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ⅳ 夢を導かせる材料にしようとする。

「それじゃあ」

 帰り道、駅でそれぞれは別れの挨拶を告げる。空は紺色がかっていて、先程まで曇天だったのが嘘のようだ。

「うん、気をつけてねー」

 小さく手を振り、自分の乗る路線のホームへ歩く。階段を上るのは体力的にも厳しいのでエレベーターを呼んだ。先に乗ったせいか、嫌そうな顔をする男性を横目で見た。順番なんて気にしてると禿げますよ?ってもうてっぺんつるつるだった。

 まあどうせ『若いくせにエレベーターなんか乗りやがって』とか思っているのだろう。中学生の時にも言われた。その度に病気の説明をしなきゃいけないのが面倒くさくて一時期は病人を表すストラップをつけていたのだが、そのせいで高齢の女性にまで席を譲らせてしまったことがあり、以来つけてない。

 やたら長く感じたエレベーターも、終わってしまえば特に何も思うことはなく、すぐにドア付近の目印まで歩いた。

 向かいの奥に、淡い橙色のカーディガンを着た同じ制服の男子生徒が見えた。立ち方を見てもおそらく悠義だろう。

(しっかし、身長高いなー…)

 これほど離れていてもすぐに見つかるくらいだ。彼のまわりを歩く人々はチラ見をしていくのも仕方がない。ただ、なんとなくモヤモヤする。


 «5番線、各駅停車、風見行きが、まいります»


 ゆっくり、はっきりした声のアナウンスが入る。少しして、まひるの乗る電車が走ってきた。ぷしゅーと音をたててドアが開く。この時間は普通なら混雑するが、風見方面での乗車客は案外少ないので気が楽だ。

 ちょうど端の席が空いていたので、座って横に寄りかかることにした。

(明日、楽しみだなー)

 椅子の温かみを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


  ***


 まひると別れた後、喉が渇いたので飲み物を買いに自動販売機まで歩いた。好きなココアを見つけ、一目散にそのボタンを押す。

 ガコンッという音と共に、下に小さいペットボトルのココアが出てきた。ピロリロリロリーン♪という電子音がしたので、驚きつつ顔を上げると、そこには『5555』と赤のデジタル文字があった。正確には液晶画面に映っていたのだが。

 次に驚いたのが

 «大当たり!もう一本どうぞ!»

 という無駄に大きな音でテンションの高い電子音だった。せっかくなので柑梛の好きな白ぶどう炭酸のボタンを押す。

(大当たりってことは、小当たりもあるのかな?それだと何がもらえるんだろ)

 二つの飲み物をかばんに入れ、ドアの目印まで歩いた。そこについて、悠義はようやく人々が自分のことを見ているのだと気がついた。人々といっても、まばらな利用者の数なので多くはないが。

 電車が来るまであと3分ほど。椅子に座るには短いし、立ってると地味に長く感じる微妙なラインだ。今日は先程の発作以外は問題がないので立っていても大丈夫と判断することにして、なんとなく虚空を見つめた。

(まひるちゃんって、小さくてのんびりさんだし、柑梛とは正反対...)

 もちろん妹にだって可愛いところはあるし大好きだが、やはり性格には少し難しいところがある、と思う。人とのコミュニケーションはとても大切だ。

 しかし、かばん越しに伝わってきたココアの温かみに触れながら、ぼーっと考え事をしているこの時間は、意外に好きなのかもしれない。一人もたまには悪くない。こういった気持ちで毎日過ごしているからああいった風になるのだろうか。

 そうして頭を回転させているうちに、電車がやってきた。ドアが開くが、中から人が降りてくる気配はない。乗ってからまわりを見ると、空いている席がいくつかあったので、人が隣にいないところを選んで座った。


  ***


 «次は、終点。風見駅、風見駅です»


 というアナウンスで目が覚めた。自分が降りる駅の名前を聞けばすぐ目覚めるのは我ながらすごいと思う。ゆっくり立ち上がって、ドアが開くのを待つ。

 久しぶりに夢を見た。とても不思議な夢だった。あらゆる色が混ざっているのに、そこには何も感じられない、そんなところに自分が立っていた。立ったまま動けなかった。しばらくして、1人の少女が歩いてきた。彼女は現れるなり、自分の髪を乱雑に切って踏みつけた。ぐちゃぐちゃになった髪の毛は紫色に成って地に溶け込んでいった。濁った双眼は確かにこちらを捉えたが、すぐに視線を逸らした。そのあと、1人の青年が走ってきた。彼はとても急いだ様子で、こちらに何かを訴えかけているようだった。その双眼は深緑の澄んだもので、今にも吸い込まれそうだったが、確かに私を捉えてはいなかった。

 本当によくわからない。誰なのだろう。ただ、ものすごく忘れてはいけない気がする。忘れてしまったら、何かが、何かが止まってしまう気がする。こんなにモヤモヤすることなら、寝なきゃよかった。

 ぷしゅーという独特の音で我に返る。頭を掻きながら歩き出し、エレベーターへ向かった。


 あの時見た夢を、まだ鮮明に覚えている。

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