2-10 ダフネ補給泊地と不慮の出来事
ダフネ補給泊地は衛星シンジュに付属するラグランジュポイントに位置する補給ポイントだ。
もともとは補給泊地はたんにガスフライヤーが収集・打ち上げしたヘリウムを一時的に集積するだけの場所だった。
それが時が経つにつれて、補給を受ける宇宙船が自分から泊地へおもむく事が多くなった。ならばと泊地にヘリウム以外の補給物資を集める様になり、船員向けの娯楽施設が増え、積み荷を直接買い取る場ができた。
そうやって商業港として自然に発展してきたが、あくまでも辺境の地の小さな補給ポイントだ。補給物資の量は多くとも何万人もが住み着くような所ではない。駐留している人間は100人単位であったはずだ。
「リョウハ・ウォーガード中尉、出頭しました」
ひきこもり姫の健康診断をめぐる騒ぎのあと、リョウハは第一管制室に呼び出されていた。
装甲付きの宇宙服はすでに脱ぎ、骨まで斬られた左手首は簡単な固定が施されていた。ドワーフの腕力でぶん殴られた顔面はすでに回復を終えていたが痛いものは痛かったし、誤解から殴られたとあっては心も痛かった。
ま、ヒカカ班長によると「どんな理由があろうと何であろうと姫様に体液をぶっかけるなど許し難い」そうだが。
「ご苦労、まぁ楽にしたまえ」
「はい」
レツオウ・クルーガルの言葉に疑問を覚える。ヒサメとの大騒ぎの件で呼び出されたのではないのだろうか?
その疑問はどうやら顔に出ていたようだ。
「先刻の件については後で報告書を提出したまえ。あと、始末書も二枚。無断船外作業と備品の使用・損壊についてだ。始末書は手書きでの作成を命じる」
「了解しました」
「引きこもりを引っ張り出した功績をたたえる勲章の授与も考えなくはないが」
「……それは、遠慮します」
まあ、そうだろうな。と、レツオウは苦笑いした。
「では、この話は終わりだ。本題に入ろう。我々は当座の目的地であるダフネ補給泊地に対して何度も通信を送った。が、泊地からは自動機械による返信以外どんな答えも帰ってこなかった。その理由は不明だったが、先ほど別ルートから情報が入った。どうやらダフネでは暴動が発生したらしい。致死量の放射線を浴びた者が自暴自棄になって暴れだしたそうだ」
「容易には制圧できない程の人数が放射線を浴びたのですか? 補給泊地なら身を守るすべはいくらでもありそうですが」
「人間というものは時に馬鹿をやる。光るブラウを窓に鈴なりになって眺めていれば一発だ」
「まさか、冗談ですよね?」
「人間は目に見えない危険に対してはなかなか現実感を持てないものだからな」
レツオウは困ったものだとため息をついた。警報装置のスイッチが切られていた、などの安全管理上の問題もあった様だと付け加える。
「……個人的な感想として言うなら、そいつらは皆殺しにして制圧だな」
「しなくていい。どうせ我々が到着する頃にはそいつらの寿命は残っていない。だが、別ルートからの情報にはとても気になることが付属していてな。ところでリョウハ君。君は現在のこの船の男女比率についてどう思う?」
「質問の意図がつかめませんが」
「君にとってはそうかも知れんな。現在のこの船の男女比率は男性側に大きく傾いている。単なる長期航海中であれば問題ない。が、この船をひとつのコロニーとして長期運用するとなると由々しき問題だ。次の世代が生まれないということだな」
「人工子宮を用意すれば済む事だと思いますが」
「女性側の遺伝子プールが足りないだろう」
「男が足りないのならその問題も有るかもしれませんが、男性のもつX染色体を選別して卵子の遺伝子情報を差し替えれば解決です。……どうしました?」
「いや、ちょっと頭痛が。……リョウハ君、一般の男性は同じ男性との間に子供をつくることに関して、とてもデリケートで保守的な考え方をしていると覚えておきたまえ」
「はぁ、それも人生経験から来る言葉ですか?」
「いいや、一般常識だ」
脱線してしまった、とレツオウは頭を振った。
人体工房の出身者にこの話題をふったのが間違いだったとブツクサいう。
「とにかく、我々は今、この問題を解決するのに人工子宮などに頼らずに済む絶好のチャンスを前にしているのだ」
「人工でない子宮の大量入手、つまり女性乗組員の増員ですね」
「そう、この船のすべての男性のために手を貸してもらうぞ。……こういう事だ」
レツオウが手をひとふりすると、空中に大きく文字が投影された。
強調表示と効果音も込みで。
『歓迎! ランフロール女学院御一行様!』
拍手が沸き起こった。
見ると第一管制室に配備されていた男性船員たち全員が拍手している。空気を読んでおざなりに拍手している者もいるが、熱狂的な拍手もチラホラと。
リョウハは思わず一歩後ずさった。
戦略的後退を選択したい思いを押しとどめる。
「何ですか、これは?」
「ランフロール女学院は9歳から16歳までの裕福層の子女を受け入れる学校だ。本校舎は地球、ユーロピアにある。そこの学生の一部が社会見学でダフネ補給泊地へ来ていたらしい。チャーター便で泊地を見学中に被災。チャーター便のパイロットは致死量の放射線を浴びたが、学生たちは無事だそうだ。客室をうまくかばった様だな。その後、暴徒に襲われたがなんとか凌いで現在に至る、という事だ」
「了解しました」
最初からその説明をしてくれと、内心ため息をつくリョウハだった。
「では私の任務はランフロール女学院一行の安全確保と救助、ですね。彼女たちと連絡はついているのですか?」
「ノーだ。彼女らの中に船舶用の無線を扱える者がいないのかも知れない。現在は民間のネット経由で連絡が取れないか試している。船の生命維持機能に問題が生じスリープに入った可能性も指摘されている」
「早期の救援が必要な可能性もありますね。彼女らの人数は?」
「名簿によれば乗船時点で教員2名、生徒25名だ。年齢構成は不明」
「最悪の場合、お婆さん2名と9歳の子供が25名の可能性もある、と」
「考えたくもない可能性だが、その時は将来を楽しみにするさ」
「……救助の手間の話です」
誰も「すぐに嫁にできないから最悪」などとは言っていない。
「この船の到着予定時刻を早めることは可能ですか?」
「不可能ではない。が、推進剤を大量に消費することになる。ダフネでの補給がうまくいけばまったく問題ではないが、船の責任者としては余裕を確保しておきたい」
「二重遭難を避けるのは当然の配慮です。小型の宇宙機を使って私が先行しましょう」
「行ってくれるか?」
「私は基本的に非常時の人材ですから」
「ヒカカ班長にはこちらから話しておこう。カグラ女史が乗ってきた小型艇が使えるかも知れない」
「私は移動手段の選定に入ります。では失礼します」
軍隊式に敬礼し、管制室から出ようとする。
その背中で素っ頓狂な叫び声が上がった。
「なんだ、それは!」
「何がおきた?」
リョウハには関係ない話かもしれないが、何となく足を止める。
「いえ、カグラ女史から意味不明の報告が上がりまして」
「意味不明だ? とりあえず、言葉どおりに復唱したまえ」
「は。『健康診断の結果、ヒサメちゃんの死亡が確認された』以上です」
!
確かに意味がわからない。健康診断をしなければ確認できない死亡って何だ?
が、わからなければ自分の目で確かめれば良い。
リョウハは始末書をもう一枚追加する勢いで第一管制室から飛び出して行った。




