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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
破滅する世界 ガスフライヤー『金剛・改』
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1-7 こちらが本業です

 状況終了を宣言した後、リョウハ・ウォーガードは気を落ち着けるために古い記録で見た拳法の型をなぞっていた。こういう時はやり慣れた軽い運動が一番だ。


 地球上で戦うために考案された動きをなぞりながら、彼は低重力や無重力での格闘戦に思いをはせる。

 スポーツ化された格闘技はあまり役に立たないと判断する。特に打撃系はダメだ。低重力下での格闘では相手を掴んだり崩したりするのが重要になる。それが制限されている格闘技は参考にならない。実戦を想定した古流の武術の方がまだマシだ。

 一方、組み打ち系の武術もそのすべてが使えるわけではない。床に抑え込む動きが無意味になるのが大きすぎる。投げ技もかけるのは簡単だが有効打にはなりにくい。一部のアームロックなど自分と相手の身体だけで完結する関節技はそのまま使用可能だがそういう技は意外と少ない。


 無重力なら掴んで崩して打撃を入れる。関節を極めたら勢いをつけて一瞬でへし折る。

 それが基本戦術になるだろうか? 勢いをつけるならその為の『足場』を確保するのが最重要かも知れない。


 などと考えていると警告音が鳴った。


 亜光速物体の接近について今頃警告が出たのかと苦笑するが、発信元は基地内部だった。

 空中に指先を踊らせて電子機器を操作、空中に映像を投影させる。


 若い男の顔が出た。見覚えのない顔だ。これは奇妙なことだ。彼は人付き合いのよい方ではないが、それでも基地内の人間なら全員を覚えている。

 若い男の側にもリョウハの顔が出たようだ。彼の表情に脅えが見える。リョウハは顔立ちそのものは端正だが、額から小さく突き出た角の威圧感は半端でない。子供が見ると泣きだす。


「リョウハ・ウォーガード中尉です。通報の案件は何でしょう?」

「ええっと、ガスフライヤー金剛所属、フウケイ・グットード二等航海士であります」


 なるほど、基地の人間ではなかったようだ。金剛のクルーはその大半が休暇でいなくなっているはずだが、この男は留守番役で残されているのだろう。


「テロ事件が発生、だと思います」

「思う、とは?」

「整備士の皆さんはあまり深刻に考えていないようなので……」

「詳しく話してください」


 リョウハは貨物宇宙艇の来訪とそこから大量の生物兵器が出現した一件を知った。カグラ・モローなら確かにあまり深刻でないバイオテロだが、何という時にやって来るのかと嘆息する。

 話しながら基地のシステムを呼びだして詳しい情報を集める。人形姫に比べれば情報収集能力は格段に劣るが、不正な情報集めでなければ彼だって普通にできるのだ。というか、戦闘用強化人間として彼の情報処理能力は普通の人間より格段に高い。宇宙船の軌道計算ぐらいなら暗算でやってのける実力がある。


「なるほど、現在はヒカカ班長を中心に応戦中だが劣勢、と。いつもならヒサメ・ドールト技術員が相手をしますが、現在は彼女は手が離せません。その生物兵器群は私が駆逐しましょう」


 話しながら身支度を整えている。

 簡易宇宙服になる戦闘ジャケットは身に着けたままだ。ヘルメットをかぶって機動戦闘ユニットを背負う。手に取った武器はMK-775空間狙撃銃ファイアビースト。もう100年以上も生産が続いている信頼性に富んだ名銃だ。


「私がって、中尉。ひょっとしてその装備で戦うつもりですか?」

「そうですよ」


 それが何か?

 リョウハには何が問題なのか分からない。


「相手は作業用とは言え宇宙機を行動不能にする怪物ですよ」

「そのようですね」

「もうちょっといい戦力はないんですか? 自律型の戦闘ロボットとか、自動砲台とか」

「そういう物はヒサメの担当です」


 フウケイ二等航海士は「酒場の喧嘩の仲裁が主任務の武官では役に立たんよ」と頭を抱えている。

 どうやら彼はリョウハ・ウォーガードの二つ名を知らないらしい。


 戦争狂いの強化人間は失礼な民間人を無視して非常通路から外へ出る。

 なだらかな減圧を可能にするエアロックではなくいきなり宇宙空間へ飛び出せる非常通路、壁の一部を流体に変化させることによって空気の流出を抑えつつ固体だけを通過させることが出来る。強化されていない人間なら健康に支障が出そうなシステムだが、この基地の住人の八割以上は戦闘用・民生用問わず強化人間だ。大きな問題はない。


 一瞬で真空中に出たリョウハは両脚の力で跳んだ。

 彼の居場所はもともとリング状の重力ブロック。回転によって人工重力を発生させているがそれはわずか0.3G。強化人間の脚力ならその程度の運動量を打ち消すのはたやすい。

 背中の機動ユニットのバーニアを吹かす。空間狙撃銃は体幹に近い位置で固定する。これを怠ると重心位置の狂いからクルクルと回転を始めてしまう。


 彼は宇宙を飛んだ。


 センサーに頼らず、戦場を直接に目視する。

 生物兵器たちは戦略的、もしくは戦術的な行動をとっていない。準人型宇宙機を5機ほど行動不能にした後、生き残りの宇宙機を追いかけまわしたり宇宙機ですらないただの機材や資材にちょっかいを出したりしている。

 人間の犠牲者は確認できない。

 擱座した宇宙機のパイロットが多少は心配だが、彼らも耐久力に優れたDタイプの強化人間だ。真空にさらされたぐらいなら死にはしない。たぶん大丈夫だろう。


 バイザー越しに見える宇宙空間がなんだかいつもと色が違う気がする。単なる気のせいとは思わなかったが、今の状況に直接の影響はないと判断。通信機を操作して貨物宇宙艇を呼びだす。


「カグラ・モロー博士。あなたの宇宙艇はこちらへの入港申請を出していないようですが?」

『え、え。ええ。いつもの事で』

「博士、これまであなたの来訪とそれに伴うちょっとした騒ぎは慣例として不問にされてきました。ですが、今回はガスフライヤーの整備の遅れと機材への容認しがたい被害が生じています。よって、慣例は見直されることになる。よろしいですね」

『あ、ハイ』

「ではあなたの事は、以後、通常のテロ容疑者として扱います。宇宙艇の機関を停止してすべてのハッチを開放。降伏を宣言してください。それが出来なければ生物兵器の前にその発生源を処分します」

『ちょっと、それ本気?』

『言われたとおりにした方がよろしいですぞ、お嬢様。あの声は例の戦争狂いです。あの御仁なら単なる本気ではなく喜々としてこちらを撃墜しに来るでしょう』

『そこまでヤバい奴なの?』

『間違いなく』


 宇宙艇のコクピットでの会話がリョウハのところまで漏れてきている。戦闘用強化人間は「不快である」と言うように眉間にしわを寄せた。

 もっとも、今の彼は規律と秩序の化身のような軍人を演じているが、つい先刻まで星間戦争に軍務とは一切かかわりなく介入していたのも彼だ。マッド遺伝子技術者と戦争狂い、どちらのヤンチャが過ぎるかは論を待たないだろう。


「ギム殿の言葉を否定はしない」

『そこは否定しようよ』

「否定しない。それで、降伏するのか、しないのか」

『機関の停止とハッチの開放は実行済みです。あとはお嬢様の宣言だけです』

『降伏します。降伏します。白旗でもなんでも掲げますから撃たないで』


「……宇宙艇を無力化するには操縦系を壊すのと機関部を壊すの、どちらがより有効か確かめてみたかったのだが、残念だ」

『中尉、心の声が漏れてますぞ』

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