サモンズ ワールド
『サモンズ ワールド』という大規模多人数型オンラインゲームの始まりは、とても静かなものだった。まさしく死産といって差し支えない。
広告も少なく、雑誌で宣伝されることなく、オープンβテストがいつの間にか終わっていたくらい、ほぼ誰にも気付かれないほどだった。
そんなゲームが世のオタク層に認知されるには、約半年ほどの時間が必要だった。そして認知されたからと言って、『サモンズ ワールド』が人気ゲームになった……という事もなく、かなりの物好きな人間だけがプレイする存在であった。
いや、物好きというには少しズレた言い方かもしれない。
……ハードコアな層だけがプレイするゲームとなっていたのだ。
このゲーム、一体どういった物かというと『トラキオン』と呼ばれる異世界で、武器を持ってスキルや魔法などを駆使して敵と戦う典型的なアクションMMOだった。操作するキャラクターは自分でデザインするし、選べる種族は人間・エルフ・ドワーフ・ビースト・オートマタ・半魔人と数多い。そしてキャラクターデザインのパーツがなかなかに多かった。
おそらく製作会社は、いわゆるオープンワールド形式で『何でもできる』というのをセールスポイントとして売り込みたかったのではないかと、このゲームに触った者ならば思っただろう。
しかしながらこのゲーム……何でもできる、と一言で片付けるにはいささか以上に語弊がある。
確かにこのゲームはできることが幅広い。
プレイヤーは戦闘職のみならず、商売人としても活躍する事ができるし、やろうと思えば国の官職にも就けたりできる。反対に、やり様によっては犯罪者になってしまうこともある。
犯罪が行えるという時点で、わかる人間にならば既に自由度という点でその片鱗が見えることだろう。
だがそれは、サモンズワールドというゲームのまだ一端でしかない。
このゲームの真骨頂は妙なリアリティのあるゲームバランスであった。バランス調整が何とも「匂わせる」モノとなっていた。
そもそもスタート地点からバラバラだった。
なんと開始地点がプレイヤーによってまったく異なり、公平性もバランスもないのだ。
一応、共通で『教会』という建物から始まるのだが、教会から外へ出ると、何処の田舎とも知られない村にでた者がいれば、トラキオンでも屈指の大都市から始まったりする者もいる。プレイヤーからは俗に『人生のガチャ』などと言われたりするが、まんまそれである。
ステータスに出生という項目があり、上は王族、下は村民、さらに詳しく何某族出身とランダムに割り振られる。
レベルは一律で1からスタートなのだが、初期資金に雲泥の差があり、結果として装備品の調達にも差が生まれる。さらに開始ステータスにさえ如実に差があるという、なかなかにゲームらしからぬ設定であったりもする。
腕に自信の無いプレイヤーは人生のリセマラをして強者を待つ者も居た。そうして高ステータスになるまでやり直して、いざ冒険の第一歩を踏み出そうとするのだが、ここでもまだ理不尽は続く。
オープンワールドかつ、スタート地点が違うとなると、既に嫌な予感がする者もいる事だろう。まさにその嫌な予感を実践したのが「サモンズ ワールド」。
プレイヤーに待ち受けている第二の難関は地方による難易度の差である。
外を徘徊するモンスターのレベルがバラバラなのだ。最初の村からラストダンジョン手前までいらない所で選り取り見取りである。なお選択はさせてもらえない。
地方によって野生の魔物のレベルは違って、間違っても駆け出しプレイヤーが出くわしてはいけないレベル99のカンストと思われるドラゴンに襲われてしまうこともあった。負けイベントとかではなく、はぐれゴブリンに襲われたくらいにごく当たり前な流れでエンカウントするのだ。
「こんな理不尽ふざけるんじゃないよ!」と思わず口にするかもしれないが、このゲームはそれだけではない。なんとゲームにあるべき復活要素がないのだ。教会はあるが、復活してくれないのである。普通のMMOならばあるまじき設定だ。
スタートしてすぐに殺されるならば「やってられないクソゲー」で終わることができる。むしろその方が傷は浅かろう。
だが反対に、そこそこ続いてレベルも高いプレイヤーだとさらに傷は深くなる。
ついうっかりで死んでしまうと、もはや発狂モノである。一般のプレイヤーが全然、楽しくできるような設計ではないのだ。むしろ何でこんなゲーム作ったんだよ……と、うな垂れたり、製作者にクレームを送りたくなってしまう程の理不尽さがあった。
そういう、何ともいえない部分を除けば、至って普通の王道ゲームなのだが、当然の如く大多数の者はすぐに去って行った。残ったのはそれ以外の少人数のハードコア専門の「理不尽がどうした。むしろ望むところだ」という製作者からの挑戦状と受け取る我こそは猛者なりという人物達だけであった。
どんなゲームにも一定の支持者がおり、突き抜けた何かに……『理不尽という匂い』に魅了された者達が居るのだ。
辻風 善太郎という少年もそんな人物の一人であった。