1-4 非人類サイドの総評と対処
宇宙の管理者を自任する超知性体の居場所は特定できない。
それは物質としての肉体を持っていない。必要とあらば受肉することもできるが、肉体に囚われることはない。
それは過去も未来も俯瞰してみる視点を持つ。もちろん三次元空間のすべてを見通すことも可能だ。よって、それがいる場所はすべての空間でありすべての時間だ。
とは言え、それも全知全能ではなかった。
自分と同等の存在である敵対者の行動は予測できない。敵対者の行動の結果も自分自身がかかわった事の結果も事前の完全な観察は不可能だ。なので、まず行動してみてその結果を観察するという行為はそれにとっても必要だった。
今回、それは恒星間文明を築いた地球人に対して大規模な介入を行った。
結果として目標の達成率は98パーセントだった。人類所有の超光速宇宙船はすべて破壊できた。超空間やそれに関係する施設の大半もだ。損傷したいくつかのオーパーツが残存していてそれらが将来的に何らかの厄介ごとを引き起こす可能性は高いが、その程度なら通常の小規模な介入で何とかなる。
それは概ね満足していた。
不満があったのはやはりブラウ惑星系についてだった。
予定より大規模な破壊となったのはまあ良い。
それは人類という種族の絶滅は避けるが、個別の人間の生死には頓着しない。人間が自分を構成する細胞一個一個の生死を気にしないのと同じだ。人の死などどこでもいつでもありふれたものに過ぎない。
しかし、人類が自らの生存圏として建造した小さな円筒(全長わずか30キロメートルほど)には、それの敵対者が製造した事象改変装置が置かれていた。改変装置が破壊されたかどうかはまだ不明だ。亜光速物体の直撃ならば壊せるだろうが、周囲の破壊に巻き込まれただけならば壊れずに残るかもしれない。宇宙空間へ脱出した人間が持ち出した可能性もある。
そして事象改変装置は既に作動していた。そのせいでブラウ周辺の事柄は過去も未来もひどく見えずらい。
それはかすかに不満を滲ませた。
「それで、僕を殺したのは誰なの?」
過ぎゆく者オタロッサの情報体は破壊寸前に回収していた。いずれ適当な所に転生させる予定である。
超知性体はその質問に答える予定はなかった。炭素結晶を発射した人物の名を告げ、その人物は間もなく間違いなく死亡すると付け加える。
「実行犯は死ぬんだ」
陽子の大津波に襲われたらただの砲台にすぎない防衛ステーションではひとたまりも無い。
「でもそいつって、僕があのポイントに行くことを予測した本人じゃないよね」
あれは超知性体にとってすら意外だった。まさか超常的な予知能力などをまったく使用せず、ただの読みだけで無限に等しい選択肢の中から正解をつかみ取る者がいるとは思わなかった。
リョウハ・ウォーガード、その名は超知性体が介入しなかった場合の人類の歴史の中にはない。おそらく何事もなければ辺境における格闘競技のチャンピオンとしてひっそりとした名声のみで生涯を終えるのだろう。
「ふぅん。その男、リョウハって言うんだ」
過ぎ行くものごときに思考を読み取られるとは、不覚。
「ねぇ、僕の次の転生はそのリョウハって男の近くにしてくれないかな」
オタロッサが復讐を考えているのなら許可するべきではないだろう。かの者は自分が所属する群れのテリトリーを守ったのみだ。生き物として当然の行動に制裁を加えるべきではない。
「ほら、僕への報酬って、まだ残ってたよね」
不快であった。
過ぎ行く者たちは全体としてはとても良い働きをした。が、オタロッサの戦績はその中で最低だ。彼のブラウ惑星系への到着が予定通りほかの攻撃と同時であったなら、リョウハといえども戦闘準備が間に合っていなかった。
拒絶の返事をする前にブラウ惑星系の新たな観測結果が出た。
事象改変装置はやはり討ち漏らしたようだ。過去と未来の転移現象が起きている。現在の状況が過去に影響を及ぼしそれが現在に戻ってくるループの発生だ。早急に対処する必要がある。
オタロッサは超知性体の不興を買ったことに気づいたようだった。
「じゃ、じゃあさ。事象改変装置が残っているなら、それを監視したり処分したりする者が必要な訳でしょう。僕がそれに立候補するよ。ほら、僕の失敗が原因だし、僕だって責任を感じているんだよ」
このお調子者がどこまで責任を感じているかは不明だが、悪い案ではない。事象改変装置の影響力は大きい。人類の標準的な強度の魂では到底対抗しきれない。その点、過ぎゆく者たちなら安心だ。宇宙の旅を延々と続ける彼らはその魂まで鍛えられている。
なお、人類由来の魂でも事象改変装置と正面から喧嘩ができるおかしな奴もたまにはいる。たまにはいるが、本当に例外的存在だ。
事象改変装置の捜索と処分が最優先条件、リョウハに対する復讐を考える様なら次は人間かそれ以下の情報処理能力しかない生き物に転生させると通告する。
「大丈夫、僕だってそれぐらいはわきまえているよ。でもさ、リョウハって男は地球人でしょう。事象改変装置は彼らの財産扱いになっていて、それを壊そうとする僕はリョウハの敵ってことになるよね。もう一回対戦するチャンスぐらいあるんじゃないかな」
それが狙いか。
まあ、それぐらいは仕方がない。超知性体は了承とサインを送った。
今からこのままの時間に転生させても成長が間に合わない。過去への転移現象を利用すると伝える。
「やったね。でも、それをやってそのリョウハが僕の転生体だったら嫌だな」
それは無い。
リョウハ・ウォーガードという男は経験不足ではある様だが深い洞察力と知性を感じさせる。落ち着きのないオタロッサとは大違いだ。
「酷いなぁ。ま、僕にとってはその方が良いけどさ」
無駄話しを続ける必要はない。
過ぎゆく者オタロッサの情報体の転生を開始する。
「早速かい? 僕にとっては長い長い時間の旅になるんだろうね。成長した僕との再会を楽しみにしていてね。……それじゃ、逝ってくるよ」
オタロッサの情報体は過去の世界へ吸い込まれていく。
超知性体の意識に静寂が戻った。
知性体はその膨大な情報処理能力のほんの一部を使用して「さびしい」という言葉の意味を検索した。
そして活動を再開した。