も見つからないからネタにするしかない。というだけだ。


『ふぁ……。ゼンタロウ。こんな具合でいいですか?』

「いいよいいよ、断然いい」


 スノーが既に欠伸をしている。そろそろ疲労も限界か。

 長期の探索と長旅の疲れもあるんだろうが、一番はきっと風呂上りで茹で上がってるからだな。あぁ、スノーの体から湧き上がる湯気とか近くに寄って吸い込みたい。どんな匂いがするんだろう……。


 ちなみに教会の扉はアゲイルの知り合いに建て直して貰ったので、ここも何気に暖かかったりする。まあ、それなりの出費だったが、いい加減拠点にするなら直さないと見栄えが悪いからな。



 とりあえず黄金の杯は教台に置いてみたのが……。まあ、当たり前だが何も起こらなかった。


 もういいか、と思っていたら、携帯のアプリの方に何か飛び込んできた。



「なんだ? 珍しいな……」

『……何かありましたか?』


 目を擦りつつ返事をしていた。もうスノーは眠そうだな。どうしようかと思ったけど、どうせ確認するだけだしな。




【おめでとうございます。アナタ様には世界をアップデートする権限が授けられました】




 まず、そんな件名が目に飛び込んできた。


 一時期、やりすぎなソシャゲにあったガチャの文章を思い出した。曰く「アナタにはガチャ(課金)する権利が得られました」とかいう一文だ。俺はやったことないが、ネットでは「ヤバ味を感じる」だの「運営が狂気の沙汰」とか言われてな。それでも課金する人間も居るのだから、世の中って怖いよ。



 しっかし、アップデートねえ。


 要するに新規データの挿入をそれらしく演出しているだけなんだろう。本当、なんでサモルドの運営って変な所ばかりに力を入れてるんだろう。普通にアップデートしますか? でいいじゃないか。



 ……でもこれ、パソコンにも勝手に自動でインストール始まるのだろうか? というか、アップデート中ってAIはどうなるんだろう。



「そういえば、今更だけど運営がここまで堂々とアップデートを実施するなんて発言したことって、今までなかったな」


 いつもやってるんだかやってないんだかわからなかったし、多分サイレント修正とか改正など裏でしてたんだろうなって勝手に思っていたけど。


 ……そう思うと、そこの部分はなかなか優秀だよな。運営。アプデ・メンテにまったくストレスを感じた事がなかったぜ。



「そう思えば、しょうがないなぁ。アップデートしてあげようじゃないの」



 とか気持ちも大きくなって【はい・いいえ】の【はい】を押す。


 すると携帯のアプリの画面が変わり、ゲージが見える。数多くのゲームと同じでアップデートが始まるんだろうなぁとか思っていると、パソコンの画面で動きがあった。なんと『サモンシンボル』を入手しましたとタブが出ている。



「……ここに来て一年もの間ナゾだったサモンズワールドのタイトル回収かよ!? いや、インストール中でもゲーム進行許してくれるの? マジで? それとも後でパソコン側もするとか、そういう事か?」


 ツッコミどころが多すぎて、もう何から言えば良いのかわからない。

 とにかくどこから確認すればいいか探すと、メニュー画面に『サモンシンボルを許可する』という項目が増えていた。何かのステータスの一つなのかと指定してみた。





「…………え?」



「…………?」



「…………」



「…………」




 心臓が止まったかと思った。




 長い、長い沈黙の後、やっと自分が夢でも見ているのかと疑い始めてくれた。



 白いサークル。雪の結晶と小さい花と三日月の絵が重なった紋章が、ゲームの画面に現れて。



 気が付けばゲームの画面内で、自分が今いる倉の二階の部屋と、男の背中があって――。



 振り返ればそこに、よく見知ったような、でも初対面の人が立っていて――。



 それは白い肌に、アイスブルーの瞳をしていて、長い銀髪が透き通るように美しくて、握ったら折れてしまうような細身な体つきで、耳は横に丸く尖ってる、神話か物語に出てくるエルフみたいだった。そして――





「……ぐぅ」





 ――その少女は見知らぬ人間の目の前で、立ったまま眠っていた。


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