リベンジマッチ④
次が来ると宣言された瞬間、もうこの手しかないと考え至った。
シグさんと初めて出会った時、思い知らされたのだ。『今のままでは敵わない』と。
圧倒的な火力と、長距離射程を兼ね備えたシグさんの戦法には、近・中距離が主な戦法のスノーでは勝負にならない、と。
だからこそ、こういう時のために用意していた魔法がある。ただ、使う機会は一度だって訪れた事が無かったので、果たしてうまく機能するかは不明だった。
それに、この魔法には魔属性が使われている。チートだって言われそうだけど……まあ、いいか。幸い皆、都合よく眼が今だけ悪そうだし。
「小田。全員の撤退をよろしく」
「……善太郎はどうするのさ?」
「俺はもちろん敵を討ちに行くさ。芋砂なんて野放しにしてたら、今後絶対について回るからな。あといい加減キャラ戻れ」
オープンワールド形式のスナイパーほど嫌な存在はないからな。ただでさえ広いマップのゲームでも嫌われる連中なのに、逃げ道が無限大にある現実みたいなサモルドだと、狙撃手に有利過ぎじゃないか。ゲームバランス考えろよ運営。
愚痴っても意味はない。
まずは絶対防壁を張る前に、氷魔法で氷壁を創りだした。これで仲間からは氷の壁だと思われるだろう。
次に闇魔法で実体のない影で氷の壁を作ったように見せかける。これはシグさん側から見た場合を想定したものだ。
そして最後に、二つの魔法の間に件の絶対防御魔法『マルコシアス』を使用する。
空間に亀裂でも入るのかのように何かが割れた音がすると、隙間からにじみ出てくるように『ぐにゃり』と氷と影の間に触れてはならない物質が顕現した。何者であろうとも分解してしまう、真っ黒の次元の歪だ。それが丸い盾のような形を作り、背後の皆を守ってくれるだろう。
一射目は突然の不意打ちだったので用意できなかったが、次がくるとわかっていればこちらとて手は尽せる。
『ゼタ、良かったのですか?』
「何が?」
『魔属性の事……仲間の皆さんに疑われますよ?』
「なにさ、そんなもん小さな問題だ。疑われようが嫌われようが、スノーの友達が減る方が悲しいだろ」
何なら目の前でユキノが暗殺者のスノーだったと見せつけても良い。そっちの方が面白そうだ。
そうさ、面白そうな事は何よりも優先しないとな。悲しいのはゴメンだよ。
「じゃ、アゲイル。あとよろしく!」
『行って来る』
アゲイルの返事も待たずに、次射が襲い掛かってくるよりも先にと『マルコシアス』の盾を残して走り出した。走る最中、スノーが余計な変装を脱衣して軽装になっていく。
「スノー、カリオットを呼べ」
スノーは指笛一吹きで要望に応え、駆けるスノーと並走すると、それに飛び乗った。
『迂回は?』
「しなくていい。全力で突っ走れ」
トナカイは毛だらけの見た目とは裏腹に、密林の中でも障害物を飛び跳ねるように駆け抜けた。目の前に木があれば斜め前方へ跳ね、倒れた樹木があるならばそれを飛び越え、苔むす川があれば岩を踏み台に水の上を走っているかのように見せた。……本当にコイツがただのトナカイなのか疑わしくなってきた。
途中で射出したと思われるレーダーの棒がいくつも見えたが、あえてその中を通過していく。
それからしばらくして、目的の場所からそう遠くない位置に来たと判断すると、カリオットを見当違いな方向へと逃がして二手に分かれる。
闇魔法『インジビブル』で気配と姿を一時的に消し、風魔法による身体能力の強化を施して斜面だろうが崖だろうが速度を変えずに突き進む。ついに崖の上まで飛びだすと、そこには警戒心が明後日の方向に向いたオートマタの姿がいた。
距離およそ10mと、かなり接近しているにも関わらず、まだ気がつかれていない。これはチャンスだ。
魔弓術で『隠光剛弓』と打ち込み銀矢に魔力を込めさせる。風属性により威力の上乗せと、闇属性による認識阻害を付与しており、相手はダメージを受けるまでこの矢の存在を認知できない。
『ハッ!』
胸のど真ん中を狙った銀矢は、たったちょっとの振り返る仕草によって左肩の根元にズレてしまった。だが放った矢は鋼鉄を容易く捻じり切ってくれる。
相変わらず、銀矢を使った時の威力には惚れ惚れする。過剰すぎるだろってくらいに強力だ。
鋼鉄の腕から網目状の太いケーブルがいくつも見え、まるで筋肉細胞みたいだと思いながら攻撃された左腕を隠すみたいに、狙撃銃の銃口を画面越しの俺に向けて一発撃った
『クソが!?』
おいおい。久しぶりに再会したのに、口が悪いな。なら俺だってお返しだ。
「やり逃げはあんまりじゃないですか、この芋虫野郎!」
スノーを的確に狙った筈の弾丸は軽く避ける素振りをしてスノーの顔面横をスレスレで通過していった。銀嶺のローブの効果でスノーに対する銃撃は効果あまりない。ただし、コレが風の抵抗を受けないレーザー光線だったり、面としての広範囲攻撃ならば違っただろうが……。あんまり頼り過ぎると手痛いしっぺ返しを受けそうなので多様はしたくないけれど、シグさん相手に余力を残して戦うつもりなどない。
全力で相手させてもらう。
岩盤の上に着地すると弓の弦を肩から掛け、なんの準備も要らない魔法を使用する。上級魔法、その中でも使用MPがスノーの最大値を誇る大魔法だ。
『アトゥイコロカムイッ!』
地面に両手の平を当てて、大氷の塊を召喚する。
それは巨大な魚の形で現れた。クジラが水上に飛び上がるブリーチングのような光景を連想させる角度で巨大な氷塊が現れると、そのままシグに向かって倒れ、襲い掛かった。
『フザッけんじゃねえ!!』
最後に怒り散らす声が聞こえた気がしたが、氷塊がスノーの足元から15mの範囲を縦に振り落とされるとそれも聞こえなくなった。
大瀑布でも起きたように地面から大きな波を立てた氷が目前の光景を埋め尽くし、終わった後には海が割れた状態で凍ったような、まるで幻想的な風景が誕生していた。いや、だからファンタジーなんだよな、このゲーム。
ダメージの概要としては魔法で作った大氷で押しつぶし、生死の有無関わらずに全てを氷漬けにしてしまおうという、限定的な範囲ではあるがかなりの殺傷力を誇る自慢の大魔法だ。
早くも決着が付いたなと得意げに勝利の余韻を味わおうと思っていると、スノーが落ち着いた様子で口を開いた。
『ゼンタロウ……私は彼を殺してしまったんでしょうか?』
「え? あー……そうか。悪い。相手が機械だから問題ないとか思ってた……」
しまったな。そういえばスノーからすればシグさんは普通に生きている人物に見えていたし、少なくとも身体が壊れただけだ、という俺と同じ発想を持っていない事を失念していた。
『いえ、先に襲ったのはあちらですので、致し方ないとは思います。気にしないでください』
そう、だったらいいんだけど、こういう場面での気にしないでっていう台詞ほど信用ならない言葉はないからな。
さて、どう言葉を掛けて謝れば円満になるかを選ぼうと思っていると、不意の銃弾がスノーの顔のすぐ横を掠め、髪を揺らした。思わずスノーが仰け反り、掠めた頬を心配して擦った。
『……確かに顔面を狙ったはずなのだが、何かのアイテム効果なのか。相性最悪な奴だな、お前』
「今ので無事なのか!?」
冗談じゃねえ。どうして氷漬けにされて……まして生き残っていたとして、ピンピンしているんだ。
そんな疑問を解消するかのように、シグさんの今いる場所は彼を中心に球形の穴が開いていた。まるでそこだけ、スノーの魔法効果がなかったかのような状態だったのだ。
「ええい! スナイパーの癖にエネルギーバリアとか節操がないぞ!」
『備えあれば憂いはないと言うだろ?』
それは本来、近接戦闘特化のオートマタが装備するという防壁機能だぞ。だがそれを利用するためには様々なデメリットを受け入れなければならない。例えば限りあるエネルギーを常に一定以上奪われる事や、全体重量が他の装備の二倍にもなって動きにくくなるとか。その癖、負荷が掛かると確率で壊れるし。
全く、なんて人だよ。いらんもん装備しやがって……。
『……さて、銃撃戦が圧倒的に無意味だとわかった。ならばコレしかあるまい』
シグさんが意味深に狙撃銃を仕舞い、背中に回すと隻腕となった右腕を無手の状態にして握り拳を作っている。
「正気ですか?」
『安心しろ。俺のFCには格闘戦術プログラムが拡張されている』
それは安心できない情報だ。一方的に殴られる痛みと恐怖を教えてくれる狙撃大好きオジサンだと思っていたのに、なんでもこなせるオールレンジ型だったとはな。流石はランカーだと褒めておけばいいのだろうか。
「……だけど、片手で俺のスノーを相手にできると思われるのは、ちと舐めてませんか?」
『お前こそ、ただの弱小エルフ使いが、オートマタを極めた俺に対して、舐めてるとは思わんか?』
「あ゛?」
たったいま、幻聴が聞こえた。頭の中で鉄が落ちる音が聞こえたのだ。こう『カチン』ってさ、見事に撃鉄が落ちましたよ。
(何を言ってるんだ、この男はよぉ? 寝言は寝てから言ってくれませんかねえ? まだお目目が汚れているのかなぁ?)
今にもそんな口汚い言葉が舌の上で転がり出そうになったが、今は我慢してその思いは戦闘に勝利した後にたっぷりと言ってやる事にした。
「スノー。悪いけど、奴には遠慮しない。徹底的に潰す」
『……たまにはそういう相手もいる、というわけですね』
スノーが何を理解してくれたのかは知らないが、今回は多分に譲歩してくれるようだ。今度穴埋めはしっかりとしよう。
それはそうとして、シグさんの武器が何になるのかがわからなかった。
ただの徒手空拳なワケが無かろう。おそらく何か生身ではありえないギミックを備えているに違いない。
牽制がてら、肩に掛けたルナイラの弓を構え直し、矢筒から銀矢を抜いてクイックショットを放った。
すると彼は驚くべき事にバーニアを全力で噴出させ、スノーの方面へ急接近してきた。自分から射た銀矢に向かってきたのだ。でもその行動には強がりやハッタリはなく、スノーが放った銀矢を、小指から肘に掛けて光る何かで見事に弾き飛ばした。
下袖長の部位に光るそれは、鋭い刃が高速で動いている刃の集まりだった。まるでチェーンソーだな。……どこぞの奇妙な冒険をする漫画のカ○ズ様みたいな武器だった。
冗談言ってる場合じゃあない。奴の動きは意外と早い。背中に巨大な狙撃銃を背負っているとはとても思えない機動力だ。
今はルナイラの弓の耐久力を信じ、白枝で受け流す――つもりでいた。しかし神弓の白枝と回転する刃とがぶつかった瞬間、思わぬ反動だったのかスノーが攻撃の威力を受け流しきれずに、殴られたように後方へ飛ばされ、よろめいた。
「ちょ、マジか!? 大丈夫か?」
『す、すみません。ですが問題あり――』
スノーが再び白弓を構えてみようとすると、白枝と銀細工を繋ぐ根元の部分が、ひしゃげたように歪な曲がり方をしていた。
『――ました……。ごめんなさいです』
「ちょ、ま、うそお!?!? それ壊れんの!?!?」
いや、白枝の部分はヒビ一つ入っていないどころか、傷すらない。だが弓としてシナる役割を担っていた、軟らかい部分が横からの衝撃に耐え切れなかったらしい。あまりの衝撃の結果にあいた口が開きっぱなしだよ。……あ、ちなみにこの衝撃には二つの意味があって――
『オラァッ!!』
『ゼタ!!』
問答無用でブーストで突進しながらも、下袖刀で斬りかかってこられた。スノーの声がなければ危うく避け損ねるところだった。
「ちょ、タイム、タイム!?」
『真剣勝負にそんなモノはない!』
「ですよねー!?」
冗談考えてる暇も与えてくれないとか、酷い人だ。こちとら今まさに泣きそうだって言うのに、空気読めよ。いや、空気読んでないのは俺の方か。
それから二度、三度切りつけられるが、スノーの心眼《真》のスキルのお陰で回避行動を取るだけですり抜けるように攻撃をかわせる事に気が付いた。
「しっかし、真剣勝負にネタ戦法で挑む人に真剣云々言われたくないんですがね?」
『フン、事情を知らん奴はコレだから……。格納スペースの関係だ。だが、そんなネタ戦法にお前は手も足も出ないようだが?』
「……赤の他人にお前とか、言われたくねえんですが? ちょっと貴方様、馴れ馴れしくないですか?」
『偉そうな口を叩くなら勝ってからにしろ!』
まるで既に自分が勝ったかのような口ぶりだな。だが、確かになるほど。勝利すれば偉そうにしてもいいと言うのなら、その大層な口をさっさと閉じてもらおう。
四度目の斬撃も軽く回避してしまうと、さすがのシグさんもいい加減うんざりして来たようだ。
『いい加減に、斬られろ!』
「動きが単調過ぎだからムリですよ」
さっきから横切りしながらの突進ばかりで、攻撃にバリエーションがない。連撃でもしてくれないとスノーは捕まる気がしない。いや、恐らく格闘戦のプログラムがあるといっていたので、連撃動作はあるにはあるのだろう。
だが、突進して距離を詰めてからでないと他の動作には移行しないのかもしれない。車でいう所のMTとATみたいなものだ。最近の格闘ゲームにも同じシステムがある。
格闘ゲームはその敷居の高いゲーム性ゆえに、格闘ゲームのプレイ人口は年々徐々に減っているのだとか。だから開発企業側は努力して、ボタン連打するだけでコンボができる簡単操作が可能なアシストシステムを用意したのだ。
つまるところ、シグさんの格闘戦術は初心者向けに用意された、単調な動きしかできないプログラムされた動きだ。
そんな動作しかできない攻撃、最初の1回までしかチャンスはないと思えよ。
『クッソがッ!』
「もう飽きた。短剣二刀」
『はい』
魔鉱ナックルダガーを二刀、両手に装備させ、刃を突き出した腕の下を掻い潜り、右ダガーで殴りつけるように逆手で突き刺し、ダガーを脇腹に残して背後に回りこみ、振り返る力で更に左のダガーを背中に突き刺して通り過ぎた。
『な、何だ、いまの変態的な動きは!?』
「案外、装甲は軟らかいんですね。あ、バリア使わなくっていいんですか?」
『チッ!』
そりゃブーストしまくって突進してたらエネルギーも残ってないのだろう。……俺ならそんな事はしないけど。やはり接近戦は経験不足か。
魔鉱ナックルダガーを再び二刀装備し、今度はコチラから攻める。何処がシグさんの弱点かさっさと判明させたい。
オートマタはその機体によって、コアの部分が何処にあるのか違う。人間の心臓に当たる部分にコアがあったり、或いは頭にあったり、時にはお尻の部分に隠してる奴もいるとかなんとか。……嫌な絵図等を想像してしまったじゃないか。
いっそ、禁じ手のケイオスフレアで全てを屠ってもいいかもしれないが、それだと瞬殺してしまって折角の「偉そうな口を叩く」機会を失ってしまう。「雑魚だと言った奴に負ける気分はどうよ?」って言いたいんだよ俺は!
いつもの魔迅残影剣を使用し、突進すると見せかけて敵の背後に回りこみ、両手のダガーで切り上げるが、彼は前進ブーストして回避しやがった。逃すものかと飛び上がった状態で魔鉱ナックルダガーを投擲に使用する。
「スノー、奴の頭と胸、それからそこでも好きな所にアイスダガーで投擲!」
『指示が雑です!』
「じゃあケツで」
『……いい加減インフェルノ』
珍しく真面目なのに怒られた。
ともかく矢鱈滅多に投げるモノを投げ、彼が最後まで攻撃を嫌がるところを探した。二本投げては指で挟んで両手8本同時に投げ、更に片手で六本ずつ握り、縦スローイング、横スローイングと芸術的に投げてやる。さすがにDI○様みたいに上手くはできなかったが、シグさんが振り返って防いだ場所で大体のコアの場所はわかった。
脳天だ。そこに一撃で仕留められる弱点がある。
まあちょっと問題があるとすれば、スノーの身長は約140cmほどで、シグさんの身長が2mにも届きそうな程ある事くらいか……。頭二つ分も距離があるんだよなぁ。まあ、何とかするさ。
「スノー。今度は小太刀、長刀」
『アレですね』
スノーが竜骨小太刀を抜き、徐々にその刀身が元の黒塗りから白銀へと塗り替えられた、立派な氷刀が生まれた。
魔力剣の一種だが、いつものコマンド攻撃などで使う簡易的なものではない。氷で作った刃で小太刀を覆い、刃渡りを延ばした大太刀だ。本来、エルフが許された適正武器を無視した形だが、銃を扱えないドワーフがロボットに乗って銃撃戦を行なってきたんだ。これくらい多めに見てくれ。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。いや、片付けるか」
『ッ!! ……き、きさまぁあああッ!』
割りと沸点低いな、この人。まあ永遠の二番手なのだから、化けの皮が剥がれりゃこんなもんか。
だがシグさんは全く同じ行動には出なかった。
『ええいッ! まさか、エルフなんぞにこの武装を見せなくてはならんとはなッ!!』
背中に背負っていた狙撃銃がスライドされ、右腕に装着するように《合体》した。
まだ、隠し玉を持っていた。