ガチ勢は三日不在で浦島太郎が決定する
※注釈 浦島説は別に丸一日だったり一週間だったり、人によって違いますけどね!(感覚が短くなるほど人としてヤバイ)
何故だろう。
機械族の男を氷刃の大太刀で斬った後、私は一人で違和感の迷宮に考え耽っていた。
普段なら、誰かと戦っていると『死なせたくない』とか『嫌だな』とか、脳裏に過ぎっていた。実際、最初の大魔法で機械族を殺したと思った時には、胸の奥の何かが握られて、湧き上がるような気分にもなった。
でも、どうしてだろう。
途中から、私はあの機械族と戯れのように戦っていたのが、楽しいとも感じるようになっていた。
何故か?
最後に頭から遠慮なく斬り崩した時には、痛快ささえ感じていた。
何故だ?
彼を斬った時、生き物の血肉のような感触がなかったからだろうか?
あるいは……私もついに、人を殺すことに躊躇も抱かなくなってしまったという事なのだろうか?
それとも、シグという男がゼンタロウと同じ精霊でしかなく、本当の意味での死を迎えない事を察していたからだろうか?
他にも思い当たる節はある。
理屈として考えれば、仲間を殺されたからだ。危うく自分も死ぬかもしれない状況だった。
自分やエルフ族の事を悪く言われたからだとか、理由は小さい事も含めれば塵のように積もってくるだろう。
でも何故か……どれもが納得がいかない、
誰かを殺したことに疑問を抱かない。どころか、まさか殺し合いを楽しんでいた事が不思議でならない。
自分の本音が何処へ向かっているのか、自分が何をしたかったのか。
頭が痛くなる。渦を巻いて、答えの出ない迷路の中を彷徨っている気分だ。
わからない。だって、戦っていて楽しいなんて感じたのは、これが初めてだからだ。
ゼンタロウならば、なんと答えてくれるのだろうか?
また、何かしらの答えを見出してくれるのだろうか?
「……考えても仕方がない事かもしれない。でも今は、それを自分で考えたい」
ゼンタロウも言っていた。
『大いに悩め』と。それでいいのだと、それが正しいのだと――今なら思える。
・・・・・・・・・・・・
シグさんとの激戦が終わってから、しばらくゴタゴタしてしまった。
例えば減った人数での戦列の変更とか、移動速度の問題とか。それからユキノがスノーだと衆知された事とかも含めて。でも皆、空気を読んでくれる人達だったから変な問題にはならないだろう。……一応、真実を知った人達の名前とキャラの個人情報をメモ帳には残しておくけどね。
あとゴタゴタしてる最中だったが、シグさんの機体から面白そうなモノだけ剥ぎ取らせてもらった。
頂いたのは当然、あのビックリギミックの宝庫、レーザーカノンの狙撃銃だ。
可変可能で種類は狙撃銃、レーザーカノン砲、パイルバンカー(腕込み)の三つだ。これは放置しておくには惜しい。ユニーク武器なのは間違いないし、オルレ庵に頼んで修繕してもらうか、売りに出すかしたい所だ。きっと言い値で買い取ってくれるプレイヤーも出てくるはずだ。扱いきれるかどうかは買った奴の問題だけどさ。
運送については倉庫屋を待つのも面倒だったので、これも例の冒険者三人組に任せた。こういう時、何でもこなせる冒険者達は便利で助かるよ。
ちなみに送り先はエルタニア王都のオルレ庵の店にでもしておこうか。ロン丼さんに『改修よろしくお願いします』とメールしておいた。そしたら簡単に『任せろ(キリ』と帰っていたので任せちゃった。まあ、たぶん大丈夫だろう。……暗器のネタ武器の件もあるけれど、今回のはどうせスノー自身は使わないモノだしなぁ。
それに戦況が一気に変わったらしい。
まだ進路妨害しか行なっていなかったのだが、あの移動要塞が何もない場所で動きを止めたのだとか。
一応、ダンケルク首都とは距離もあるし、反乱は既に起こしてダンケルク首都はつつがなく作戦が実行されている。移動要塞の扱いについては今のところは様子見をしている段階らしい。
とにかく早く合流した方が良さそうだったので、一週間前後の予定で組んだ移動だったが、何とか1日削って6日でラックさん達と合流することができた。
金曜の夕方の事である。
で、到着してみれば、移動要塞は未だダンケルクの領地内にあるのに、完全にエルタニア側の人員が制圧していた。もうこれだけで面白い。中の連中は何してんだよって話だ。
そんな移動要塞へ案内されていくと、フカフカなソファで優雅に座るアリッサと精霊付き専用の捕縛縄に縛られたバッハのいる部屋に案内されていた。この異動要塞の内装は『明るいパンク』という印象だった。配管やら鉄網の床だったりとか、くすんだ鉄扉なんかはスチームパンクっぽさがあるけれど、スチームは一切ない。どころかぶら下がる電灯がLEDかと言いたくなるほどの驚きの白さで、暗い印象とは全くの無縁だった。
『ゼタ君、マダオ君、スノーちゃんにアゲイルも、みんなお疲れ様。シターニアでは大変だったみたいだね』
『二人とも、ご苦労だった』
さっそく、ラックさんとアリッサに労われた。それと一緒に俺達も挨拶にと口々に、お互いお疲れ様でした。と述べておく。
大変だと言われた内容については当然ラックさんには伝わっている。誇張なく、すべて実話としてお伝えさせて頂きましたとも。どうやって俺が華麗にオートマターのナンバー2であるシグさんを葬ったのかをさ!
それはさて置き、何から話そうかと迷っていると、小田は未だ申し訳なさそうな様子で口を開いた。
「すみません、ラックさん。失敗しちゃいました」
『うん? ああ、いや。そこまで落ち込まなくていいよ。失敗は誰にでもあるさ。それにマダオ君に任せたのは僕だからね。僕の責任さ。全く気にするなってワケじゃないけど、落ち込んだ様子は見せない方がいいよ。特に、これから先はもっと二人に頼る事になりそうだし……』
「特に? それ、どういう意味ですか?」
なにかラックさんが言いにくそうに、だがちょっと嬉しそうにしながら口を開いていた。
『あー、うん。そのね? まだ確定じゃないんだけど、ほぼ確定で、本社に異動になりそうなんだ』
「……珍しくラックさんが御仕事の話を嬉しそうに? でも、あれ? 本社異動って……もしかして出世って事ですか!?」
「マジっすか。こりゃ落ち込んでらんないっすね。おめでとうございます!」
『アッハッハッハ、ありがとう! もうなにが一番嬉しいかってあのクソミドルやら部長を相手にしなくて済むって事だよ! でもそれが原因で本社の視察の人に評価されたらしくてね。『改革派の懐刀』て呼ばれてる人から直々に来ないかって声掛けてもらったんだよ! それで、しばらくは出張として東と西を行き来するから、ちょっとログインが難しくなりそうなんだって話なんだけど……』
なんだかコチラが申し訳なくなるくらいに、ラックさんは最後の方だけ少し言いにくそうにしていた。
でもそういう事情ならば大手を振って応援したいものだ。
とりあえずいつから忙しくなる予定なんだろうか聞いておきたい。まだ事情がわからないから何とも言えないが、しばらくラックさんが外れても大丈夫な状況なのだろうか? 戦争なんて大事件の後で、プランニングしたのはほぼラックさんだ。少しくらいは不安にもなる。
でもラックさんは本社異動の事をまずは話したがっているから、そちらを先に消化してからになりそうだな。
「えっと、何時頃から忙しくなりそうなんですか?」
『明日の新幹線で一応最初の出張をする予定だよ。急だけど、ちょっとだけバタバタするから、ログインできない日もあるかもしれない。まあでも、三日間は絶対に空けないようにする。約束するよ。それに何かあったら連絡してくれたらいいし』
正直に言わなくてもわかる。間違いなく、てんてこ舞になりそうだ。あのラックさんが三日間もログインできない可能性を示唆するだけでも、これは相当だと思う。元々は24時間以内には必ず再ログインして戻ってくる人だったんだよ。
それで合点が一致した。
俺達が頑張る、という事はそういう事か。自分がいない間、しばらくは俺達が戦後を動かす、という事なのだろう。
それに俺は既に受験を終えている。俺の受験先は私立校だから府立や県立とはタイミングが違うのだ。正直、今でもあのキモい作品の評価には納得はできないんだけどさ。
あのクソ駄作に怪我を付け足しただけの作品が、まさかの95点だってよ? 審査の基準がワケわからん。
抽象的にした理由なんか、単純にリアルな造形を作るより楽なだけなのに「精神的な側面を空想実体物として表現した見事な作品」とかコメントされたよ。やっぱり芸術センスとかあっちの分野の事は理解できん。
あと、造形芸術を専攻する人間が少ないというのもあるんだろうな。審査の眼のレベルが低下してるのかもしれない。最近は芸術学校に進学する連中は大抵、漫画かイラストを選択したがる傾向にあるらしい。日本はクールジャパンなんてご大層な横文字を掲げている国だもんな。……まあ、魅力的な分野だって事は、わからんでもないけどさ。
無駄な近況を一人脳内で実況したが、元の話に戻すべく、話題を引っ張り出して軌道修正する事にした。
「えっと、しばらくラックさんが留守になる理由はわかりました。おめでとうございます。それで、その大事な時期に重なっちゃった今回の戦争ですけど、これって終戦したんですかね?」
『あ、ごめん。ついつい舞い上がっちゃってたみたいだ。順を追おって説明しようと思ったけど……うーん、意外と難しいね。何せ制圧した僕等も驚くほど何もなかったからね……』
それでしばらく聞いていたら、この超弩級移動要塞『タローン』は複数のエンジンの他に、多大な燃料をコントロールするためのエネルギー出力専用の制御コアが存在しているらしい。
そのコアはシグさんが別大陸から運んできた大きな鉄塊なのだが、どうやら整備不良により途中で壊れて緊急停止装置が作動したとのことだった。これはバッハから聞いたそうだ。
ただし、オルレくんによる後の検査で判明した結果によれば、コア自体は年月により痛んではいるが、まだ限界には至っておらず、問題となったのは配線の根元だったとか。この事実をどう受け止めるかは人により意見は分かれそうだが、個人的には顔をしかめるような気分になった。
……コッコさん達の工作活動はあり得ない。存在を知らなかったって言ってたし。だとすると内部関係者しか容疑者はいないのだけど、ドワーフプレイヤーしか居なかったんだろ?
ならばもう、これってドワーフ族の反逆じゃないか? しかも最高責任者のドワーフの方のバッハが負けたにもかかわらず、憑き物でも落ちたようないい顔をしているし。
俺からしてみればドワーフ族のトッププレイヤーであるバッハさんが何たる醜態を晒しているのかと苦言を漏らしたくなる気分になった。全然キャラとの信頼関係を築けていないじゃないか。よくそれでトップ10を今まで維持してきたな。
管理してねえし、自分のプレイアブルに嫌われてるようじゃあ、ねえ?
しかもラックさん達が押し寄せたその場で、精霊側のバッハが『もう知らん! クソドワーフ! 勝手に殺されろッ』とか言って仲違いして切断したらしいし。ドワーフ族トッププレイヤー、事実上の引退宣言だ。情けなさ過ぎやしないか?
『という具合さ。後は戦後処理は概ねの計画通り、反乱を起こしたティン達のドワーフ一派と同盟を結んで、すべての罪は『バッハ・D・ダンケルク』にあり、彼を精霊付き専用の地下牢獄の奥で捕らえておく……というシナリオかな。これで周辺国は丸く収まるし、ドワーフの国も少しは落ち着くだろうね。その為に、コッコさんにはしばらくダンケルクで政治活動をしてもらう事にはなりそうだけど……まあ、ダンケルクが元に戻る事は難しいかもしれないけど、これ以上のトラブルはなくなるだろう』
どんなもんだい、と態度で示してくるラックさん。でも本当に上手くまとまったんだから凄い事だと思う。
「えっと、それで俺達は何をすれば? 話の大部分を聞くと戦後処理は俺達が居なくても大丈夫ですよね?」
『そうだね。基本的には大きな作戦の必要はない。でも最後の同盟平和条約という仕事が残っている。今度の条文はXデーの時と違って、キッチリした平和条約だよ。これが済めばこの“一年目戦争”はラストピリオドを迎える。変な横槍が来ないように、各方面の調整をお願いしたいって所だね』
「ラックさんはすげえっスよ。戦争なんてリアルなら無駄に長引かせて、どっちも疲弊するまで終わらないか、完璧に制圧するかだと思ってたのに、被害も少なく上手い事、丸く治めましたね!」
『計画の斜め上を行く運の良さだったけどね。自分でも正直驚いてたくらいさ』
「もしかしてラックさん、今年のおみくじ大吉でしたか?」
『いいや、三箇所で引いたけど、全部凶だったよ』
「それ逆に凄くないですか!?」
やっぱりおみくじって当てにならないのか。どう考えても今のラックさんとは全然違う結果だ。もはや我が世の春が来た、みたいな状態だし。
リアルでは出世して、趣味のゲームでは大勝利してさ。
あとは近況報告として受験は無事に済んだとか、ルナイラの弓が故障したからその修繕をしたいだとか、この場で話してたことくらいか。当然、その話はアリッサも耳にしていた事だろう。
・・・・・・・・・
そんな感じで、俺達は長かった戦争の勝利を祝って、自分達の順調さを互いに称えあっていた。
ここまでが、俺達「精霊騎士団」の絶頂期だったのかもしれない。だからこの後は下るだけさ。
積み上げた時間は長くとも、転がり落ちる時は一瞬だ。
ちなみにラックさんの本社云々は、モデルとなった私の友人の愚痴話を採用しています。
そしてモデルの人物はその後どっかのアホ上司の所為で本社行きを取り消されたそうです。