生き様が芸人
あれ、流れ変わった?
「前回までのあらすじ! ゼタっちは危機を迎えていた。敵に囲まれ、パソコンはお釈迦になり、さらにグラボを買いなおす資金もない。なんとか機転を利かして最悪だけは回避したが、壊れたパソコンは決して直らない。果たして、ゼタっちはこの局面、どう解決するのか!?」
「小田、なんでカートゥーンの星戦争みたいな語り口調なんだ? あとそのカメラはなんだ?」
俺が作戦を開始するというと、いつの間に用意したのか、ハンドカメラを手に俺を撮影し始めていた。
「いや、なにしでかしてくれるのかな? て思って」
「まるで事件を起こすことを大前提としてる言い草はやめろ」
「で、実際なにすんの?」
「飯を作る。ただし、今日は本気だ」
材料を一気に冷蔵庫から出す。牛肉ミンチ、自家製チャーシュー、えび、たまご、ニラ、ネギ、キャベツ、レタス、生姜、にんにく、そして餃子の皮。
「こ、こいつは!? ゼタっちの十八番、中華か!?」
「おうよ! 調味料はネットで調べた合わせ調味料をビン詰めにしてある。コイツがありゃあ中華なんざ楽勝よ」
「さっすがゼタっち! 中華=炒め物としか捉えてねえその台詞! 世の中舐め腐ってるクソヤロー発言サイコー!」
「お前、喧嘩売ってるの? 売ってるんだよね?」
先に具材を野菜系統の仕込みを開始する。肉は後だ。傷むからな。
作るのはエビチリ、餃子、五目炒飯。
手際自体は普通だと思う。ただ、美味しくなる手順を抜かないだけだ。
たとえば海老は殻を剥いた後に水溶き片栗粉で洗うとか、餃子は一口で全部食べられる大きさに揃えるとか、焼飯の米は専用に炊いて炒める時にお玉でちゃんと叩くとか、そういう一手間を抜かずにきちんと工程をこなすだけだ。ちなみに、餃子の具が白菜ではなくキャベツを使う理由はそっちの方が歯ごたえが良いからだ。
そして出来立てをすぐに食べてもらえるように、こちらでお膳立てを済ませておくこと。コレも重要だ。
料理はできたてが美味しいものだ。中華なんか特にだ。
箸と皿を用意し、出来上がり三分前に部屋をノックして回る。それが飯の合図だ。
完成品を皿に取り分け、色合いを損ねない為にレタスで飾りにつける。一先ずはコレで完成だ。
そしてテーブルの料理がなくなる前に、デザートに杏仁豆腐を作る。冷蔵庫から生クリーム、牛乳を出し、引き出しから市販の板ゼラチンを用意。あとは感覚でそれらを入れて砂糖とゼラチンを溶かし、最後に梅酒を少々……後は冷蔵庫に入れておけば完成だ。割と簡単なのでアレンジの幅も広い。
そして一時間後、接待ばりの夕食は終わりを迎える。
俺は、ただじっと待っていた。母と妹がリビングを出て、親父と二人きりになるその瞬間まで。
その時になったら、俺は命を懸けるほどに全力を出す。
何せパソコンの修理代を頼む立場なのだ。貯金は、去年買った新型携帯のお陰で持ち合わせがない。月の小遣いは携帯の維持費とネットゲームの契約代で既に火の車だ。
俺は、ゲーム推奨グラフィックボード約7万円を父から借りなければいけないのだ。
親父も何か言いたい事があるのか、ただ目を伏してじっと待っていた。
母と妹が部屋を出ると、いよいよと口を開き始めた。
「親父……実は折り入って話があるんだ……。というか小田、ちょっと席を外してくれ」
「いや、小田君。キミはここに居たまえ」
「合点承知」
「は?」
何故、父が小田をココに留める。しかも小田はずっとカメラを構えている。本当にどこから持ち出してきたんだか。しかもどこかで見覚えがあるようなカメラなのだが、思い出せない。
すると、鼻で笑うような一声……それが徐々に何度も聞こえ、最後には高笑いに変わっていた。
親父が声を大にして笑っていたのだ。
「…………親父?」
「んッん~。お前のご機嫌取り、実に面白い余興であった。お前が健気に家族に尽くす姿はまさに滑稽であったわ。まずは腹を満たしてから交渉を行おうという姿勢、悪くない。だが、それだけだ。だから貴様はまだまだケツの青いヒヨッコなんだよ!」
「な、何のことかな?」
「とぼけても無駄だぞ、我が息子よ」
何もかもお見通しだぞというネットリとした言葉遣い。
凄く、嫌な予感がする。
「パソコンが、逝ったのだろう?」
「なッ! 何故それを!? まさか――」
小田を一目で睨む。だが小田は首を振って違うとアピールする。
「小田君は何も言っていない。そもそも、そんな事をする必要はないんだよ。忘れたか? お前にパソコンを買い与えてやったのが誰だったのかを」
「な、なんだ。どういうことだ?」
たしか五年前、俺にパソコンを買ったのは親父だ。理由は「今の時代、パソコンくらい扱えないとな」という親心に充ちたような理由だった。
だが、今になって、途端に不信感が高まった。
そもそも、あれは子供の教育に使うにしてはいささかスペックが高すぎる。というか、能力で言えば明らかに過剰だ。あれはゲームの中でも高水準のパフォーマンスに応える為に生まれたパソコンだ。決して、子供に……ましてや教育の為に買い与えるような物ではない。
そして何より、覚えているのは……父が次に取った行動だった。
『このゲーム、面白いぞ』
『オンラインゲームと言って、世界中の人と一緒に遊べるんだ』
『わからない事があったら教えてやろう』
父は、たった一つのゲームをデスクトップに置いていた。別にやらなくてもいい。見なくても良かった。
でも、たった一度の興味本位で、俺はその世界に入り込み、抜け出せなくなっていたのだ。
あれから五年だ。五年経った今、俺は十五歳で、中学三年生だ。今年は受験を控えている。
なんだ、何か、作為的な何かを感じざるを得ない!
「グラフィックボードの平均寿命を貴様は知っているか? 5年だ。平均でたったの5年なのだよ。我が息子よ、まだ気がつかないか? まさか私が、ただの『教育』なんて子供が嫌がりそうな事の為だけに、バカ高いパソコンを買ったとでも思っていたのかあああ!?」
「な、なんだって!?」
く、凄い説得力だ。
「だ、だが……だったら何のために……」
「“高校受験”」
「なッ! ま、まさか――」
親父は中学三年のこの時期に壊れる事を見越して、五年前の俺にゲーミングパソコンなんていう高価な物を捨石として利用したというのか!?
親父はおもむろに懐から、封筒を出す。
そこには『三十万円 無利子』と書かれていた。
「この封筒を手にする条件はたった一つだ。私の指定する学校を受験し、合格する事。たったそれだけだ。そして次にお前は『この時の為だったのかッ!?』と言う」
「この時の為だったのか!? ……はっ!? だ、だが、俺の台詞の先読みをしたからと言って、いったい何が」
「まだわからんか。貴様如きの考えは全てお見通しだと言いたいんだよ、このパープリンがーッ!」
くっそ、こんな楽しそうな親父、久しぶりに見た。絶対楽しんでやがる。
「聞こえる。聞こえてくるぞ、お前の欲望の声が……。パソコンなんて、五年も経てばスペック水準など一新されているものだ。今使っているグラボを探して付け替えるよりも、最新のパソコンを使いたいと思うものだ。スペックが段違いだもんなあ? ええ? 我慢するってぇ? いいんじゃないのお? でも、グラボを交換したところで、それ以外の部品だっていつか交換しなきゃだもんなあ? そういえば息子よ、なにやら、ゲーム実況をしたいとか言ってたよなあ? ついでに機材だって買えちゃうんじゃあないのかなあ?」
「き、キサマ……まさか、俺の部屋を覗いていたのかッ!?」
「息子の成長を監視しない親がどこに居る!?」
「せめて見守ると言ってくれぇ!!」
悔しさと恥かしさで、思わず床を叩いた。
悪魔だ。この男は、人の皮を被った、悪魔だ。
「さあ、選べ。この三十万を手に入れ、指定する学校に行くか。或いは、負け犬に成り下がってゲームとさよならするかだ」
「い、いやだ。俺は、バカ高校に行って、三年間……遊んで暮らしたいんだ……」
「ざぁんねんでしたぁー。そんな未来は永劫きましぇーんッ!」
だ、ダメだ。もうおしまいだ。親父はこの時のために、ずっと計画してきたんだ。勝てるわけがない。
「さあ、三十万を取るか! 取らないか! ハッキリ言葉に出して言ってもらおうッ! 善太郎!!」
「くっそおおおおおお!!!」
うん、まあ借りたけどね。三十万。
「すまん、小田。お前と一緒の学校。いけそうにないわ」
「そんな事どうだっていいって。どうせネットで一緒に遊べるじゃん」
「小田……。お前が俺に合わせるって選択肢はないの?」
「やだよ。俺はバカ高校行って、三年間遊ぶんだよ」
「この裏切り者がぁ!!」
奴の襟元を引っつかんでやったが奴は気にする様子もない。
どころか、俺のことなどまったく相手にすらしてなかった。
すると、手に持っていたハンディカメラを、親父に手渡していた。
「親父さん、とりあえずこれ、お返しします」
「ありがとう、小田君。いや、息子は良い友達を得た」
「いえいえ、そんな。お役に立てて光栄です」
「うむ。これで息子の結婚式に盛大な笑い……話題を作ることができそうだ」
なにそれ。
ちょっとまって、なにそれ。
結婚式でムービー流す話とか聞いたことがあるけど、なにそれ。
それ、流すの?
俺の晴れ舞台に?
……俺はきっと、泣いていいと思う。だってこんなに悔しいんだもん。
親父に嵌められ、友達に裏切られた。
煤けた背中を見せながら、惨めに部屋に戻ることにした。
早くネットでパソコンを注文しよう。早ければ明後日にでも家に送られてくるだろう。
「いやあ、ゼタっちの親父さん、マジで良い人だよな」
「どこがだよ。どう考えても悪魔だろ、この裏切り者……」
「ゼタっち、大事なものは失ってから気が付く物なんだぜ?」
「……小田」
「ゼタっちのパソコンみたいにね!」
せめて、もうちょっと綺麗にまとめてよ。
前回と同じ『決断する』話なのに、スノー様と善太郎君でこの落差よ