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隠した刃

改稿させていただきました。こちらが正史となります。

 竜翼が暴風を生み出して飛び立った後、いつの間にか大勢の人が居たという熱気も忘れて、私の心はとても涼やかだった。聞こえてくる微音すら、凪の頃のように静かであった。


 この王都の大広場には、まるで私とアリッサの二人しか居ないのではないか、という気にすらなった。


 そんな風に錯覚すると、いつの間にかピリピリと、肌が照り付くように痛みが走る。



 原因は、アリッサの目付きだ。いつもと変わらぬ筈の眼だ。だがその眼が原因だった。



 あれは人の目ではない。悪鬼羅刹(魔物の群)を一纏めにしたって、あの眼の恐ろしさには遠く及ばない。

 何をすればそうなるのか、どうすればそんな眼をつくれるのか。



 背中の筋に引っ張られるように、緊張と萎縮で身体が仰け反ろうとする。

 今からあれを乗り越えなければいけないのだと考えると、息が詰りそうになる。

 足が勝手に怖気づくのを、自分では止められそうになかった。


『ふん。なに一人で勝手に怒り狂ってんだか。怒ってたら何でも周りが優しくしてくれるとでも思ってんのかねぇ?』

「……ゼンタロウ?」


 ゼンタロウも多少なりとも怒っているような強い口調だったが、どこか冷めた軽口を思わせる態度でアリッサを見下していた。


『そう心配すんなって。不安になるくらいなら俺に全部任せろ。肩の力を抜いて、冷静に、冷徹に行こうぜ?』

「努力してみましょう……」

『努力なんてしなくても大丈夫だ。よく思い出してみろ? 俺と一緒にいたら、戦ってきた相手を怒らせるなんて、いつもの事だろう?』

「言われてみたら、そうでしたね」


 ゼンタロウはあえて敵を怒らせる。毎度の事で、真面目に戦うと言いながらも、お馴染みのように挑発を繰り返す。


 でもそういう時は大抵、楽に勝てる。強敵であっても、最後には何故か勝ってきた。


 そう思えば、アリッサなんて、いつもと同じ、ただ眼が怖いだけだ。


 大丈夫。私は一人ではない。むしろ、私にはゼンタロウという頼れる精霊がいる。



 アリッサのように、独りではない。



 二度、その場で体をほぐすように跳ぶと、全力で地面を蹴り、瞬歩でアリッサの目前まで飛び込んだ。



 自在に操れる炎の盾など、使わせる暇も与えてやるものか。あれは数瞬ではあるが、意識の集中が必要だ。その前に、その不機嫌な顔面を二本の白枝を振り抜いて歪めてやりたかった。


 アリッサは怒れる表情のまま、戦旗槍で二本の白枝を受け止めると、ゼンタロウが魔力剣を使用する。それも、遠慮なく魔属性で。


 なんの予備動作もなく白枝に黒に蠢く魔力が発露し、戦旗の棒を真ん中から溶かすように壊した。


 怒れる眼のまま、驚愕に歯を噛むような表情を見せ、無様にも仰け反るような体勢で通り過ぎる白枝を間一髪で避けた。コチラとしては当てないようにした配慮でもあったが、アリッサのその表情には、その、申し訳ないが、少しだけ……笑ってしまった。


 そんな事も気にせずアリッサは、咄嗟に逆の手に持った白金の聖剣を両手に持ち、避けた勢いを回転に、振り向きざまに横に一閃しかけてきた。


 それを再び、黒炎に燃える白枝で叩き折ろうとする。魔剣で触れたならば、どんなものでも破壊できる。そんな風に考えて叩き折ってやろうとぶつけ合うと、予想外にも重剣と硬い岩が激突するのに似た音が響いた。



 驚きで口から言葉が出る前に、ゼンタロウの舌打ちが聞こえてきた。


 さらにいつものように剣を受け流すのかと思いきや、自分の足が地面を強く蹴ってその場から後退していた。目前には、自分の身代わりである影法師の姿があった。残した分身は聖剣から溢れ出る光によって燃やし尽くされ、数秒後には燃えカスにでもなったかのように消え去った。……元からそういう風に影は消えるのだが、一瞬の内に燃やされてしまったようにも見えた。



『聖剣の能力だろうな。まるで陽光だな。判断ミスったら一瞬で焼き殺されそうだ』


「それに魔属性が通用しませんでした」


『そっちは予測済みだ。伊達に聖剣じゃねえとは思ってたさ。もちろん、楽に壊せるんならそっちでも良かったんだが、さすが伝説級の異名持ち武器。試してよかった』


 まだ実力を図っている途中のような口ぶりだった。だがそれも、冷静になればいつもの事だと思い直した。

 こちらは息を整え直していると、今度はアリッサが聖剣を上段に構え、聖剣に魔力を灯した。



「起きろ、聖焔の剣“ウーリィエイル”。我の行く路を阻む者へ神罰を与えよ」



 天を突き刺すように掲げた聖剣が、眩い輝きを放って周囲を強く照らした。暗闇には慣れたものだが、強い光にはどうにも慣れない。

 ゼンタロウはそんな事も気にせずに強きで言葉を投げかけた。


『おいおい……アリッサちゃんよぉ? まさかルエ山脈の時みたいに都まで燃やす気か?』

「そんなワケがないだろ。今はお前達を葬るためだけの、これは裁きの剣だ」

『偉そうに言うけど、お前のそれって独裁だろ』


 ゼンタロウが絶対防壁である“マルコシアス”を使用する。目前にウネリが生じ、円形に空間自体が歪みだした。

 それに対し、光を放ち続ける聖剣から極光の柱が生成され、アリッサが剣を振り下ろすと同時に、極光が私に向かって落ちてきた。



 結果、マルコシアスが極光の柱とぶつかると、光の束が散らされるように分散していく。でも完全に散らすことは不可能だったようで、細くなった光の線が歪曲しながらマルコシアスによって弾かれ、あっちこっちを焼いていく。ちょっとだけだが、自分の近くの足元でも黒い焦げ痕が付いていた。


 周囲の多くは強烈な光による目の痛みだけで済んだが、稀に服に焦げ付いた痕のある者や、火傷を負った者もいた。当然、周囲の建物にはくっきりと焼けた線の後が残っている。



『悪い、今の対応は失敗だった。消せると思ったんだがな……。でも一応、魔法の部類は魔属性で対抗できる事がわかった。……厄介なのは聖剣のみだ。……スノー、無血で解決するとはいったが、アリッサに関してだけ、一発くらいは許してくれるか?』


「一発といわず、何発でも構いませんが?」


『……相変わらずアリッサに対してだけは辛辣だなぁ』



 どうしてだろうか。自分でも深く掘り下げるとどうしてかわからなくなる。ただ、今は苦手だからとしか言いようがない。そう、自分では思っているからだ。もしくは、私にとってアリッサが天敵だからだろうか。……どの辺がと問われると、そこもわかっていないのだけれど。


 ……いや、今はそれについて考えるべき事ではない時だ。



 それについては終わってからいくらでも考えれば良い。



 ゼンタロウから深く息を吸い込んで、呼吸を止めた。それを聞き取ると、自分も急いで深呼吸をして空気を溜め込む。

 これは一種の、合図だ。



 一気に仕掛けるという――。



 二刀の白枝に黒い魔力が纏わせる。今度もアリッサとの彼我の距離を瞬時に無くして切り込む。

 アリッサもそれを待ち構えており、聖剣によってそれを受け止め、押し返された。簡単に跳ね返されるように背後へと宙に投げ出されると、右手の白枝を口で掴むと、私でも気付かぬ内にアイスダガーを二本作り出していた。


 氷の投擲ナイフを右手で一本まずは投げ、もう一本は足を使ってアリッサに向かって蹴り飛ばす。


 さらに――脚に風属性を含めた空闊歩で、未だ地面に戻っていないのに、再びアリッサに対して突撃を慣行する。




 まるで曲芸士のような連撃だった。


 一太刀目の手投げ氷剣は聖剣で弾き飛ばされる。

 だが二太刀の足蹴り氷剣はすぐには反応できず、無理な体勢になりながらも体を捩って何とか避けられる。

 三太刀と左手の白枝を連続で叩き付けると、アリッサは猪口才な手を使うとでも言いたげに聖剣でそれを受け止める。今の彼女の体勢では自分を押し返すような力の込められる体勢ではなかった。


 そして――口で噛んでいた白枝を放して下に落とし、それを右手で掴んで腹の胴目掛けて振り抜く。



 この時、白枝に魔力剣を使用しておけば簡単にアリッサを討つことになっていただろう。

 もはやこれ以上の連撃にアリッサが対応できるとは思えなかったからだ。



 あと一太刀あれば、どうにかすれば届く。勝利への確信みたいなものがこの瞬間には会った。


 しかしアリッサは、咄嗟に聖剣を両手の持ちを止め、左腕のガントレットで最後の一太刀を受け止めたのだった。




 ――アリッサは、決して瞬時の対応力では負けていなかった。




 ゼンタロウが息を吐いた。それでゼンタロウの考えた連撃の全てが終わったのかと思えた。



 だが全て防がれてしまった後、それでも尚、私の体はアリッサに向かって体を前に強行した。右のガントレットに防がれた白枝を惜しげもなく手放すと、アリッサに向かって文字通り体当たりした。「なぜ?」と疑問と焦りが脳裏を過ぎったが――



 私はその時になってようやく理解した。



「まさか自棄になった……――カハッ!?」




 今まで一度も使われた事のなかった隠された刃。

 腕の甲当ての隙間から、黒い角のような刃がアリッサの腹部を貫いていた。


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