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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
破滅する世界 ガスフライヤー『金剛・改』
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1-6 新たなる挑戦者(スチャラカチャレンジャー)

 司令官が悲壮な覚悟を決める少し前、第五整備宇宙基地へ接近する宇宙艇があった。

 真空の宇宙専用のゴテゴテとしたデザイン。船体を中央部で分割して、そこに貨物用のコンテナをはめ込んでいる。

 その宇宙艇はこの時間に宇宙基地の遮蔽ブロックの陰に隠れられたことで九死に一生を得たのだが、乗員はそんなことにはまったく気づいていなかった。


「さあさあ、三か月ぶりにやってきましたわよ。今度こそ、今度こそあの忌々しい人形女をぎゃふんと言わせるんですからね」


 宇宙艇の指揮を執っていたのは女性だった。名をカグラ・モローという。少しばかりマッドな感じの遺伝子技術者の一族で、自称「人形姫ヒサメのライバル」。代々遺伝子改良をしてきた一族らしく目の覚めるような美人だ。グラマーな肢体を身体の線を見せつけるような軽宇宙服で包んでいる。

 過去にヒサメは彼女が構築したビオトープにちょっかいを出したことがある。その時は忍び込ませたカブトムシ大のロボットひとつで生態系を崩壊に導いた。莫大な賠償を請求されかねない行為だったが、カグラは実力での雪辱を望んだ。

 そうして今に至る。

 カグラは時折遠征して生体兵器VSロボット兵器のバトルを挑んでいる。ちなみに、今のところ三戦全敗である。


「さて、それは難しいのではありませんか?」


 返答したのは操縦席に座っていないキメラだった。厳密にいうと、操縦用の座席を外したところに座っている。

 彼の本体は黒豹のようなネコ科の獣だった。ただし、脚の先は低重力に対応して物をつかめるような手になっている。そして背中には小さな翼があった。1G下で飛べるような物ではないが、この時代の宇宙標準である0.3Gなら十分に対応できる。まして大気で満たされている無重力空間ならばその価値は計り知れない。

 彼の名はギム・ブラデスト。ヒューマノイド型はしていないが、人間並みの知能があると認められ人権まで保証された亜人種である。余談だが彼の同胞の多くは背中の翼が触手に換装されている。


 カグラ・モローがお供のキメラの発言をよく聞いていたら、つづく悲劇は避けられただろう。

 が、彼女は久しぶりのライバルとの対決にハイになっていた。民生品のパーツを適当に組み合わせただけの自動機械に彼女の渾身の作の生物兵器が連戦連敗しているという屈辱をどうにかしようと必死だった。だから彼女はボタンを押した。


 ポチッとな。


 脳内でファンファーレが鳴り響いた。

 貨物宇宙艇のコンテナ部分が開く。今回のビックリドッキリ生物の登場だ。


 それとほとんど同時に宇宙艇の計器類が赤く輝く。

 生物兵器が暴走したのかとモロー博士は焦るが、そんな事は無かった。


「大規模な空電が発生しています。長距離の電波通信はほとんど通じません。ここの港内だけなら問題ないようですが。ニュートリノや重力波による通信も確実性に欠けます。特にブロ・コロニーへの通信はまったく応答がありません」

「何? あの女がしかけて来たの?」

「それにしては規模が大きすぎます。おそらく自然現象でしょう。そうだとしても大災害レベルですが」

「今回、あの女の反応がないことと関係あると思う?」

「あるかもしれません。私たちより早く前兆現象に気付いていて、それへの対応に追われているのかも」


 それだと少し拙かったかしら、とマッドな技術者はポチッとしたばかりの自分の指先を見つめた。


「なんと、お嬢様が反省なさるとは。成長なさいましたな。爺は感激、感涙でございます」

「誰が爺よ! わたくしだって反省ぐらいするわ」

「もう遅いですが」

「非常事態発生中なら勝負を撤回するぐらいはかまわないわ。幸い、ヒサメの方は手ごまを全然出してきていないし」

「いえ、非常事態ではなく日常作業としてすでに手遅れでございます」

「何ですって?」

「お気づきになりませんか?」


 何と嘆かわしい、と黒豹は頭を左右にふった。

 豪華な美人は窓の外を見る。この第五整備宇宙基地には何度も来ている。これまで来た時とはどことなく違いがあるような……


 整備ブロックが空でない!


 真空の宇宙には不釣り合いな翼を広げた宇宙船が停泊している。


「何でこんな所にガスフライヤーがいるのよ!」

「何でと申されましても、ここはそのための整備基地でございます。第五は実験施設のように見られることも多いですが、予備の整備基地としての機能と技能を維持するためにガスフライヤーの整備を任される事もあります。今回はたまたまその時期にあたってしまったようです」

「なんて運が悪い」

「先方の事情を調べようともせず、強引に押しかけて襲撃をかけた側が言うことではないと思います」

「……」

「ともかく、あの生物兵器たちの回収を急ぎましょう」

「そ、そうよね。レパスちゃんたち、戻って」


 口頭の指示だけでは反応がない。

 慌ててコンソールを手動操作する。


「どうして、どうして言うことを聞いてくれないの?」

「兵器たちのステータスが『興奮』を示しています。今回のタイプ・レパスはエネルギー吸収系の能力を持っていましたよね。宇宙に満ちた空電の影響を受けているのかもしれません」

「そんな……。レパスちゃんたち、言うことをきかないだけで悪いことは何もしないよね」

「ガスフライヤーの周辺には作業用宇宙機が複数存在しています。そして、レパスは小型の宇宙機を発見したら攻撃するように条件付けられています」


 カグラ・モローは涙目になった。

 が、誰を責めるわけにもいかない。そんな条件付けをしたのは彼女自身だ。


「非常事態! 非常事態! 生物兵器たちが制御不能です! 非戦闘員は即刻退避! コラ! ヒサメ! いつもみたいにさっさと出て来てうちの子たちを片づけなさい! 聞いてる? 無重力の中で引きこもっているせいででっぷり太っているんでしょう! 違うと言うなら顔ぐらい出しなさい!」


 罵詈雑言が宇宙に発信され続けた。





 今回のガスフライヤーの整備の責任者ヒカカ・ジャレンはおっさんである。髭面でビヤ樽体型、間違っても美女でも美少女でもない。

 彼は宇宙用対G仕様強化人間ピグニーシリーズの中でもパワーと耐久力を重視したDタイプの一人だった。このタイプは開発者のこだわりで髭面とアルコール耐性がセットで付いてきている。ヒカカは「この髭こそがDタイプの誇り」と語り、ウイスキーを水のように呑む。「髭を大事にしなければトールキンさんに悪いだろう」と古典文学に堪能な意外な側面も見せていた。


 自称スペースドワーフはコンテナを開いた貨物宇宙艇を血ばしった目で睨みつけていた。


 彼はもともとカグラ・モローの事は別に嫌いではない。第五整備基地のクルーにとってカグラは「時々やって来て人形姫に勝負をふっかけ、大抵は自爆して敗退する面白いねーちゃん」である。今度こそ姫さまを引きこもりから引っ張り出してくれるかは賭けの対象にすらなっていた。カグラへの賭け率はその戦績から考えられるよりはるかに高い。声だけしか聞かせてくれない地元の姫さまより豪華なボディラインを見せつけてくれる美女に人気が集まるのは仕方のない事だろう。


 しかし、美女優待も今回だけは別だ。

 ヒカカは酒も飲んでいないのに演説を始めた。


「野郎ども! わかっているな? 今回の整備は、この整備だけは俺たちだけの手で何としてでも終わらせなきゃならない事を!」

「おう! おう! おう!」

「ガスフライヤーの整備なんてアレだ。本当なら俺たちがやらなくとも姫さま一人で終わらせられる仕事だ。それをいつもは俺たちの腕を維持するためにこちらへ回して下さっているんだ」

「おう! おう!」

「それを今回は姫さまは大事な用事で手が離せないとおっしゃられた。ブラウ惑星系の未来を左右する大事な仕事があるとな!」

「おう! おう! おう!」

「いつもの整備はいわば演習だ。失敗しても害はない。俺たちに出来ずとも姫さまがやってくれる。だが、今回の整備は実戦である!」

「おう! おう! おう! おう!」

「大事に向かわれている姫さまに助けを求める事は許されない。あの方の手を煩わせる事などあってはならない!」

「おう! おう! おう!」

「我らの整備の邪魔をする者に死を! 戦え、我が精鋭たちよ!」

「おおぉぉぉぅぅ!」


 やっぱり、朝の迎え酒がまだ残っていたのかもしれない。

 整備員たちはドワーフらしい雄たけびを上げて交戦状態に入った。


 コンテナから出て来たビックリドッキリ生物は鎌を持ったカブトガニのような姿をしていた。イオン化したガスを噴射して真空中でも移動可能なようだ。大きさは体長1メートルほど。体積や重量換算で成人男性一人分ぐらいだろう。そんな奴らが群れを作っている。


「宇宙服のみ着用の作業員は後退しろ。宇宙機搭乗の者のみ前進。プラズマロッドを装備、化け物どもを焼き切ってやれ」


 ヒカカは意外とまともな指揮を執った。

 が、神の視点から見下ろすならこれは悪手だった。実はレパスたちは人間は襲わないように条件づけられていた。宇宙機に対しては手加減抜きの攻撃が来る。本当は宇宙服着用の者が前に出た方がよかったのだ。そんなことは彼らは知る由もなかったが。


 スペースドワーフたちの宇宙機は準人型タイプだった。

 丸っこい機体の左右と推進軸下方に一対ずつ作業アームが付いている。下方についているアームもあくまで作業アームであって足ではない。その気になれば重力下で「歩く」ことも可能な構造だったが、メーカーは作業アームだと言い張っている。どうやら人型宇宙機を作らないことに関して宗教的なこだわりがあるらしかった。


 その「手」に二本や四本のプラズマロッドを装備し、戦闘用生物たちに立ち向かう。


「おっ、何だ?」


 ドワーフたちは驚きの声を上げる。


 戦闘生物が一斉に糸を吐いたのだ。イオンロケットによる高機動を生かすかと思いきや、糸で敵味方を連結する。

 糸を引っ張ってまっすぐ接近する個体がいるかと思えば、高機動で糸を巻き付けにかかる個体もいる。糸同士が絡むこともあってその動きは複雑怪奇、ドワーフごときには予測はほぼ不可能。

 戦闘生物たちが宇宙機にたかっていく。

 その過程でプラズマロッドが命中することもあったが……


「効かないのかよ!」


 作業用のプラズマロッド程度ではエネルギーを吸収されてしまった。吸収された力はイオンロケットの噴射に回されるようだった。


 戦闘生物の鎌が準人型宇宙機の軟な外装に突き刺さる。エネルギーはそこからも吸収された。宇宙機たちはあっという間にただの人形になり果てる。


「畜生め!」


 ヒカカは歯噛みして悔しがる。が、これは妥当な結末だろう。「戦闘用の改造生物」対「腕っぷしに自信ありの作業員」では勝負になる方がおかしい。


 味方の戦闘用強化人間、第五整備宇宙基地の最大戦力の到着はまだ少しだけ先の事だった。

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