本音駄々漏れ
「どうだ? いけそうか?」
『……軽い。竜骨小太刀よりも軽いです。何よりも、楽です』
画面の中で、スノーが黒いオーラを纏う二刀の白枝を手にして手軽そうに握っていた。少し振り回して見せると、その動きは驚くほど軽やかで、まだ気が早いかもしれないが、既に俺は勝利を確信していた。
賭けには勝った。
その賭けとは――『世界樹の白枝』と言われる明らかに伝説的なアイテムが魔属性に耐えうるか、という事についてだ。スノーから耳にした『ルナイラの神弓』の妙な逸話、それにシグさんの近接武器でも一切傷つかなかった頑丈さ、設定的な事情から考えられる人知を超えた存在――
それらを踏まえてこの提案をした時、スノーは当然のことながら否とする声音が漏れた。当然だ、己が信仰する神様から貰ったお気に入りの弓が壊れるなんて、当然嫌がるだろうさ。でも俺は有無を言う暇も与えずに、先に条件を出した。
それは『この提案に乗ってくれたら、完全無血でこの場を去って、いつかは必ず誤解を解いて見せる』という約束だった。
俺が今この場で欲したのは、竜骨小太刀のようなちょっとレア度の高い武器ではない。
相手を圧倒する最悪武器だ。
なにせやろうとしている事がそも、滅茶苦茶だからだ。
スノーの希望に、エルタニア王都への帰還が含まれている以上、今回の件で人的被害を出すわけにはいかない。当然、建物に関しても最小限に抑えなければならない。大勢のいる中で、殲滅魔法も使ってはならない。
さらに条件が増えるが、戻って来るつもりがあるのならば、一応ではあるがアリッサの報告に対して「それは違う」と、王様に対して意思表明をしなくてはならない。簡単に逃げ出すだけではスノーが罪を認めたことになる。俺は最低でも、あの勘違いしちゃった王様に対して一言でも誤解だと伝えた方が良いと確信している。でなければ布石が足りない。王様の心に、ほんの少しでも、針のような小さな杭を残しておけば、大きく未来が変わるはずだ。
こういうのを、タイムマシンで過去改変が起こって未来が変わるストーリーによく使われる言葉がある。
【バタフライ効果】だ。
名前の由来は「南半球で羽ばたく蝶が影響して、北半球で竜巻を起すか」という話から来ているらしい。まあ、将来大きなことをするには小さい事からコツコツと今から行なうしかないのだ。
俺は、自分の望む未来を手繰り寄せる場合には、絶対に必要な一手だと思っている。これがなくては大成する未来なんか掴めるワケがない。
本当は……こんなNPCどころかプレイヤーまで敵だらけになった状況で無茶しなくても、逃げ出すだけならシノビクラスの全力で逃走すればいいだけなんだがな。
……スノーの要望はまさしく無理難題な物だ。はっきり言って、非現実的だ。実現するには小さい事でも大いなる無謀を犯さねばならない。
だが! しかし‼ やると決めたからにはもう失敗した時の事は考えない。そんな事は脳の演算処理能力の無駄遣いだからだ。
アリッサが演台から降りて広場の中に入ってくる。奴も参戦するらしい。
するとスノーが足をトントンと地面を軽く跳ねてみせた。俺も指と首の骨を鳴らして、冷えた指を温めた。
いつもは茶化して笑いが三度の飯よりも欲しいエンジョイ勢だが、戦闘に関してはパーフェクトガチ勢だという事を連中に教えてやる。
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アリッサが演台から降りると、控えていた騎士から戦旗槍を受け取り、大声で全員に声援を届けた。
「聞け、勇敢なる戦士達よ。我の指先となって反逆の徒を討て! 『無慈悲なる行進』!」
戦旗の戦闘能力高上の祝詞を述べると、スノーを除いた数百の戦士達が奮い立ち、再び戦意を固め始めた。
そんな者達を前に、広場中央にいた小さな銀の人影が二度跳ねたかと思うと、前触れが何かもわからずに衆目の前から姿を消した。
「1――」一人の精霊付きの大きな槍と盾が、飴細工でも砕くように、一振りの白枝によって破壊された。
「2――」その隣にいた剣士にも、もう片方の白枝で、剣の根元を消失させて使い物にならなくした。
「3――4――」また姿を消したかと思うと、今度は斧を構えた男の前に現れては武器を破壊し、顔面を蹴って、その反対側にいた女性戦士から器用に鞭だけを白枝で切り付けて消し去った。
「5――触らないで」今度は上空から強襲するように現れ、一人の大男から大剣を奪った。この大男だけは反応がよく、気づいた瞬間に腕を伸ばしたが、スノーはそれをあっさりと避けて黒いオーラを消した二本の白枝で顔面をぶっ叩いて昇天させた。
「6――7――8――」また禍々しい魔力を白枝に込め直すと、次々と敵方の武器を破壊しながら、反撃するようなら蹴り倒し、真っ白になった枝で首を突いて昏倒させたりしては、再び姿を消すように高速移動を繰り返した。
「9、10!」魔法使いに対してはオーラを消した白枝を使って首を狙い、地面へ乱暴に寝かし付けた。
三十秒にも満たない時間で、スノーは敵対していた精霊付きのみに限って、戦闘意欲を刈り取っていた。相対する者達は各々に、自分が反応できなかった事や、己の武器を失った事に困惑した。
『さてと、中途半端な連中も片付けた。今度は兵士達なんだが、まあアレが一番だな』
「そうですね。ネガティブ・グラビティッ!」
スノーを中心として波紋のように広がる紫色の半透明な輪が、音律でも奏でるように一定の間隔で広場全体に広がっていき、徐々に全兵士達へとそれが貫通していった。見た目だけでは特別な以上は起きなかった。だが彼等の耳には、迫り狂う男の声で、怒れる思いが詰った訴えを聞いたような気がしていた。
『有象無象が集まると、まるで邪神みたいに気まぐれになるよなぁ? お前らの事だよ。意見なんかすぐコロコロと転がしやがって、簡単に無慈悲になれるし、残酷にもなれる。
誰かが言うから? 人気者が言うから? 統率者が言うから? 簡単に靡きやがってさ。
物の道理がわかってねえ子どもみてぇに、あっさり影響受けやがる。まるで水面に浮かぶボウフラみてぇじゃねえか。言葉なんか不確かなもんを簡単に信じてよ。
今までの事を全部嘘だったみてえにあっさり手の平を返して、恥知らずもいいとこだ。ドイツもコイツも隣りの奴を真似したように同じ方角見つめてよ。あーあ、右に習えは楽でいいよな? 何も考えなくて済むからよ? 俺は誰かを意のままに操れるなんて考えてる煽動者が大嫌いだがよ、簡単に操られる連中も大っ嫌いなんだよ!
一体、どこの、誰が、この王都エルタニアにずっと寄り添ってたと思うんだ?
そこの悪辣な王女か?
どっかの行動的な精霊騎士団とかいうごっこ遊び連中か?
それとも俺か?
全部違う、お前等を今まで助けてきたのは、ここに居るスノー様の慈悲があってこそだった。精霊付きが増えた時に、誰が一番親身になって広い王都を奔走しまくった。人殺しなんか嫌いなのに戦争なんか参加して、お前等の平穏を一番に願ったのは、どこの誰だ?
他でもない、お前等が憎しみ込めて見つめている、このスノーだぞ?
そんなスノーにお前等は刃を向けるのか? 殺すのか? 殺せるのか? 殺してみろよ。誰かの言葉一つで、恩情も、感謝も、誇りさえも、何もかもが簡単に全て捨てられるくらいの薄情者しか居ねえのならよ!!』
皆、一応にその剣幕に圧倒されていた。
いったいどこの誰の声なのか、誰が話しかけてきている言葉だったのか。
困惑したのは兵士達だけではない。この広場にいた、アリッサや各国代表や、エルタニア王を含む全員だった。
皆が一様に、一歩、また一歩と足を後に引きずって後退させていく。言葉に納得された者もいたが、その勢いと脅迫めいた言葉に圧倒されていたのだ。
そんな声を知らないのは、憤怒の思いを届けた当人達だけだった。
『やっぱ対人間には精神攻撃が一番簡単だな。見ろよ連中、今にもゲロ吐きそうな顔してらぁ』
「有体に言って、えげつないですがね」
この二人は知らない。自分達の強烈な精神攻撃を作用する闇魔法が、使用者の心の闇を吐露して相手を苦しめる。そういう暴露話のような手段だったとは、気づきもしなかった。ましてや、使用者とはどこかで繋がっている、より強い怒りを持つ少年の方が駄々漏れだった事も……だが、それは彼等が知る由もない事だった。
『さてと、残るは王女様――』
と、その瞬間に上空から襲い掛かる翼を生やした人影が奇襲を仕掛けた。
スノーが顔を上に上げると、善太郎もそれに気が付いてスノーに回避行動を取らせた。
横へとかっ飛び、すぐに振り返ると、そこには二人の影があった。
一人は上空から襲い掛かったフクロウの鳥獣人、青い炎を剣に宿らせたアモン。
もう一人はアモンの奇襲攻撃に対して、竜神の意匠を拵えた大型の盾を持って防ぎ、竜骨で鍛えられたパルチザンを手に駆けつけた、黒い鎧で身を包んだ竜騎士アゲイルだった。
『おいおい、ゼタっち、いつになったら俺等を頼ってくれるんだよ? 出番寄越せ』
「全くだ。これ以上の放置は我々の立場が無くなる」