嘘から深まる姉弟愛
とある高校の昼休み。同じクラスにいる愛梨、紗彩が学生食堂で昼食を取っていた。するとそこに、別のクラスにいる佳奈美が近付き、隣に座る。三人は入学当初は同じクラスだったが、進級してから佳奈美は愛梨・紗彩とクラスが別れたので、学校の中ではこうして昼休みの時に顔を合わせるぐらいになってしまったのである。愛梨は佳奈美が座ると、佳奈美に質問をした。
「ねぇ、佳奈美ちゃん。あんたってさ、彼氏とかいる?」
「えっ?な、何よ急に…。」
「ちょっと、気になっちゃったんだよね…ねっ、紗彩。」
紗彩は首を縦に振った。佳奈美は二人が何故そんな質問をしてくるのか不思議に思った。佳奈美は愛梨と紗彩が何か企んでいるような気がしたが、ここは落ち着いて答えることにした。
「う…い、いるわよ。私の弟みたいで、か、かわいいんだからね。」
「えっ!マジで。知らなかったぁ。へ、へぇ~。そうなんだぁ。」
愛梨と紗彩は佳奈美の話に驚いたかのように目を見開き、お互いの顔を見合わせた。佳奈美は何故、二人がそんな反応を示しているのか分からずにいる。
「ねぇ、じゃぁ愛梨はどうなの?」
「そ、そりゃ私もいるわ。お兄ちゃんぽくてカッコいいんだよね。」
「紗彩は?」
「あ、私も、お兄ちゃんぽい彼氏がいるんだよ~。実はね…私たちに彼氏がいるかどうかって愛梨と話してたとこなんだ。だから、佳奈美ちゃんにも彼氏がいるのかなぁって気になってたんだよね。」
「なぁんだ。そんな話だったんだ…。」
佳奈美は二人の話に不信感を抱いたが、愛梨と紗彩にも彼氏がいたと知って安心した。だが、佳奈美は家への帰り道で何故か意気消沈していたのだった。
(どうしよう…二人に彼氏いるって、“嘘付いちゃった”…。)
実は、佳奈美は産まれてから今日に至るまで、彼氏と呼べる人がいなかった。チャンスはあったかもしれないが、なかなか先へ進めずにいたのである。しかし、愛梨と紗彩から“付き合ってる人とかいる?”と聞かれた時、もし二人に彼氏がいて、自分だけがいないなんてことになれば、疎外感を感じるのではないかと考えた佳奈美は、“いる”と嘘を付いてしまったのだ。しかし、佳奈美は気にすることなく家に帰った。
(まぁ、愛梨も紗彩も彼氏がいるんだから、それ以上追求されることは、ないよね…。)
佳奈美はその後も愛梨・紗彩の二人と共に昼食を取ったが、自分に彼氏がいることに対して、二人から追及されることもなかったので安堵した。しかし、それから数日経ったある日のことだった。
「ねぇ佳奈美ちゃん。今度の土曜日なんだけどさ、あんたの彼氏を紹介してくれない?私たちも彼氏連れてくるから、私の家で見せ合っこしようよ。」
「えっ?どうして…。」
「実はさ、佳奈美ちゃんの彼氏がどんな人か、気になっちゃったんだよね。紗彩も同じこと思ってたみたい。」
愛梨と紗彩は佳奈美に対し、“彼氏を紹介してほしい”と言ってきた。佳奈美はまさか二人からそんなことを言われるとは思いもしておらず、この展開に動揺していた。
「え?ちょ、ちょっと待ってよ。彼氏を見せ合うなんて、普通そんなことしないよね?秘密にしないの?」
「いいのいいの。変にコソコソ隠す方がおかしいのよ。友達なら隠し事はダメだよね。ねっ!愛梨。」
「紗彩まで…でも…。」
佳奈美は二人の反応に戸惑い、反対しようとした。しかし、ちょうどその時に昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴り、会話が止まったのである。
「じゃぁ、彼氏と話しておいてね!行こっ、紗彩。」
「あ…ちょっと、愛梨…紗彩…。」
愛梨と紗彩はお盆を持って先に席を離れていった。佳奈美はしばらく席から立てなかったが、お盆を持って返却口へ持っていき、クラスへと戻った。
(どうしよう。まさか“彼氏を紹介してほしい”って言われるなんて…。)
佳奈美は自分に彼氏がいると嘘を付いた結果、自分を窮地に追い込む結果となり愕然とした。もちろん、“フラれた”などと誤魔化して回避することもできるが、予想外の展開に気が動転した今の佳奈美には、そこまで思い付くほどの余裕はほとんどなかったのである。
(そうだ…仕方ない。ここは一か八かで、“あいつ”に頼んでみるか…。)
佳奈美はひとつの解決策が浮かんだ。急いで家に帰ると、なぜか弟の部屋へ向かったのである。
「健介、ちょっとお願いがあるんだけどさ…。」
「わぁっ!な、何だよ。」
佳奈美は弟の健介の部屋に入った。健介は姉がノックをしなかったのでビックリしていた。
「姉ちゃん。勝手に入って来るなって何度も言ってるだろ?」
「ごめん。あのね、今回は絶対にあんたにお願いしないといけないことがあるの。」
「何だよ、もう…。」
姉の佳奈美は面倒くさがりな性格であり、自分でできることすら健介に押し付けている。そのほとんどは自分でやれよと言われそうなものばかりであるが、今日の佳奈美は珍しく手を合わせて、健介に頭を下げてきた。普段の佳奈美では有り得ない行動なので戸惑ったが、健介も日頃から姉のわがままに振り回され続け、困り果てていた。そこで話だけ聞いて断ろうと思った。
「お願いって、何だよ。」
「あんた…私の、彼氏になってくれないかなぁ…。」
「は、はぁ?な、何でそんなこと言うんだよ。」
健介は佳奈美のお願いに体の力が抜けてしまった。佳奈美は満更でもない表情をする健介に、事の経緯を話し始めた。
「じ、実はね…学校で、友達から“あんた彼氏いる?”って聞かれたの。それでもし、友達に彼氏がいて、私がいなかったら、何か仲間外れみたいな感じになっちゃうと思って、“いるわよ”って、嘘付いちゃったのよ。」
「はぁ…何でそこで嘘付くかなぁ。それぐらいで仲間外れになるわけないだろ。考えすぎなんだよ。馬鹿じゃねぇの?」
佳奈美は健介のこの発言に、カッとなって怒鳴ってしまった。
「それだけだったらあんたにお願いしないわよ!訳があってお願いしてるんだからね。」
「姉ちゃん、何で怒ってるんだよ。」
「そしたら“彼氏に会わせてほしい”って言ってきたの。普通、他人の彼氏なんか見たいって思う?私、困っちゃって…。そんなわけでさ。今更、嘘だなんて言えないんだよぉ。ね、一日だけでいいからさ。今度の土曜日にさぁ、私の彼氏を演じてくれる?でないと友達失っちゃうの~!」
佳奈美は怒鳴った後は健介の足に縋りついて泣きわめいた。健介は佳奈美の行動に呆れるしかなかった。
「冗談じゃねぇよ。自分が蒔いた種なんだから自分でどうにかしろよ。いつも思うんだけどさ、何でもかんでも俺に押し付けすぎなんだよ。自分のことぐらい自分でできねぇのかよ。」
「だから本当に申し訳ないって思ってるから。あんたは私の彼氏ってことで好きにしていいからさぁ。だから、一日だけでいいからお願い。ね!」
佳奈美は目を潤ませ、健介に訴えかけた。健介は佳奈美が窮地に追い込まれているのをヒシヒシと感じ、断ることができない気がしていた。それよりも、姉の要求を断った後で何をされるかの恐怖の方が増してきたのだ。
「わ、分かったよ。一日だけな。」
「ありがとう!それでこそ私のかわいい弟よ。」
「お、おお…。」
佳奈美は思わず健介を抱き締め、頭を撫でた。こうして、佳奈美は健介を自分の彼氏として仕立て上げることに成功したのである。そして土曜日、佳奈美は健介と共に愛梨の家へと向かった。その最中に、佳奈美は健介に守るべきことを伝える。
「いい?あんたは私の友達の前で、余計なことはしなくていいからね。」
「分かってるよ、もぉ…ねんどくせぇなぁ。」
佳奈美は愛梨の家の呼び鈴を鳴らした。すると、愛梨がドアを開けて二人を出迎えた。
「はぁい!佳奈美ちゃん、待ってたわよ。あっ、あなたが佳奈美ちゃんの彼氏さんね。初めまして。さぁ、こっちに来て。」
「お、おじゃまします…。」
佳奈美と健介は愛梨の誘導で部屋へ向かった。中には紗彩がおり、そばには愛梨か紗彩の彼氏と思しき二人の男が座っていた。
「ほら、二人共ここに座って。」
愛梨は座布団に手を置いて、佳奈美と健介を座らせた。佳奈美と健介が用意された座布団に座ると、それぞれのカップルがペアになって座った。佳奈美と健介は、この異様な空気に押しつぶされそうになっていた。
「さぁ、これで全員集まったね。じゃぁ、自己紹介するわよ。まずは私からね。私の名前は、愛梨です…。」
「俺、愛梨の彼氏の勇作です。ちわっす…。」
「紗彩です…。」
「紗彩の彼氏の昭義です。よろしく…。」
佳奈美と健介は愛梨と紗彩の彼氏の顔を見た。特に佳奈美は、二人の彼氏に目を丸くさせていた。
(すごい…愛梨と紗彩にこんな彼氏がいたなんて知らなかった…。)
(こいつら、何だかチャラそうだな…。)
「ほら、今度は佳奈美たちの番だよ。」
佳奈美と健介が呆然としていると、愛梨に声を掛けられ、我に返った。
「あ、ああ…佳奈美です…。」
「か、佳奈美の彼氏の健介です…。」
「佳奈美の彼氏、すごくかわいいじゃない。健介君。よろしくね!」
「は、はい…イテッ!」
健介は紗彩の笑顔に顔を赤くさせた。佳奈美は健介が紗彩をスケベそうな目で見ていると思い、尻をつねった。
「佳奈美ちゃん。私たち、こうしてお互いの彼氏を見せ合っこしてるんだよ。」
「だから、佳奈美ちゃんの彼氏も紹介してほしかったって訳なのよ。ねっ、紗彩。」
愛梨と紗彩のカップルは常に肩を密着させ、仲の良さをアピールしているかのようだった。佳奈美と健介はその光景が異様に感じ、自然と間が空いていった。
「二人共、なんで離れてるのよ。付き合ってるんでしょ?」
「あ、私たちはこのままでいいわ…。」
「あら、あんたたちってけっこうシャイなのね。それでよく恋人でいられるわね。」
愛梨と紗彩は佳奈美と健介が離れていることを不思議に思った。だが、その後で愛梨の彼氏の勇作が大胆な行動に出たのである。
“チュウッ…。”
「ええーっ!?」
勇作は愛梨の顔を自分に向け、キスをし始めた。愛梨は突然のことに驚いていたが、怒る様子はなかった。
「んっ、はぁ…。ちょっと勇作ったら、急に何するのよ。」
「なんでだよ。俺たち付き合ってるんだからいいじゃねぇかよ。」
「だからって、こんなとこでしなくても…んんっ。」
佳奈美と健介はこの展開に口を開け、目を丸くさせた。すると今度は、紗彩の彼氏である昭義も、紗彩とキスをし始めたのである。
“チュウッ…。”
「んんーっはぁ…もう、昭義もやめてよぉ。」
「ごめん。あいつら見てたら、俺もキスしたくなっちまったよ。」
「んもう、キスするなんて聞いてないわよ…んんっ。」
愛梨と紗彩はそれぞれの彼氏にキスをされて戸惑っていた。もしかしたら、人前でのキスは初めてなのかもしれない。その後も愛梨と勇作、紗彩と昭義のカップルはキスを続けた。
「んはぁ…ほら、佳奈美ちゃん、健介君。君たちもキスしちゃいなよ。付き合ってるんだろ?」
「わ、私たちはやめとくわ…ねっ健介。」
「そんなこと言うなよ。俺たちがキスしてるのは見て、自分たちだけしないなんて卑怯だぞ。」
佳奈美と健介は勇作と昭義にキスをするように言われ、お互いの顔を見つめ合った。
(ちょっと、健介。そんなにじーっと見ないの!)
(姉ちゃんも見てるなよ!)
(健介…どうしたらいいか分かってるわよね。私たちが姉弟ってこと、忘れてないわよね。)
(今日は、姉ちゃんの彼氏ってことでいいんだろ?)
佳奈美は顔を横に小さく振って、健介に意思を示した。佳奈美は健介がこの後、正しい行動をすることを信じた。健介はこの事態にどう判断するのだろうか。
“チュウッ…。”
「んっ、んん~っ!」
健介は佳奈美の願いに反し、顔を近付けてキスをしてきたのである。それも手を後頭部に回し、しっかりと唇を離さないようにした。佳奈美は目を大きく見開き、手足をばたつかせた。
「んっ…はぁ、はぁ…。」
「う、嘘でしょ。そんな…。」
二人は唇を離した。佳奈美は顔を赤くし、口を押さえて弟にキスされてしまったショックから顔をうつむかせた。
「健介、ちょっと来て。」
「お、おぉ…。」
“パァーン!”
健介が佳奈美に手招きされ、何か話でもあるのかと佳奈美に近付くと、突然、佳奈美は健介の頬を平手打ちしたのである。これには健介だけではなく、愛梨と勇作、紗彩と昭義も驚いた。
「いっ、痛ってぇ~!何すんだよ!」
「あんたねぇ…何調子乗ってキスしてんのよ。」
「えっ?い、いや、こいつらがキスしてんのにさ、俺らだけしないなんておかしいだろ?」
「はぁ?普通、姉弟でキスするなんてあり得ないでしょ!」
佳奈美は健介を叱った。しかし、健介は反省するどころか、逆に怒ってきたのである。
「そもそも姉ちゃんがいけないんだぞ!え?この二人と友達の関係を続けたいからって、俺に彼氏になれだと?ふざけんなよ!そんなん知ったこったじゃねぇ!大人しく彼氏いないって言えば良かっただろ?俺は姉ちゃんが好きにしていって言ったから、そうしただけだ。」
「だ、だから意味が違うって…。もう、あれだけ“余計なことはするな”って言ったのに…初めてのキスは彼氏とするって決めてたのにぃ…うえぇぇぇ~!」
「泣きてぇのは俺の方だよ…。」
佳奈美は顔を押さえて泣きわめいた。この光景に誰もが黙って見ている。すると、愛梨が恐る恐る声を掛けてきたのである。
「あ、あのさ。佳奈美ちゃん、健介君…。」
「な、何よぉ…。」
「ご、ごめん…実はね、私たち、本当は彼氏…いないの。」
「えっ?」
佳奈美と健介は愛梨の発言に口が塞がらなかった。そうなると、愛梨と紗彩の隣にいるこの男らはいったい何者だろうか。
「じゃ、じゃぁ、こいつらは・・・。」
「あんたたちは何なのよ!」
「俺、愛梨の“兄貴”なんだよ…。」
「俺も、紗彩の“兄貴”なんだ。」
「え、ええっ!」
愛梨と紗彩の彼氏は照れくさそうに言った。何と、愛梨と紗彩は彼氏を連れてくると言って、自分の兄を連れてきたのである。佳奈美はこの事実に愕然とした。
「愛梨、紗彩。友達なら隠し事はダメって言っておいて、何で嘘付いたのよ?」
「本当にごめん。実は…。」
愛梨は事の経緯を話し始めた。それは佳奈美が食堂に来る前に愛梨と紗彩が話をする所から始まった。
『紗彩。あんたって、付き合ってる人っている?』
『私?いないよ。愛梨は?』
『私もいないんだ。クラスの男子はどれも好みじゃないもん。』
『あー、分かるぅ。』
二人は自分たちに彼氏がいないことを話した。すると、二人の頭に気になることが思い浮かんだのである。
『愛梨、佳奈美ちゃんは彼氏いると思う?』
『う~ん。それは本人に聞かないを分からないけど、佳奈美ちゃんもいないんじゃないかなぁ…。』
『じゃぁ、聞いてみようか。』
二人は佳奈美に彼氏がいるかどうか気になった。するとちょうど都合よく、そこに佳奈美が来たのである。
『ねぇ、佳奈美ちゃん。あんたってさ、彼氏とかいる?』
『えっ?な、何よ急に…。』
『ちょっと、気になっちゃったんだよね…ねっ、紗彩。』
『う…い、いるわよ。私の弟みたいで、か、かわいいんだからね。』
((い、いるんかい!))
愛梨と紗彩は佳奈美に彼氏がいることに驚き、お互いの顔を見合わせた。佳奈美は二人の反応を不思議そうに見ていた。
『えっ!マジで。知らなかったぁ。へ、へぇ~。そうなんだぁ。』
『ねぇ、じゃぁ愛梨はどうなの?』
『そ、そりゃ私もいるわ。お兄ちゃんぽくてカッコいいんだよね。』
『紗彩は?』
『あ、私も、お兄ちゃんぽい彼氏がいるんだよ~。実はね…私たちに彼氏がいるかどうかって愛梨と話してたとこなんだ。だから、佳奈美ちゃんにも彼氏がいるのかなぁって気になってたんだよね。』
昼休みが終わり、佳奈美と別れた二人は教室までの廊下を歩いている間、何故か気まずさを感じていた。
『ねぇ紗彩。まさか佳奈美ちゃんに彼氏がいたなんて、知らなかったね。』
『それよりもさ、私たち、彼氏いるって言っちゃった…。』
『うん、言っちゃったね。私たちだけ彼氏いないってことになったら、佳奈美ちゃんと仲良くできない気がするもん。』
実は愛梨と紗彩も、産まれてから今日に至るまで、彼氏と呼べる人がいなかった。愛梨と紗彩は彼氏がいるかどうかを佳奈美から逆に聞かれ、思わず“いる”と言ってしまったのである。
『でも紗彩、佳奈美ちゃんの彼氏がどんな顔か気にならない?せっかくだから呼び出しちゃおうよ。』
『そりゃ気になるけどさ、私たちはどうするのよ。今から彼氏作るのも変だし…。』
『紗彩。私たちって“お兄ちゃんいる”よね。』
『えっ?い、いるけど…ま、まさか。』
『ウフフ…その“まさか”よ。』
愛梨は兄の勇作を、紗彩は兄の昭義を彼氏に仕立て上げ、佳奈美に“お互いの彼氏を見せ合うから、彼氏を連れてきてほしい”を話し、佳奈美と共に愛梨の家に呼び出したのである。つまり、佳奈美も愛梨も紗彩も、全員嘘を付いていたことになる。佳奈美は二人から事の真相を知り、ショックで倒れ込んでしまった。
「な、何よそれぇ……。」
「ね、姉ちゃん!」
「佳奈美ちゃん!!」
佳奈美は無事に意識を取り戻し、健介と共に愛梨の家を出て帰った。この時、佳奈美は無意識に健介の手を握っていたのである。だが、健介はその手を振りほどこうとはしなかった。
「姉ちゃん、無理やりキスしちまって、ごめん!」
健介は申し訳なさそうな顔をしていた。しかし、健介は佳奈美が付いた嘘のせいで巻き添えを食らった、ある意味で被害者でもある。
「ううん。お姉ちゃんがいけなかったのよ。健介の言う通り、あの時、素直に彼氏いないって言えば良かったんだわ。それに、あんたにはいつも面倒なことばかり押し付けて悪いと思ってる。自分でできることは、自分でするね。」
「約束だからな。いつまでも姉ちゃんのわがままに振り回されるのも勘弁だからな。それだけは分かってくれよ。」
「うん…分かったわよ。でも、これだけはお願い聞いてほしいなぁ。」
「何だよ、もう忘れちゃってるじゃないか。」
「違うの。自分だけではできないことなの。だから健介にお願いするのよ。」
「お、俺がいないとできないことって、何だよ?」
佳奈美は足を止めた。健介と向き合い、顔を健介に近付けた。健介は姉に何をされるのかを身構えると…。
“チュウッ…。”
「うっ!」
佳奈美は突然、健介とキスをし始めた。これには愛梨の家で佳奈美にキスをした健介が驚いた。
「な、何すんだよ。」
「健介、あんたは私の初キスを奪ったのよ。そのせいで、あんたのことが好きになっちゃったじゃない。どうしてくれるのよ。そりゃそうよね。あんたと私は生まれてからずっと一緒だったんだもの。だから罰として、あんたは私以外の女の子を好きになっちゃダメだからね!分かった?」
「な、何でだよ。意味が分かんねえよ!」
「じゃぁ、家まで競走!」
「お、おい!待ってくれよぉ…。」
健介は佳奈美の心境の変化に戸惑った。佳奈美はそんな健介を他所に走り出し、健介はその後を追った。ちなみに、佳奈美はそれぞれ嘘を付いていた愛梨と紗彩との友達の関係は壊れることはなく、今でも昼休みになると一緒に昼食を取っている。更に、家にいる時は常に健介と一緒にいることが多くなり、休みにはデートと称して外出することも多くなった。健介は最初こそは嫌だったが、次第に佳奈美と肩を寄せ合うようになったのである。その様子に、二人の母も疑問を持っていた。
「あんたたち、そんなにくっついてどうしちゃったのよ?前はすぐ喧嘩してたじゃないの。」
「えっ?何かおかしい?姉弟なんだから…ねっ、健介。」
「お、おお…産まれてからずっと一緒だもんな。」
「ふぅ~ん…まぁ、姉弟の仲が良いなんて嬉しいわね。」
佳奈美は健介の頭を撫で回した。佳奈美は健介とキスをしたあの日を境に、“ブラコン”になってしまったようだ。佳奈美が付いた嘘から深まった佳奈美と健介の姉弟愛がこれからどうなっていくかは、誰にも分からない…。
(終わり)