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サーカス・シンフォニー  作者: 久野陽子
1/3

一章・落ち込み先の出会い

朝の光は森を彩る

森のみんなは言い合うおはよう

 昼のお日様天まで昇る 

  森のみんなは元気に笑う

 夕暮れ太陽真っ赤に照れる 

  森のみんなもつられて照れる


 明日も会おうとみんなで約束 

  だから夜はおやすみなさい

 明日も歌うとみんなで約束 

  だから夜はおやすみなさい



 森の精霊は歌を歌います。森の中で、森と共に生きる為に、

 今日も明日もこれからも、透き通る歌声を響かせます。


     ❀


 暗闇の世界に一つの音が生まれた。

 音は四方八方様々な場所に勝手気ままに真っ直ぐ飛んで、木にぶつかって、また何処かへ飛んでいく。

 森に一つの波紋が生じた。

 その波紋が、時を張り詰め無音となったこの世界から彼女達の目を覚ます。

<何かが来たね> <何かが来たよ>

 枝が音と呼応するかの様に揺さぶられていく。

<こっちへ来るね> <こっちへ来るよ>

 波紋は、いつの間にか森を覆っていた。

<行こうね> <行こうよ>

 光溢れる者の許へ


       ❀


 最近の天気はあまり良くない。雨か曇りの二つだけ、

「暗いなあ……」

 森――。特にここは広葉樹が生い茂る森だから、天気が悪いときの薄暗さは朝とは思えない程である。

 わずかな光も葉に遮られ、不快だった。

「僕の気分そのままだな……かったるい」

 気分転換をしに森へ来たはずなのに――森のほうが鬱蒼とした空気に包まれているから、こっちまで鬱な気分になってしまう。

 不愉快だ――。

(つまんないの)

 そう思いながらも歩いていたら、いつの間にか『森の主』であるブナの樹に着いていた。薄暗いせいだろうか、樹が寝ているように思えた。思わず溜息が出る。

『太陽の(ゾンネ・ヴァルト)』これがこの森の名前。

 太陽の名前通り――凄く明るい――葉の生い茂る広葉樹林で構成されているとは思えないほどに――日の光が葉と葉の隙間から地面へと差し込む様は綺麗で、空気は清々しく、穏やかで優しい。

 本当に太陽に包み込まれた森である。

 だけど、今は違った。天気が悪い所為かどうかは分からないが、いつもの光は無く、ましてや、自分が求めていた安らぎは欠片もなかった。

「……来ないほうがよかったかな」

 今更ながらもそう思えてきた。自分のやる気のなさに拍車をかけられた気がしてきて少し後悔、でも戻る気にもなれない。

 何しに来たのだろう……全てがどうでもよくなった。

<いたね> <いたよ>

「?」

 今、何かが聞こえたような気がした。誰かいるのだろうか。だけど、辺りは眠ったように静かで鳥の声も聞こえない。

 仲間が探しに来てくれたのかとも思ったけど、バカバカしくなりその考えはすぐ捨てた。

 目の前は鬱蒼とした森。嫌な事実だ。気が重い。やる気が無くなる。

「!」

 木の揺れた音がした。今度は気のせいじゃない。そう判断した瞬間、二つの黒い影が目の前に現れた。

Guten(こんに)tag(ちは) wir(私たち) wald(森の)sänger(歌い手なの).. 》


 ゾンネ・ヴァルトに来たお客 

  森の語りに耳澄ます

 けれども森は眠りの時間

夢の中では語れない

 夢見てこっち輝けず 

  静かに眠るは森のさが

 当てが外れりゃ機嫌は曲がる

綺麗なお顔が台無しだ


 森の歌い(ヴァルト・ゼンガー)と名乗り何の前振りもなく歌い踊りだす二人の少女。阿吽のごとく揃っている二人の呼吸、まるで完成されたミュージカルの様である。

 しかし、自分が気になったのは二人の少女の踊りより寧ろ、おかしな姿の方だった。

「え? え? 何? 何、この子達……?」

 十才前後と思われる女の子でふわふわした髪が印象的だが、頭の上にはウサギのようなピンと立った耳。お尻には猫のようなくねっとした尻尾がある。いや、生えている?

 しかし本人達は何も気兼ねすることなくずっと陽気に踊り続けている。

 その踊りが自分の心に何かと強く打ち刻まれるように魅力的で、何だか心の奥からモヤモヤともメラメラともつかない何かが出てくるようでムカムカしてきた。

「おい! お前ら何者なんだ!」

 目の前の現状に堪り兼ねてつい声を荒げてしまった。こんな自分がいることに初めて気付き、自分で言っておきながらこんな自分に少し驚いた。

 しかし二人は荒声に臆さず堂々と、

<さっき言ったね> <さっき言ったよ>

《ヴァルト・ゼンガー》

 ピタッと踊りをやめて二人揃って爽やかに答えた。

 自分は「答えになってない」と思った。

 さておき、少し外れた箍をすぐに締め直して、目の前の二人を改めて見てみる。

 楽しく歌い踊る少女たち、町の子の悪戯とも思ったのだが、絶対違う。町の子にここまで手を凝らす悪戯っ子はいなかったはずだ。

 それに、町の子にここまで歌って踊れる子はいないし、いたとしても自分が知らないわけが無い。

 だったら……何だろう?

 旅芸人……はこんなところで油を売る暇は無いだろう。

 裕福な家のお嬢様……にしては教養が無いし、踊るとしたら自宅の屋敷だろう。

 あれこれ考えたが納得のいく答えが出ない。

 とにかく、誰であろうと目の前で好き勝手に歌われるのは癇に障るので気は乗らないが理由だけでも訊ねてみた。

「で、ヴァルト・ゼンガーが僕に何の用?」

<あなた輝きを求めに来たね> <私達輝くものを求めているよ>

《私達あなたの為に歌います》

 また、二人揃って爽やかに言い切った。

 自分は「訊いた僕が馬鹿だった」と思った。

(やっぱり今日は疲れてるんだ……帰ろう)

 こんな訳の分からないものに付き合っていられない、何だか分からないけど、この場にいない方が良い気がして……。

(Wiedersehen(ヴィダゼム)、さようなら)

 心に決めた途端、反射的に踵を返して来た道を戻り始めた。

<待ってね> <待ってよ>

<あなた私達のゾンネね> <あなた私達のヴァルトよ>

《私達あなたの行くとこ付いてきます》

 三度、二人揃ってガッチリ可愛いポーズを決めた。しかし、いるはずの男の子は目の前からは消えていて、遥か後ろのほうで早々と帰っていた。ちょっと目を離しただけなのに、なんて足の速さだ。もう小さく見える。

 二人は慌てて私達のゾンネ・ヴァルトを追いかけた。


 森を出た。でも歩く、ひたすら、スタスタと、さっさとみんなのところへ戻り、さっきのあれはなかったことにしよう。

 今日は朝からおかしかったんだ。変に力んでナーバスになって考え込んで変なものを見て、それもこれも……

(ああ、くそっイライラする)

 二日前のことを思い出してしまった。


 サーカス学校首席卒業。その才能を見込まれ、次の公演――自分たちにとってのデビュー公演でアクロバットチームのチームリーダーを任されることになった。

 チームは自分を入れて四人。自分の役目は空中曲芸。

 床で仲間たちとのアクロバットを一通り披露し終えた後、途中で自分だけ空中ブランコの台座へ昇っていく。

 フィナーレに仲間達がナイロン製のネットを互いに引っ張り合ったら、ネットの中心目がけて降下、仲間達が広げたネットをトランポリンにして跳躍、空中へ飛び出し、後方心身宙返り一回転から前方心身宙返り三回転半、そして最後に捻りを一つ入れて着地。

 後方回転から前方回転への素早い転換切り替え、地面擦れ擦れで行う着地。見た目の華やかさとは裏腹に訓練も苦しく険しい道程だった。

 だけど一週間前、四ヶ月間の努力が実を結びこのアクロバットが完成した。チームの士気も高まり、後は公演へ向けての微調整だけとなって――そのことに、正直浮かれていたのかもしれない。

 二日前もいつもと同じ気持ち、同じ心構えでそのまま訓練に挑んだはずだったのに――

 眼前に広がったのは眩い天井ではなく硬くて暗い地面だった。

 不注意が生んだ結果、回転が遅くなりタイミングが完全にずれてしまった。

 怖かった。何とか背中から着地し、大事にはいたらなかったが、もう少しで頭から地面に突っ込むところだった。

 ――それから怖くて、できなくなってしまった。

 空中に出ると体が竦む、体のラインが小さくなる、動きが鈍い。床に叩きつけられる恐怖がいつも僕の中にあって、今までの飛び方が思い出せなくなる。

 あれは曲芸なんかじゃない。できるはず、いや、今までできていた。できていた……できて……でき……デ・キ・ナ・イ


 できるはずなのにできない。その後、何度挑もうが練習のたびにこのジレンマに陥り、自分に失望したままだった。これでは訓練の意味が無い。逃げたかった。

(だから森に逃げたんだった)

 寄宿舎に着き事の流れを思い出すと、改めて自分は馬鹿だと思い、建物の存在の大きさに威圧され、自分の存在の小ささを笑った。

 ここまで来てしまったら入るしかないと思いつつ、中に入れない。門を目の前にして立ち往生するのもおかしな話だが不思議と足が動かない。

 別に入りたいわけではないので困ったわけではないが、立ちっぱなしもやっぱり困る。

「グレンツェン!!」

 不意に名前を呼ばれた。驚いたその反動のおかげなのか門をくぐれた。

 顔を上げると建物の中から女の子が出てきた。同期のメヒェンだ。こっちに駆け寄ってくる。華やかな衣装を風に靡かせて綺麗だ。そういえばメヒェンは衣装で練習していたな。

「心配していたのよ! 一昨日のグレンツェンなんかおかしかったし、昨日なんてひどく落ち込んでいて今日は朝から姿が見えなかったし……でも、よかったぁ」

 握られたメヒェンの手から安堵の気持ちが痛いほど伝わる。

 涙が潤む瞳で顔を覗かれる度、心配してくれた嬉しさと心配を懸けた後ろめたさでなんて対応したらいいのか分からない。「心配かけてごめん」と謝りたいのに、言えなかった。

「ねぇ、どこに行ってたの?」

「いや、ああ、別に……」

 クリッとしたまっすぐな目、どんな暗闇も明るく照らす眼差し。こんなメヒェンに「訓練から逃げ出していた」なんてとてもじゃないが言えない。言葉に詰まる。目も合わせられない、どうしよう、なんて切り抜けよう。

「いいわ。早く稽古着に着替えて! 分かっているでしょ? この公演、私達サーカス学校卒業生にとっては大事なデビュー公演なのよ! 団長や先輩たちにいいとこ見せて、絶対! ぜぇぇっっったい!! 成功させようね。さ、行こう」

 そう言うなりメヒェンは半ば強引にグレンツェンの手を強く引っ張り稽古場まで連れて行くのであった。

 女の子に、ましてやメヒェンに先導されるのは少し恥ずかしかった。普段ならきっと、手を振り払って歩いて行くのに、今はメヒェンに連れて行かれるがまま。

 けど、今は、この強引が少し嬉しかった。



「じゃ、先に行ってるから、早く着替えてきてね」

 言い終わるとメヒェンは笑顔を残してドアを閉め、稽古場の方へ駆けていった。

「メヒェン……うん……」

 誰もいない更衣室、皆が練習しているのだから当然といえば当然だ。メヒェンがいなくなってまた一人、ロッカーに向かって大きい溜息を一つ吐いた。

 ロッカーを開けて、着替え始める。――というよりも、ここにきたら無意識に着替え始めてしまう。毎日の習慣がそうさせるのだが、雑念があっては毎日の習慣も意外と捗らないもので、動きが結構遅かった。

 知らない内にいつもの賑やかな雰囲気と比較してしまう。

 先導されていたのがもう懐かしく感じて――時々、誰か来てくれないかな、なんてことを思うようになった。ついドアのほうを意識してしまう。

 一人になりたかったはずなのに、この静けさに寂しさを感じる。

 ……一人は辛いものだったんだな……


 ガシャッ、

 ロッカーを閉めた。でも、ロッカーから手がなかなか離れない。後は稽古場に行くだけなのに、いざ行くとなると気が重い。

 稽古場はさほど離れていないのに遥か遠くの、未知なる場所にあるような気になってきて行きたくなくなる。

(でも行かないと……そうだ! メヒェンが待ってる……うん、よし! 行こう)

 グレンツェンは迷いを捨て、行こうとした。

<ぜぇ、ぜぇ、探したよ> <ふぅ、ふぅ、探したね>

 けど、突如聞こえた息混じりのこの声で迷いやら何やら、何もかもが全て吹き飛んだ。自分を探してかなりあちこちを探し回ったのか、息をだいぶ切らしている。

 何でこいつらは現れたのだろう、人がやっと前向きになったのに――

 でも諦めた。現れては仕方が無い、こっちも前向きに対処すれば良いだけだ。

「何か用?」

<歌いに来たね> <歌いに来たよ>

「……なんで?」

<あなた私達のゾンネね> <あなた私達のヴァルトよ>

《私達あなたのために歌います》

 決めポーズをとった彼女らの目に偽りは無かった。更にいうならキラキラ輝いている。



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