ブルとの戦い
ブルとの試合の日が来る。
試合前はいつも緊張するが、今日はいつにも増して緊張している。
ゆっくりと柔軟をして、体と心をほぐしていく。
やれるだけの練習は積み重ねてきた、ブルとの試合が決まってから、いや奴隷となってからずっと、強く、より強く、それだけを思って積み重ねてきた。
勝つ! 今回負けても次があるなどとは思わらない、チャンスはいつ来るかは分からないんだ。
勝って王都に。
試合時間が来てコロシアムの入り口に立つ、無骨な飾り気のない扉がいつもより大きく見える。
ドクンと、心臓の音が煩い。
扉が開かれコロシアムに足を踏み入れる、ザリッと足の裏に砂の感触を感じる。
中央に進み、反対側から来たブルと向かいあう。
背は僕より低いが、鋭い眼光に岩の様な肉体、闘気がブルの体から吹き出ている様に感じる。
緊張か興奮のためか、体が熱くなる、早く試合を始めたくなる。
落ち着けよ、逸る気持ちをなんとか抑える。
ゴォォン!
構えをとる。
ブルが丸太の様な腕でガードをしっかりとると、まるで筋肉の塊だ。
これを打ち崩すのは容易ではないだろう、しかし僕ならできる。
ゴォォン
ブルが頭を、小刻みに揺らしながら近づいて来る。
ジャブ、ガードの上からパンチを打ち込む、無理に顔は狙わない、無理に狙えば額で受けられ拳をこわされてしまう恐れがある。
ステップを踏み距離をとりながら、ジャブを打つ。
ブルはひるむことなく、前に進んで来る。
右ストレートを放つ。
ブルが避けて踏み込んで来る。
早い! ブルはパワータイプの闘士だが、踏み込みのスピードは並じゃない。
ヤバい!
ストレートを放った右が何とかガードに間に合う。
ブルの左ボディが、腕を叩く。
ミシリ腕が軋む。
ガードと同時に左フックを引っ掛ける。
ブルはパンチを打ちながらも、しっかりとガードはくずしていいない。
再び距離をとり、ジャブで牽制する。
打たれた右腕が痺れている、凄まじいパワーだ、捕まったらお終いだな。
息を整えて集中する。
いい感じだ、雑音が消える、ブルの動きが良く見える。
ジャブを放ちながら、隙を見ては左フックや右ストレートを叩き込む。
ブルのガードは固く、崩しきれない、その代わりにブルを近づかせはしていないが。
しかし、このままじゃいずれ捕まる。
ジャブを打ちながら、わざと隙を作る。
踏み込んで来るブルに、思い切りアッパーを打ち上げる。
ブルの顔が跳ね上がる。
やった!
と油断してまったのか、打たれながらも、足を踏みしめるブルに反応が遅れる。
右脇腹に、ブルの左フックが飛んで来る。
カハッと息が止まる。
堪らずブルから距離を取る。
膝をつきたくなるのを何とか耐える。
ブルの追撃を恐れたが、アッパーが効いてるみたいだ
追撃は来ない。
ピンチではあるが、チャンスでもある。
仕留める!
パンチをブルに浴びせかける、ブルが亀の様にガードを固める。
苦しくて力が入りきれない、ブルのガードを崩しきれずにいる。
パンチを避けられる、ブルがダメーシから回復してきている。
ブルのパンチ!
ガードが軋む。
パンチは見える、しかし、避ける体が重い。
ダンダンと、パンチをリズムよく打ち込まれる。
体が悲鳴をあげている。
ブルの右ストレート。
合わせる様に、軽く右を当てた。
ストンとブルが膝から崩れ落ちた。
ブルが困惑の顔を見せる、立ち上がろうとするが立ち上がれない。
勝者レン!
僕の名前が告げられると歓声が大きく聞こえた。
勝ったのか僕は、最後自分が何をしたのかよく分からなかった。
新しい何かを掴めるのかもしれない、まだ強くなれる。
熱い血が流れた様な気がした。
ブルが支えられようとするのを拒否して、立ち上がると僕の前に立つ。
『負けだ、文句なしにお前がチャンピオンだよ、王都に行ってこい』
そう言ってブルが手を差し出す。
『ありがとうございます!』
僕はブルの手を握り返し、頭を下げた。
『素晴らしい試合だったよ、流石にまだブルに勝つのは難しいと思っていたが、想像以上だ』
試合が終わり宿舎に戻ると、又ネイマルに呼ばれた。
『ありがとうございます、自分でもよく勝てたと思いますよ』
『ブルも想像以上に良い闘士だった、それをさらに上回るとは、久しぶりに血が熱くなったよ、特に最後ブルを倒した時は震えたよ、何が起きたか分からなかったからね』
ネイマルが興奮を隠さずに話す。
この人は、拳闘が好きなんだなと思う、少しだけ僕は目の前の貴族の事が好きになった。
『では近日、王都に向かうから準備をしていく様に、王都でも期待しているからな!』
『はい! 分かりました』
王都への出発の日が来た、準備といっても奴隷である僕には、それほどの持ち物もなく、すぐに済んでしまったが。
馬車に乗り込む前、他の闘士達が見送りに来てくれた。
ロイドはもちろん、ガリシアとブルも来てくれた。
一人ずつ拳を軽く合わせていく。
『お前なら王都でもチャンピオンになれるぜ]
『負けんなよ!』
『元気でやれよ』
『すぐに俺も後を追うからよ』
口々に皆んなが、激励の言葉をかけてくれる。
『ありがとうございます』
皆んなに頭を下げて、馬車に乗り込んだ。
暖かい気持ちになる、だがまだここは通過地点だ、王都には強い闘士が沢山いるだろう。
もっと強くなる!
まだ見ぬ王都の闘士を想像し、固く拳を握った。
とりあえず完結で




