一試合目
春の日差しが心地よい、小川の横でキャンバスに向かい筆をはしらせる。
ピチャリと魚が跳ね、飛沫が上がる。
カサリと、草を踏む音が聞こえる、後ろに誰か来たようだ、振り向かなくても、その人が誰かは分かっていた。
『レン! また絵を描いているの?』
思った通りの声が聞こえてくる。
『うん! 今日は川の絵が描きたくて、よく晴れているし』
僕はいったん、筆を置くと声の方に体を向ける。
そこにいるのは、赤茶色の髪を女の子にしては短く切り揃えたコミトがいる。
『そうなんだ、私には良く分かんないけどね、でもレンの絵は好きだよ綺麗で』
コミトが笑顔を見せる、春の日差しに照らされてか、輝く様に見えた。
『ありがとう』
コミトの笑顔に見惚れて、顔が赤くなるのを隠す様に僕は俯く。
『この絵の魚が跳ねてる所、何でこんな風になってるの?』
不思議そうにコミトが訪ねてくる。
『何でって、見たままだけど?』
『見たままって、全然見えないけど』
『よく見てよ、ほら今跳ねたでしょ』
僕は魚を指差す。
『全然見えない! 一瞬過ぎる! レンには見えるの?』
『うん? 見えるけど、コミトには見えない?』
『見えるわけない! 凄いよレンは、凄い画家さんになれるかもね』
そう言われて、嬉しくて照れてしまう。
『そんな僕なんかじゃ、王都に行けば凄い人がいっぱいいるから』
『そんな事ないよ、私応援してるからね!』
コミトがそう言ってくれる。
こんな事を言ってくれるのは彼女だけだった。
親も兄弟も村の子供達も、あまりいい顔をしない。
そんな事ばかりしてないで、と
他の子達は外で走り周ったり、戦いごっこ等に夢中だ。みんな、画家より、英雄の様な戦士に憧れているから。
『ありがとう』
僕はまた、コミトにお礼を言った。
突然、騒がしい声が、聞こえてくる。
『盗賊だ! 盗賊が来たぞ〜!』
誰かの大声が聞こえる。
僕は息を呑み、体が強張る、コミトの怯える様に体をふるわした。
それから、あっという間に、村は、血と炎と剣戟の音、村人の悲鳴に包まれた。
目の前が暗くなる、コミトはどこに? 僕は彼女の姿を探し声を上げた。
『コミト!』
目の前が明るくなる、僕はベッドと呼ぶには、いささかはばかれる寝床にいる。
『うるせえぞ! レン、試合前でビビってんのか』
髪を短髪に刈り上げた男が怒鳴られる。
『すいません! そうかもしれないです』
僕は素直に謝る、実際にそうかもしれないと思いもした。
久しぶりにあの日の夢を見た、盗賊に襲われ奴隷となる日の夢を。
あの日、僕は逃げ遅れて盗賊に捕まった、コミトはもちろん他の村人が無事かも分かる事は無かった。
僕は、コロシウムの奴隷拳闘士となった。
売られてから、2年雑用をこなしながら訓練を積んで来た。
そして、明日が初めての試合になる。
緊張しているのだろうか? 何処と無く体が暑かった。
歓声が聞こえる、お世辞にも応援とは呼べない汚い野次ばかりだが、客席も隙間が目立つ、客層も酔っ払いが多い、女性の姿はあまりなく、いても水商売然とした子しかいなかった。
地方のコロシウムの新人の試合等、これでもマシな方と言えるが。
コロシウムの中央に立ち、対戦相手を見据える。
相手は、初試合から3連勝をしているためか自信を顔に張り付かせている。
『ロリオー、今日も派手に頼むぜ!』
客席から野太い声が聞こえる。
対戦相手はもう観客に人気が出て来ているようだ。
観客に人気があるってのは、大体の場合負けた相手にとっては不幸にしかならない試合ばかりなんだがな。
ゴォォンと鐘の音がする。
僕は、構えをとり相手を見据える。
コロシウムに緊張が疾る。
ゴォォン
もう一度鐘がなる、戦いの合図だ!
ロリオが大胆にも、拳を振り抜いてくる、一発、二発、三発。
下がりながら、避ける僕。
『僕ちゃん、ビビってるのか』
野次が聞こえる。
うん、弱い! それが、ロリオに対する僕の感想だ。
ロリオがまた単調な拳を振るう。
それに合わせて、軽く拳を突き出す。
コッと、顎に拳が当たると、ロリオは膝から崩れ落ちる。
シーン、とコロシウムが静まり帰った。
『勝者、レン!』
一拍遅れて、司会が勝者の名を呼んだ。




