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ⅲ 過去の思い出を混ぜ返そうとする。

 少し期待していただけに、残念に思う。せっかく夕焼けの一番綺麗な時間に屋上まで来たというのに。生憎雲が空を覆ってしまって、見えない。暖かくなり、日も長くなった今の時刻は17時。そろそろ帰らないと弟に心配をかけてしまう。

 この時期には珍しい冬仕様のカーディガンを羽織って階段を降り、少女は下駄箱に向かうのだった。


-カチ、カチ、カチ。

 一定のリズムで静かに鳴り響く。それは時を刻むものであり、同時に時を示すものである。そして、時という概念を生み出したのは人間である。

 人というものは実に不公平だ。その中で平等を謳おうなど、許されることではない。しかし、誰が許してと願ったわけではないのが実に不愉快なところだ。全くもって、自分の思い通りにいかない。けれど、思い通りになったところで面白くない。難しいものだ。人生というのもまた。やめてしまっても私は構わない。まあ、まわりがそれを許さないから、面倒くさくて許してとも願わなくなった。幼い頃はそりゃあ願った。だって面白くないのだから。


 ***


『またこんなにめちゃくちゃにして!どうせ学校でも眠ってばかりなんでしょ!片付けが面倒ったらもう…』

 母の声が聞こえる。何か怒っているようなので、とりあえず謝っておく。

『謝ればいいって問題じゃないのよ!まったく、いつになったら成長してくれるのかしら』

 謝ればいいって問題じゃないらしい。大人の事情というやつか。アニメで見たことがある。

 成長の件についてはよくわからない。朝顔でも育たないのだろうか?

 何もわからない僕に、母は深い溜め息を吐いて、頭を撫でてきた。

『なんて言ったって、お母さんが悪いのよね。ごめんね。カッとなっちゃって。あなたのことを決めつけてしまうのは悪い癖ね。でも、あなたもちゃんとお母さんの言う事を聞いてね?』

 一体何があったのだろう?そう聞く前に、母に頷く前に、視界は黒に染まってしまった。


 誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。目を開けると、僕は壁に寄りかかって座っていた。

(久しぶりだなあ。あの夢を見るの)

 そう思って声が聞こえた方を向くと、眼鏡をかけていてカーディガンを羽織った少女が目の前に立っている。

「寝ちゃったの?でもさっきは教室に…」

 そこで言葉が切れる。それは察したことを意味するものだ。

「柑梛が、体調悪くて休みなんだ。だから早めに帰ろうとしたんだけど、発作が出ちゃいました」

「出ちゃいましたって、結構危ないなー」

 てへっ☆と下を出してウィンクする少年-悠義に、注意をしようとする少女-まひるだが、自分も先程まで人のことを言えない行動をとっていたのでやめた。

「私も帰るとこだし、途中までどう?」

 そうすれば発作が出たときの対処も幾分ましになるだろう。というか、家族は迎えに来ないのだろうか。

「うん、一緒に帰ろ!」

 と、急に元気になったので吃驚したが、笑顔になってくれたのでよかった。


 比較的明るかった曇り空は、暗い夜空に変わりつつあり、1日の終わりを感じる。

「まひるちゃんはさ、家族のこと、どう思ってる?」

 自分の指をくるくると回して遊びながら悠義は言った。そこに共感を求める感情が入っていることを、まひるはなんとなく察する。

「ユウギくんはどうか知らないけど、私の場合は弟が一番の味方かなー。ほら、こんな体だし、両親には随分迷惑かけたからさ。お母さんとか精神的に参っちゃってた時もあるみたいなんだよねー」

 あくまでも過去の事として語る。でなければ彼は心配するだろうから。

 悠義は少し安心したような顔をして、口を開く。

「そっか。僕もお母さんがね、」

 続きを話そうとしたとき、プツンと意図が切れたように、意識を失った。

……………正確には意識を失ったのではなく、時間が止まったような感覚に陥っただけだった。それも十分危ないが。おーい、と手を小さく振る少女のおかげで、時間が動き出した。

「大丈夫?具合悪いのー?」

 心配そうな顔をするまひるを安心させようと、悠義は笑ってみせる。

「大丈夫だよ。ちょっとふらっとしただけ」

「貧血?私もよくふらってするよー」

 実際貧血なのかどうかはわからないが、そういうことにしておく。

 なんとなく嫌な予感がしたので話題を変えた。

「そういえば、なんで今日は帰りが遅かったの?」

「あー、夕焼けが見たくてねー。絶景ポイントがあるんだけど」

「今日は午後から急に曇りだしたもんね」

「そうそう。せっかく階段上れるくらい調子良かったから、残念」

 しょんぼりするその表情に、悠義は少しの間だけ目を奪われた。

(可愛い…)

「明日はたしか晴れだよ。…よければ、一緒に見てもいい?」

 それは初めて、改まった姿勢で言った言葉だった。いつもは川が流れるように自然に出てくる言葉が少しつまって出る不思議な状態は、この時の悠義には理解できないものである。

「いいよー。誰かと一緒に見るの初めてだから楽しみー」

 にへにへと柔らかい笑みを浮かべるまひるは、内心喜びでいっぱいではしゃいでいた。


 柑梛は夕焼けを見るのが好きだったと、悠義は思い出した。

長くなってしまってすいません。最果ても好きですが、こっちかなり好きなんです。

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