3-12 機神胎動
時はわずかに遡る。
金剛がシンジュの大気圏に突入して行った後、ヤシャはこれと言った動きを見せずに軌道上を周回していた。
「現状を哨戒任務と解釈する。問題はない」
軍人としては待つ事も仕事のうちであり、軍人が暇なのはむしろ寿ぐべき事だ。……亜光速物体の襲来以前は明らかに暇を持て余していた事からは全力で目を背ける。
リョウハもそれなりには情報機器を操れる。
地上の探査をオートで行うようにセットする。低軌道上からの探査ならそれなりに効果もあるだろう。手が足りずに後回しになっているセンチピード第一分体の捜索を優先する。
探査以外では対地砲撃任務を想定する。
第二分体の周辺に敵の接近があればレールガンを叩き込めるように準備する。ヤシャが軌道上を周回する速度はともかく、シンジュの大気の状態が不安定すぎて精密狙撃は難しい。センチピードにとりついた敵を撃ち抜くような真似はできないが、周辺の敵を掃討するぐらいは可能だ。
すべての準備を終わらせると本格的にやる事が無くなった。
大気圏突入のシミュレーション訓練を一度おこない、問題が無いことを確認する。法令遵守の精神以外は不備はない。
「哨戒・待機任務中に物資や体力を消耗するような訓練はできないな」
鍛錬が趣味、訓練中毒と呼ばれそうなリョウハにも多少の自制心はある。
ならばどうするか、と考えてちょうど良い事柄を思い出す。
先ほど彼の遺伝子にブラデスト一族と同種のものが組み込まれていると聞いたのだった。各種のエネルギーを操作出来るようになれば戦力アップは間違いない。
これまで彼はこの能力を力任せに電流を放出するやり方でしか使っていなかった。
それでは一部の電子機器の破壊や生身の人間を拘束する程度しかできない。
昔は同期の戦闘用強化人間が持っていた化学物質を合成する能力が羨ましかった。あれならば単純な電流の放出よりずっと応用を効かせられる。
リョウハたちは正式採用された量産型ではなく、試験採用された試作型に過ぎない。一部に『微妙な』能力があるのも仕方のない事だと思っていた。
しかし、『微妙』である理由が能力ではなく彼の努力にあるのなら、これを使いこなせるように鍛錬する以外リョウハには選択肢が存在しない。
ギムの声は能力でスピーカーを震わせて出している。つまりその程度には繊細なコントロールが可能なはずだ。
同じようにスピーカーで練習しようと思ったが、そんな旧式過ぎるスピーカーなど手元にはない。
手元にあるのは、と考えて彼はある事を思いつく。
「非常識」とか「化け物」とか、またしても言われかねない思いつきだったが、そんな事を気にするような彼ではない。実行してみて上手くいけば大幅な戦力アップになり得る。ならば試さない理由はない。
リョウハは目をつむって自分の能力の制御を試みる。
対象はヤシャの操縦系、そしてそこから繋がるすべて。つまり、ヤシャのすべてを手足を使わずに動かそうとする。
自分の周囲にある電子の流れを感じる。
そこに手を加える。
さすがに難しい。
自分から距離が離れるほどに力が及ばなくなる。
近くにある物でもなかなか繊細な制御とはならない。
それでもしばらくすると単純なスイッチのオンオフ程度なら失敗せずに動かせるようになった。
降下艇モリヤがセンチピード第二分体に到着した。
ヒサメに煽られてヒカカ艇長がボサツシステムの破壊を後押しする。
リョウハにはそれに対して特に感想はない。同じ記憶を持っているとしても別の身体を持つ者が同一人物かどうかなど、本人と周囲の認識で決定されるものだ。デッドマンたちがボサツシステムのおかげで永遠の命を持っていると信じているのならそれが間違いであるとも思わない。極論すれば普通の人間だって昨日の自分と今日の自分が同一人物かどうかさえ認識次第で変化し得る。
もちろん、デッドマンたちが自分の身体一つだけのたった一つの命を得ようとするのなら、それに反対する気もない。
ビーグルを分離した金剛が熱核ジェットをふかして成層圏まで上昇、ロケットに点火して孫衛星の軌道まで上がってくる。
大気圏内を飛び続けるのが常態のはずのガスフライヤーだが、ガス惑星とは違った大気の中を飛行するのを嫌ったか? それとも、乗員が無重力に慣れているためかも知れない。
降下艇ビーグルがセンチピード本体を発見する。
ボロボロになった移動基地の映像はヤシャにも流れてきた。
その場所が赤い花の群生地の中心なのは何か意味があるのだろうか?
本体に近づこうとしたビーグルが緊急離脱を開始する。リョウハにはその理由がわからない。軌道上へ上がって来たギムがレツオウに報告するのを傍受する。
エネルギー操作の応用で機体に干渉された、か。
ヒカカの向かった第二分体ではそのような報告はない。何故だ?
群生地だったという数の問題か? それとも赤い花の真上を飛ぶと花がアンテナ代わりになって能力が増幅されるのか?
どちらもありそうだし、どちらも間違いかもしれない。
リョウハは通信機を操作する。
「司令! センチピード本体の救助の為に強行偵察、あるいは強襲を敢行するか?」
「リョウハ君か。プランは?」
「相手の対空迎撃手段は有効射程が短いと判断する。現在の軌道上から砲撃を行い、敵の数を減らす。その上で接近、低空を高速で移動しながら残敵を掃討する」
「上手くいきそうに聞こえるが、勝算は?」
「敵の情報が少なすぎる。これ以上の作戦立案は難しい」
「外の敵を殲滅したらセンチピード内部に生身で突入か?」
「移動基地を一人で制圧はできない。とりあえず、通信機器を情報端末に接続する。生存者の捜索はヒサメのハッキングでやってもらおう」
この時、レツオウがどんな決断をしたのかはわからない。
答えを聞く前に、リョウハの側でピーと警告音が鳴った。
「リョウハ君?」
「機体の異常、ではない。……センチピード第一分体に動きだ!」
「第一⁈ 見つけたのか? データリンクを!」
「了解!」
オートで続けていた探査に引っかかった。
いや、引っかかったと言うと語弊がある。ヤシャが相手を見つけたと言うより、相手が巣穴から出て来たと表現すべきだろう。
センチピード第一分体はどうにかして氷の層の下に潜り込んでいたようだ。クレパスでも見つけて入り込み、上から氷を被ったのだろうか?
そうやって隠れて通信系を遮断しておけばそう簡単に発見される事はない。
第二分体がどこかからの通信一つでデッドマンたちを無力化させられた事を考えれば、通信の遮断は必要な事だったのだろう。
だが、今第一分体は隠れていた巣穴から追い出されていた。ヤシャのカメラがその姿をとらえる。
氷の大地を割って地表に躍り出る。数多い脚がフルパワーで動き続ける。
第一分体の外皮は所々腐食され、穴が開いていた。
その脚はフルパワーで動いてはいるが、空回りする部分も多く十全な推進力を得ていない。
第一分体の後ろ半分にはもはや見慣れてしまった菌糸が絡みついていた。シンジュの地表を覆っている花よりは小さい直径100メートル以下の円盤がセンチピードに引きづられてブレーキをかけていた。
第一分体の脚が時々、不自然に動きを止める。
どこか故障しているのか、それとも降下艇ビーグルが受けたのと同じ動力系への干渉を受けているのか?
氷の下に隠れていても出会うとは!
やはり、異星生物はそここそがホームグラウンドか!
「リョウハ君! こちらでも確認した!」
「攻撃許可を願う!」
「もちろんだ、やりたまえ。第一分体を救助するためのあらゆる行動を許可する」
「了解」
ヤシャは宇宙機モードのままレールガンの砲身を伸長する。ジャイロを使って旋回、機体全体を砲塔として使う。
第一分体との距離はだいぶ離れている。ここからだと大気の層を浅く斜めに撃ち抜かなければならない。しかしお互いの位置とヤシャの軌道からすると、時間がたてば条件はより悪くなる。そうなったら軌道上をもう一周する羽目になる。
レールガンで狙撃する。
大気との摩擦により、砲弾はまるでビーム兵器のような光の尾を引いて飛んだ。
着弾する。
外れはしなかった。が、狙った所に当たってもいない。円盤の中心を狙った砲弾はやや後ろへ逸れた。円盤の後ろ半分ほどを吹き飛ばしたが、完全破壊には至らない。
射角を修正して二射目、と思ったが、異星生物の対応は早かった。
今まではセンチピードに引きづられその事によってブレーキをかけていたが、菌糸を巻きとるようにセンチピードとの距離を詰める。ついにはセンチピードの上にのしかかる。
砲撃支援はもう無理だ。
「司令、ヤシャはこれより大気圏に突入、直接戦闘で標的を排除する」
「止めても無駄だろうが、気をつけたまえ。異星生物の能力はまだまだ未知数だ」
「なればこそ、こちらが主導権を握らなければ。速戦・速攻で行きます」
ヤシャは軌道速度を落とす。
降下艇ビーグルと入れ替わりで大気圏に突入する。
ビーグルは大気圏から離脱できるギリギリぐらいの推進剤しか持たない。
金剛の側が軌道を変更、回収へと動く。
これでシンジュの大気圏内にヤシャとモリヤ、宇宙空間に金剛とビーグルという配置になった。
この位置関係がこの後、大きく影響する。




