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クロステラ ― 俺のパソコンと異世界が繋がっている  作者: 白黒源氏
Episode:Μ(ミュー)
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運命の日、愚か者の日常

『まず、初めに宣言しておく。


 俺は現実なんて世界は、いつだって最低最悪だと思っている。


 ……何も俺は理屈もなく言っているわけじゃあない。



 一つ、面倒な話をしよう。

 倫理学の思考実験の一つに、トロッコ問題というのがある。



 理屈はとっても単純だ。



 一台の列車に、二股に分かれたレールが延びている。便宜上AとBとでも名付けようか。


 二股のレールの先にはそれぞれ、Aには五人の人間、Bには一人の人間が横たわっている。尚、列車は誰にも止めることができない。


 答案者は唯一、列車の進路を決める事ができる。


 さあ、どちらを選ぶ?



 ……そういう、どちらを選んでも人を殺す決断をしなくてはいけない、とても卑怯で卑劣で残酷な問題があるのだが、これを聞かれて、果たして非現実的だと思うだろうか? そう思うならば、それは間違いだ。この世界で生きている内は、この例題には何度も直面する事になる。




 轢殺すのが大でも小でも、答えなんて実はどちらでも同じだ。重要なのは『誰か』とか『何か』を、大なり小なり犠牲にしなくては前に進めないという事だ。


 例えば自分の大事にしてきた時間だとか、将来の夢の選択だったりとか、親友との友情だったり……犠牲にしなくてはならないモノは多種多様だ。


 そもそも、だ。


 いつも自分がレールを操作できる側でいられるとも限らないし、大抵は自分ではない第三者にレールの先を決められる事の方が殆どだ。



 そして犠牲にされた方は文句だって言えない。……何も悪くないのに、ただそこに居たってだけでさ。




 ……きっと、俺は出題者の問いたい答えとか、考え方とは全く違う話をしているんだろうな。


 つまらない話さ。でも忘れないで欲しい。

 俺もこんな話は好きじゃないんだ。でもさ、これで分かっただろう? なにせ、自分自身の問題なんだからさ。


 この先に書かれていることを、読んでいるキミが信じるかどうかは、既に終わった俺には決められない。わからない。でも考えて欲しい。


 そしてどうか、最後まで逃げないでいて欲しい。もしかしたら、自分がずっと追い求めていた希望が、得られるかもしれないのだから……』


 謎の手帳より。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 4月1日。


 嘘つきの日、あるいは愚か者の日。全く本当に素晴らしい日だ。

 なんでこんな日があるんだろうな。拍手して笑い飛ばしてやりたい気分だよ。


 ……嘘でも、愚か者でも、何でもいいけどさ。言って良いことと悪いことがあるだろ?




「辻風善太郎。私ならば、キミの作品『同盟』に私は落第を付けた」




 開始早々、いきなり何事かと思うかもしれないが、俺だってよくわかっていない。ただ、これから通う筈の宮戸芸術高等学校から呼び出されたのだ。何の用事かは知らないが、大事な話があるからと言われて来て見れば、全く知らない男から突然これだ。



 すれ違いざまに、短髪メガネの如何にも秀才っぽい男性教諭から、突然の激白――いや、毒吐きを受けた。



 はっきり言って、心の準備も何もなかった。

 自分が作ったものに対して、いきなり罵倒されるだなんて、誰が予想できた。



「キミが試験に提出したあの作品、私なら43点をつけた。95点なんて、ただのおべっかだ。確かに技術力はそれなりにあるが、辻風さんの息子だからって、あの阿呆も花を持たせてやろうと思ってるだけだ。調子に乗るなよ、しょせんキミの作品は親の七光り込みの点数だ」



 ただの野次だったのだろう。男性……教諭にも思えたが、この学校は私立で、ついでに私服校だ。一応制服はあるけれど、芸術分野によく有りがちな自己芸術の表現のために、登校の際は自由な服装が許されているのだとか。

 それに春休みと言えども、部活動の出入りがあるのか、生徒は割と多い。


 まあ、とにかくなんだ。彼が教師という立場であろうとも、生徒という立場であろうとも、なんでもいい。


 俺はすれ違いざまに、背中を刺されたワケだ。しかも一方的に。




「…………しらねぇよ。そんな事」




 だから嫌だったんだよ。こういうのが今の日本の芸術界の一端だ。いや、世界共通かもな。


 親の七光り、親の名前、館長の威光、強権の持ち主が好き勝手。コネとかコネとかコネばかり。権威者から「これはいい作品だ」と一言もらえれば、すぐに皆が靡きやがる。誰かが「これは酷い作品だ」と口にすれば、それは土に埋もれて死んでいく。掘り返されれば別だけど、その時はまた裁定され直すだけだ。


 まるで、誰かが右習えを命令しているようではないか。本来芸術とは、万人の心に訴えかけるモノである筈なのに、作ってる人間に向かって訴えてどうするんだ。


 そうではない評価をしてくれるのは、漫画やアニメ、イラストとか、若者に人気の分野くらいだ。残念ながら絵画や造形などの分野では著しくシステムが腐っている。だから偶にテレビで特集される日本文化を利用した海外の個展などが持て囃される。あれはカルチャーショックを利用した、芸術の例外だからだ。



 もう何度目だろうか。こんな事を思うのは。


 こんなだから芸術家って連中は気が知れない。はっきり言って俺は関わりたくなかった。全然楽しくない。楽しくないのは、嫌いだ。


 それにとっても嫌な気分になる。ハラワタに冷たい鉄でも突き通っていくみたいな痛みを覚える。



 無意識に溜息がでていた。あまりにも大きかったので、自分でも気が付いたくらいだ。



 もういい。こういう時のとっておきの解決方法はいつだってお決まりさ。心を閉じて殻のように引き篭もり、事態が過ぎ去るのを待つばかり。俺はこれしか知らないんだ。


 そうして呼び出した本人である教員と応接室でお茶でもしながら、少し話をした。


 誰かが43点と言った作品はとある教師からすれば、最高に素晴らしかったとか、とても抽象的な表現ができていたとか。アイデアはどこから得たのだとか……。そういう下らない、歯の浮きそうな台詞を聞かされ続けた。


 何となくわかっちゃいるだろうが、これは単なるこの教師のコネクション作りの一環だ。そうやって今後、売れそうな人間に唾でもつけて、甘い汁が吸えそうならば預かりに行こうという、浅はかな策略だ。


 そんな人物との10分間の会話だけでも俺はダメだった。気に食わない。感じが悪い。苛々する。


 頭の端で「でも、本当は43点だったんだろ?」とひねくれ屋の自分が囁いてくる。

 確かに、自分でも駄作だの毛が生えた素人作だの、散々酷評してた癖にとか、動揺する自分を慰めようとするのも滑稽かもしれないけどさ……。


 それでも、やっぱり自分の作品だ。どう取り繕ったって、自分の作品は自分の子供だ。駄作だろうと、下作だろうと、悪作だろうとも。

 それを悪く言われて、傷つかない奴っているのか?


 少なくとも俺は、そうじゃねぇんだよ。


 何一つ、聞きたくなくなっちまうんだよ……。




 だからこの苦しみは友と(一方的に)分かち合うことにした。


「もう憂鬱どころじゃねえんだよ、予想してた通りの最悪な環境だよ!」

『お疲れさん、ゼタっち。まあとんだ不幸だったな』

「全くだ。こんな事なら破壊してこれが俺の作品だー! てヤツでもやっとけば良かった」

『それ、口ばっかりだけど、ホントにできんの?』

「……しるか」



 高校からの呼び出しの帰り道に、中学時代の唯一の友達である小田と通話でもしながら帰路についていた。


 学校は府内とはいいつつも山の中で、全然都会らしさという雰囲気はなかった。処か俺の下宿先というか、祖母の家はさらに山の奥。陸の孤島かとでも言いたくなる程の山林地帯の中にある。通学用に電動自転車を買ったくらいには不便な場所にある。しかもかなりネット環境が悪くて、俺は喉から出掛かっている不満をいつも我慢している。……何故かサモルドのゲームだけは快適だけどな。



 でも俺は近々、家出をする計画を練っているので、その問題もいずれ解決する見込みだ。


 下宿可能なバイト先も候補がいくつかあるし、働きながら高校卒業すれば誰も問題なかろう。俺はやる時にはやる男だ。環境に不満があるのなら文句言いながら自分だけ脱してやるってくらいには行動的だ。何? 優れた人間は環境に不満を言わない? そんなの俺には無茶だぜ。



「ま、さすがに自分で働いて、部屋探して生活するくらい、許してくれるだろ」


『ゼタっちのお祖母ちゃんってスゲエリッチなんだろ? そんなにイヤなのか?』


「……武家屋敷なんかにお高く住みついてる超有名人の家なんて、俺が好きだと思うか?」



 あの家はマジの武家屋敷だ。山の中にあるから外見は寺みたいだと感じるけど。まあとにかく広いのなんの。そんな屋敷の離れの一室と、芸術の作業部屋アトリエとして大きな空き倉も宛がわれたのだから自分でも恵まれていると思うし、喜ばないといけないのかもしれない。


 でも無理だ。あそこは俺のいるべき世界じゃない。


 使用人とか家政婦さんとか一杯いる。それだけでも俺は落ち着かないのに、祖母の占いを聞きに連日のようにお客さんが訪れる。


 偶にさ、玄関とかですれ違ってもさ「おや? キミも先生の言葉を聞きに?」とか会話が始まろうとするんだよ。俺は違うし、知りたくもない。ついでに言えば他人であって欲しいくらいだ。もう勘弁してくれよ。




『なんか、うん。お疲れさん。あ、そだった。わりぃ、今日はアゲイルがドラグランの防衛部隊の任務にはいるから、一緒にプレイできないって話したかったんだったわ』


「あー、なるほど。でもこっちも王子探索は止めて、拠点に戻るかって話ししてたから別に大丈夫だ」


『ほいかー。そんじゃ、またな』


「あいよー」



 小田と電話越しに別れを告げて、携帯はポケットに入れつつ、近所の山の中でもここ以外にないってコンビニに入って、適当な飲み物と菓子でも買い込んで、そんで溜息混じりにサイフからお札がないから小銭を引っ張り出して……。そうしたら一円だけ足りなかった……。そんな間抜けなことをしてたら、ふと思った。



 本当、俺ってヤツはどうしてこう、同じ道を辿ろうとするかなぁとか、若干だけれど思ってしまったりするのだった。

ちなみに善太郎君の作品の点数はダイスで決めました。

一回目のダイス目は43だったのですが、さすがに60点以上でないと合格できないだろう……という事で再度振りなおすと95になりまして、脳内で「つまりこういう事だったのでは?」という経緯が今回の点数です。


 あと芸術学校のコレは話を盛りまくってます。一応、芸術学校に通っていた友人に話をその都度聞きつつ参考にしていますが、ここまで露骨な事はないです。単なる作中の演出です。……しかし教育機関で子供の将来に価値をつけて確保する、という手段は体育系の学校でニュースに取り上げられているくらいなので、一概に現実化しないとも限らないかもしれませんね。(というのは筆者の妄想です)


追記

・芸術高校の追記事項

先ほど芸術系の高校と大学両方に通っていた友人に読んで貰って確認したところ「高校はここまで極端じゃないぜ!(笑)」といわれました。どうやら本人も私に話したときに既に誇張を入れていたらしく、誇張の上乗せがされていて知らぬ内に【チャーシューメン】に【チャーシュートッピング】したみたいな状況になっていたようです。ただし、芸術大学の方は講師の範囲が大雑把らしく、そちらでは言いたい放題されるらしいです(これも誇張か?と疑う私でした)

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