3-9 降下艇モリヤ
大気圏突入、それは気軽に宇宙を旅する時代になってもそれなりのイベントではある。
宇宙時代黎明期とは使える素材に差があると言っても、突入の角度が浅すぎれば大気にはじき返されるのは変わらない。角度が深すぎて燃え尽きる事は考えなくても良いが、機体に損傷があれば不測の事態もあり得なくはない。
そして、大気圏突入時は敵対者が襲撃するにも絶好の機会だ。
突入角度を一定の範囲に収めなければならない以上、突入側には行動の自由が失われる。突入が始まってから外殻に損傷したら大気との摩擦で被害が拡大するのも痛い。そして突入中は外部の情報を仕入れるのにも苦労する。かつてのように完全にブラックアウトする事はないが、それでも探知能力が低下するのは間違いない。
奇襲には絶好のチャンスだ。
リョウハはレールガンの砲身を伸ばし、周辺の宇宙空間と地表を油断なく探査した。
異常はない。
宇宙はクリアなままだ。地上の赤い花が荷電粒子砲になって襲いかかってくる事もなかった。あの赤い花には間違いなく知性がある。しかし、宇宙空間にいる金剛を探知して迎撃するほどの能力は無いようだ。
大気圏突入中、金剛の操縦桿を握っているのはフウケイ・グットードだった。
自分がやりたかった、とヒサメ・ドールトは頰を膨らませていたが、人間としての彼女は免許を持っていない。金剛の情報中枢として操縦補助をするだけで満足するしかなかった。
フウケイにとっても大気圏突入の操作をするのは感無量だった。
もともとの船員だと言っても位の低かった彼には金剛の操縦桿など縁が遠かった。いつかは手を届かせる、とは思っていたがそれがこんなに早くなるとは。休暇先で被災したであろう先輩たちの無事を祈るばかりだ。ブロ・コロニーに居たなら生存はほぼ絶望。他星系まで出かけていれば可能性はある、か。
胴体に増加装甲を装着した金剛は以前より重い。
しかし、金剛の翼はもともと水素やヘリウムを主成分とした希薄な大気を捕まえるための物だ。窒素や二酸化炭素のシンジュの大気に対してはややオーバースペック。飛行に問題はない。
最低限の軌道修正を行うだけでほぼ慣性航行のまま大気圏突入。深めの角度で侵入し、引き起こしをかけて減速する。
これまでは出番がなかったが、本来は主機である熱核ジェットエンジンを起動する。熱核ジェットは燃焼によって推力を得るものではない。吸引する空気が水素やヘリウムでなくとも問題なく作動した。
白地に赤いまだらができたシンジュの上を飛行する。
大気の擾乱が酷い。しかし、ガス惑星の中を飛ぶための翼長700メートルを超える巨体は地球型の星の嵐など物ともしなかった。
第一の目的地はセンチピード第二分体。
彼らに生存のための技術上の問題があればそれを解消する。指導力的、あるいはデッドマンたちの性格的な問題点があるのならボサツシステムを含めたデッドマンたち全体を引き取る事も検討する。
その辺りを見極めるべく、ヒカカ・ジャレン率いるドワーフ・メンバーが新たに建造された降下艇に乗り込んでいた。
降下艇は現在、一枚の板のような形状をしていた。
金剛の本体と増加装甲の間の狭い空間で建造された事が形の決定に一役買っている。が、そうでなくとも単純な形状は強度的にも空気抵抗的にも有利だ。
「こちら金剛、第二管制室。フウケイ・グットードです」
「こちらモリヤ。ヒカカ・ジャレンだ。なんだい、船長さん」
「……降下艇一号機の名称がモリヤって、ドワーフ的にはいささか不吉なんじゃありませんか?」
「俺たちドワーフ族の心の故郷だ。問題ない」
ちなみに出典は『指輪物語』である。
当然ながら『対G仕様強化人間Dタイプ』であるヒカカたちとファンタジー世界のドワーフたちの間には血縁関係はない。
「二号機にビーグルと名付けた奴にも同じことを言ったのかい?」
「ラブリーエンジェルと付けるよりはマシ、だそうです」
「その名前だと周囲に被害が出そうだ」
「私の古代文学の素養だとそこまではついて行けませんが……」
「ま、ただの与太話だよ。それより用件は?」
「そうでした。間もなく目的地上空です。発進準備を」
「いつでもいい。準備完了している」
「これから減速をかけます。どの程度速度を落とせば失速するかは具体的なデータがありませんが……」
「無用だ」
「はい?」
「速度を落とさずにそのまま放り出してくれればいい。固定モードのモリヤの頑丈さは相当なものだ。一度だけなら大気圏突入にも耐える。想定とは違う大気中で作動している金剛の熱核ジェットの方が心配だ。なるべく負荷をかけないように飛んで、用が済んだら軌道上に退避するべきだ」
「このまま離脱すると乗員への負担もかなりの物になりますよ」
ヒカカはガハハと笑った。
「そっちはもっと心配ねぇ。俺らは整備しか出来ないモヤシじゃない。俺らは対G仕様強化人間の中でも一番にゴツくできてんだぜ。俺たちが対衝撃性能で負ける相手なんかあの大将ぐらいしか居ないよ」
「……わかりました。エンジンの出力を最低まで絞ります。エアブレーキは使いません」
「それでいい」
現在、二機の降下艇は金剛の増加装甲の上面にコバンザメのようにへばりついていた。
モリヤの乗員は7名。全員がずんぐりした身体を作業用の宇宙服に収め、いつもよりさらに丸っこくなっていた。手元には実弾タイプのマシンガンやショットガン。リョウハのように敵の急所を狙撃するような真似は彼らには出来ない。腕前の問題は手数でカバーする予定だ。
「センチピード第二分体近づきます。モリヤ分離までカウントダウン。10・9・8・7・6・5・4・3・2・1、分離!」
対Gシートに収まったヒカカたちをグイッと衝撃が襲う。
空中に投げ出されたモリヤが空気抵抗を受けて減速する。機首をやや上に上げて揚力を稼ぎつつスピードを落とす。モリヤには非常用の『ロケット』エンジンは存在する。万が一の時に自力で大気圏外に離脱するための物だ。目的がそれなので推進剤の量は最低限しか無く、ロケットの常用は出来ない。
かわりに大気圏内の飛行に用いるのはとても原始的な装備だった。
「対気速度、安全域に達しました」
「よし、変形するぞ」
ガクン、とした衝撃がもう一度。
モリヤは折りたたんでいた四本のアームを伸ばした。アームの先に付いているのはローターだ。モリヤはローターの回転により空を飛ぶ。
ローターが四つもあるのは設計者が大気圏内用の航空機に慣れていないためだ。慣れていないから安全性と安定性を重視して四つになった。細かな重量配分などを計算するのが面倒だから四つローターにした、省いた手間の分はヤシャのフライングアーマーの開発に回した。などという裏事情は極秘である。
「おお、浮いてる浮いてる!」
「ローテク感がたまりませんな」
「しかし、なんでローター? 作るのが簡単だったから?」
「お前、ロケットエンジンを使って『氷原に』着陸したいのか?」
「海よりも深く納得しました」
「むしろ納得しない方が海に潜れそうだな」
パタパタと音を立ててドローン形態のモリヤが飛ぶ。
この高さから見ると地表は白い氷原に赤い丸テーブルが散在しているように見えた。
「風が強い。流される」
「目的地への到着が不可能になるほどか?」
「進路を修正した」
地吹雪によって地表がけぶる。
シンジュの気温は上昇傾向にあるとは言え、まだまだ低い。大気中に大量の水蒸気が混ざれるほどには高くなっていない。その為、大風は吹いているが雲や雨は発生しない。
「見えてきた。センチピード第二分体、停止したままだ」
「アレは体節ごとに独立して稼動できるはずだぞ。なんで停止している?」
「あの場所に用事でも出来たのか?」
「呼びかけてみる。……こちら、ガスフライヤー『金剛』所属、降下艇モリヤ、ヒカカ・ジャレン艇長だ。センチピード第二分体、応答を望む」
応答はない。
「何かあったのでしょうか? ひょっとして全滅?」
「少なくとも機械は生きているな。見ろ、足踏みしている」
移動はしていないがセンチピードの足がゆっくりと微妙に動いている。足付き機械としてはさほど珍しくない行動だ。関節の一部だけに負担が集中しないように停止していても少しだけ動く。
「待てよ、アレと連絡をつけたのは姫さまだったな。いつも通りにハッキングして中の人間と強引に会話したんだろう。……無線には誰も張り付いていないんじゃないか?」
「オペレーターを一人割り当てるぐらい、頭の足りない奴でも考えつくと思いやすが?」
「いや、第一声が姫さまでそこら中から話しかけられたら、以後も同じ方法で連絡が来ると考えてもおかしくない」
「ならば俺たちも姫さまに頼んで中の様子を調べてもらった方がいいのでは?」
「姫さまも大将も関係しない俺らの素の実力が知りたいと、司令が仰せだ。とにかく、強引にでも乗り込むぞ」
「了解」
モリヤは風に流されつつもセンチピードに接近。ワイヤーアンカーを射出、吸着させる。
ピンと張られたワイヤーを巻きとる。
風に煽られつつも移動基地であるセンチピードの巨体が近づいて来る。
「着陸アーム展開! モードインセクト!」
「了解、モードインセクト!」
モリヤの下部に折りたたまれていた長い着陸腕が伸びる。
着陸脚ではない。先端に手がついたアームだ。宇宙生活者にとっては接地する事しか出来ない足よりも手の方が身近だ。それだけの理由で採用された機構だったが、強風に煽られながらドッキングするにはふさわしい装備だった。
昆虫と呼ぶにはやや足りない四本のアームがセンチピードをガッチリとつかむ。引き寄せる。
モリヤとセンチピードの間に1メートル程度の空間を残して固定する。
「着陸完了です、親方」
「艇長、いや隊長と呼べ」
ヒカカはハーネスを解除して立ち上がった。
「リンホウ、この場は任せる。後の者は付いて来い! 上陸だ!」




