3-25 蛇と違ってムカデのそれは数多く
宇宙を横切った砲弾は見事にストームバグの至近距離で炸裂した。
砲弾の直撃ではないし、ほぼ同じ軌道を巡っているので相対速度も大した事がない。だが、死にかけのテヅカにトドメを刺すのには十分な一撃だと思われた。
仮にテヅカがそのゴキブリ並みの生命力で生き延びたとしても、今さら彼を助けるような存在はいない。水も空気もない所で野垂死にするだけだ。テヅカとリョウハの戦いはこれで終わった。衛星シンジュにおけるリョウハの活躍も終了だ。
クソ重い最終兵器を金剛まで持ち帰るとか、囮に使おうとした大気圏突入装備を回収してくるとか、雑用はいくつかあるが問題になるようなものはない。
対してこれからが仕事の本番になるのがレツオウだった。
ヒカカたちが勝手にボサツシステムから解放してしまったデッドマンたちの処遇がある。
シンジュに置いては行けないので金剛に収容するしかなさそうだ。しかし、彼らを乗せても金剛の遺伝子プールは豊かにならない。これから先に寄港する場所で収容人数に余裕があったら数人ずつでも降ろして行くべきだろう。
地下に隠れていたセンチピードのもう一つの分体には指揮系統上位の人間たちが生き残っていた。
ドワーフたちは不満そうだったが、こちらにいるデッドマンたちは解放できない。逆にこちらの生者(生存者ではなくデッドマンたちとの対比の意味で)たちが金剛への移乗を希望して来たが、レツオウはそれを認めなかった。
人間関係で余計な火種は抱えたくない。
よそへ行かなくともセンチピードの食糧生産能力は優秀だ。シンジュだけで余裕で生存できる。異星生物との関係さえ良好ならば問題ない。
その赤キノコとの交渉がレツオウの頭を悩ませる一番の要因だった。
果たして彼らは信用できるのか?
信用してはならないと、ギム・ブラデストは言う。正直とか善良とか、そういう概念は彼らにはない。そんな相手とどんな話し合いをすれば良いのか?
「まったく、ヤツらとの交渉は全部リョウハに丸投げするか? 力を背景にした圧迫外交など、アイツの方が適任だろう」
「そうしますか? リョウハ君なら通訳なしでキノコと直接話すことも出来そうですし」
「馬鹿を言うな。これはただの愚痴だ。これ以上アイツに借りを作ってたまるか!」
「では、頑張るしかありませんな。リョウハ君から指揮権限を強引に奪いとったのですし、それぐらいはやってくれなければ困ります」
「う。……最近、部下が冷たい」
レツオウはわざとらしく見せつつも、半ば以上本心からため息をついた。ジト目が返ってくる。
「いい歳したオッサンが弱みを見せても鬱陶しいだけです。……あの時、リョウハ君がグレていたらどんな惨状になったか。つい最近、それを痛感させられる出来事があったのでね」
「アレは私も予想外だった。いくらリョウハ君が強いと言っても、我々100人ならば拮抗できる程度だと思っていたのだがね」
「あの様子だと1000人でも無理でしょうな。1万人いればスタミナ切れを狙えるかも知れませんが。……そんな相手を怒らせかねない危ない橋を渡ってついた地位です。頑張ってください」
「本当に私は部下に恵まれているな」
レツオウはギムからの報告書に目を通す。
センチピードの生存者はなし。宇宙に出た時点で気密が保たれていなかった為、それまで生存していた者も全滅した模様。センチピードの責任者であった長命者も死亡が確認できた。
これだけの被害を及ぼした化け物と取り引きする必要があるのか?
そう思いはするが、相手はシンジュ上に残っているセンチピード分体への攻撃再開を取り引き材料にしているらしい。人員を引き上げる予定の第二分体はともかく、置いて行く予定の第一分体を完全に見捨ててしまうのは心苦しい。
「それにしても、連中がリョウハ君を恐れているというのが解せんな。リョウハ君が彼らと戦ったのはほんの少しの間だけのはずだが?」
「それについては不確定情報という形でギムから報告を受けています。テヅカが連中のネットに繋がっていた間にその記憶の一部を読みとったらしいです。もともと、テヅカと赤キノコはシンジュ上で何度か交戦していて、そのたびにテヅカが勝っていると。そのテヅカが一方的にボコられる相手がいた、という事でリョウハ君の株が上がったようです」
「なるほど、それで交戦を避けたか。賢明だ」
レツオウは報告書の続きに目を落とす。
赤キノコからの要求はセンチピード本体のすべてがシンジュへ帰還できるだけの推進剤の譲渡。そして帰還の手伝い。
どうやらセンチピードが自分の物であるのは、連中にとっては確定事項らしい。そして、これだけでは人類側の利益がない。
推進剤の代金にシンジュの一部を領土として奪ってやろうか?
そんな事を思案するが、相手に領土という概念があるかどうかが問題だ。
しかもギムから連中には道徳観念がないと警告されている。領土を奪っても、それを守りきるだけの戦力を置かなければすぐに奪い返されるだろう。
なんて面倒な。
約束を守る、という約束事が通じない相手と建設的な話し合いをするには、こちらが圧倒的な優位に立って一方的に要求を押し付けるか、あるいはお互いにとって有益な関係を提案するしかない。
「連中がセンチピードを欲しがる理由はエネルギー源の確保、でよかったな?」
「惑星ブラウの異変によって降りそそぐエネルギーを吸収して大繁殖している様ですからね。ブラウの異常がいつまで続くか分かりませんが、核融合が連鎖している訳ではないのでいつかは終わるでしょう。そうなった時のために別のエネルギー源を用意しておくのは理にかなっています」
「現在の状態が100年やそこらは続きそうな気がするがな。……が、エネルギー問題は交渉の落とし所として適当だろうな」
ここからはレツオウが単なる権勢欲だけの無能ではない事を証明した一幕だった。
推進剤と着地の手助けの代金としてセンチピードの一部を受け取る。金剛は優秀な食糧生産プラントを手に入れた。そのプラントが食糧だけでなくデッドマンたちを『生産』する能力も持っている事は、あまり広める必要のない事実だ。
本来、センチピードは大気圏離脱能力はあるが設計時点では再突入は考慮されていない。センチピードのロケットはシンジュから緊急離脱する為の物で自在に往還するほどの性能はない。
こちらではフウケイ・グットードが本領を発揮した。
ムカデボディをくねらせて揚力を稼ぎ、不時着レベルではあるが原型をとどめたままのセンチピードを地表に送り届ける事に成功した。
そこでもう一つ、いや二つの交渉が始まった。
交渉相手は異星生物とセンチピード第一分体の両方。
異星生物が欲しいのは核融合炉のエネルギーであり、第一分体の人間たちが欲しいのは身の安全である。
核融合炉を始めとしたセンチピードの各設備はメンテナンスフリーという訳ではない。不時着同然の着陸をやってのけた直後ならばなおさらだ。
第一分体の人間たちが各種整備を担当し、異星生物たちは彼らの安全を保障する。
両者の間の通訳として孫衛星の軌道に接収したセンチピードの不要部分をベースにした小型ステーションを置き、そこに生物兵器レパスを駐留させる。
当初、小動物レベルの知能しかないと思われていたレパスたちだが、赤キノコたちと同様に数が増えればネットワーク内の知能レベルが増大することが確認された。これには製作者のカグラ・モローも驚いていた。
当然のことだが感情的なしこりはあった。
「俺たちはキノコどもの召使いか!」と憤慨する者たちを「そのうちに自力で宇宙へ出て来かねない異星生物を監視するのは人類にとって大切な責務だ」と言いくるめた。緊密に連絡を取り合い、何かあったら最優先でやって来ると約束して納得させた。
真空エネルギー砲の発射を観測した惑星系内の他の生存者たちへの対応もあり、すべて終わった時にはレツオウはグッタリとしていた。
「なぁ、俺は何のためにこんな面倒な地位を望んだんだろうな?」
「知りません」




