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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
破滅する世界 ガスフライヤー『金剛・改』
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1-1 破滅がやって来た日

 地球から55光年ほど離れたところにあるガス惑星「ブラウ」。ここは恒星間宇宙船の燃料となるヘリウムや推進剤の補給基地として開発が進んでいた。


 太陽系の木星よりほんの僅か大きいブラウの大気圏にはガス・フライヤーと呼ばれる巨大飛行機が配備されていた。

 ガス惑星には通常の個体の地表は存在しない。液体金属水素の海もガスの底のとてつもない圧力の下にしかない。通常の装備でそこまで到達するのは不可能だ。だから、水素やヘリウムの採取は熱核ジェットエンジンで飛びつづける飛行機によって行う。

 12機存在するガスフライヤーたちは休むことなく飛びつづけ、時折シャトルを射出して軌道上にヘリウムを送り付ける。

 衛星軌道上には巨大なヘリウムタンクが浮かんでいた。

 そして、時折軌道上まで上がってくるガス・フライヤーの整備基地とそれらを守る変質的なまでの防衛システムがあった。仮に異星人からの攻撃があろうとも、同じ人類の反乱分子の襲撃があろうともプラウの補給機能は盤石であるとみなされていた。


 ま、その日までは、だが。





「94、95、96、97」


 第五整備宇宙基地の片隅でその男はベンチプレスを持ち上げていた。

 ここの重力は0.3G。よって重石ではなくバネによって負荷をかける形式だ。彼はその負荷を最大に設定していた。それでも軽すぎる、と思ってしまうのは彼が遺伝子レベルから改造された戦闘用強化人間であるためだ。


「98、99、100」


 筋力トレーニングは強い負荷を短時間かけるのが良い。過剰な回数は重ねず、彼はそこでベンチプレスを終わらせる。

 外の様子を映し出すスクリーンにガス・フライヤーの一隻、金剛が停泊している。希薄な水素の中を飛ぶために全長より翼長の方を長くとったデザイン。あまりの大きさにその全貌を見ることはできない。整備用小型宇宙機が行き来しているのを眺めながら、彼は立ち上がった。


 彼の名はリョウハ・ウォーガード。

 身長195センチの筋骨たくましい巨漢だ。遺伝子操作で生み出された者特有の整いすぎた顔立ちをしているが、それを台無しにする特徴が一つある。角だ。額に二つ、邪魔にならない程度の短い角が伸びていて、彼が戦闘用強化人間であることを表す異相となっている。

 人外の反射神経と筋力に加えて生体電流による電撃をはじめとした特殊な能力を行使することもできる。生身の肉弾戦におけるこの基地の切り札と言ってよい存在だ。

 彼の二つ名は「戦争狂いのリョウハ」。

 または「戦慄の鬼神」。

 本来の役割である肉弾戦用の肉体を鍛えるだけではない。過去の戦略や戦術。挙句は戦闘用宇宙艇の操縦に至るまで貪欲に知識と技術を吸収することからその名が付いた。

 彼は誰にという事もなくつぶやく。


「俺の戦場は、どこだ」


 彼は飢えていた。

 食料ではなく生きがいに対する飢え。

 戦いのために生み出されたのに実戦の場に恵まれないことに、どうしようもない虚しさを感じていた。


 何もない天井から声がした。年若い女の子の声。


「またやっているの? あなたに勝てる相手なんて遺伝子レベルからどこにもいないのに」

「トレーニングは習慣として続けるものだ。『またやっている』という表現は正しくない」


 若い声の主はヒサメ・ドールト。よく言葉を交わすが、実はリョウハも彼女の肉体と顔を合わせたことはない。ネットを介してあちこちで口を挟む「引きこもりの人形姫」だ。


「トレーニングの量が多すぎよ。あなたが少しぐらい弱くなっても同じ強化人間でもまったく相手にならないじゃない。拳法とか合気道、だっけ? 自分の兄弟たちを子ども扱いした技」

「俺と同等かそれ以上のレベルで格闘技術をマスターした者がいてもおかしくない。広い宇宙の中には俺より強いやつが確実にいる。前回俺に負けた兄弟たちだって次は勝とうと努力しているはずだ。格闘技関連のファイルを手に入れるのは難しくないぞ」

「残念でした。その連中ならリョウハには勝てないとあきらめて昼寝しているわ。格闘技を身に付けるより、非戦闘型の人間に威張り腐るほうが簡単ですもの」

「情けない連中だ」


 戦闘狂は嘆息した。


「イロイロと無駄なのよ。リョウハがいくら鍛えていてもこれから始まる実戦では何の役にも立たないし」

「ん? 今、何と言った?」

「これから始まる実戦、って」


 引きこもりの姫は悪戯っぽい笑顔を浮かべているのが想像できる声を出した。


「警報は鳴っていないぞ。何があった?」


 リョウハは時間を無駄にしなかった。トレーニングウエアの上から戦闘用のジャケットを羽織る。電磁シールド付き簡易宇宙服にもなる優れものだ。


「だから無駄だって。警報が鳴っていないのは上も混乱しているから。それに私たち下々に情報を流してもまったく役に立たないから」

「姫はハッキングでそれを知ったのか?」

「そ」

「いつもながら、面白いものを探してか?」

「もちろん」


 平穏な日常に飽き、どこかに騒乱を求めるという意味で二人は同類だった。


「で、何が起きている?」

「隠し通すのが不可能な極秘情報。つい先ほど、地球が爆発した」

「は?」


 さしもの戦争狂いも頭の中が真っ白になった。


「もう一回言ってくれ」

「地球がバクハツしたの」

「関が原も? ノルマンディーも? マジノ線も?」

「よく解らないのもあるけど、それが地球上の地名なら一緒に無くなったんじゃないかな」

「そんな真似をしたのはどこのどいつだ! あと、何を使った? 反物質か? 縮退砲か?」

「使われた武器は亜光速ね。亜光速粘着榴弾とか呼ばれてた。光の速さに近いスピードで液体だか気体だかが地球にベチャリとぶつかったらしいわ。犯人の正体は不明。犯行声明は出ていないわ。分かっているのは外宇宙から亜光速で接近してきた巨大な物体だってことだけ」

「亜光速で、何年もかけて外宇宙から移動してきたと?」

「それも一つじゃないのよね。同時多発で太陽系の各所で同じような襲撃が行われている。惑星ごと吹き飛ばされたのは地球だけだけど」

「完全に宇宙戦争じゃないか。それも完璧な奇襲から始まるワンサイドゲーム」

「あ。今、太陽系との連絡が途絶。それからあちこちの星系にも同じような亜光速の物体が接近中」


 リョウハは目をカッと見開いた。


「このプラウに接近する物体は?」

「あるわよ」

「あるのか! なぜそんなに落ち着いている?」

「だって、どうせ何もできないもの。亜光速で飛んでくる砲弾なんてリョウハには避けられる?」

「それでも、できることは何かあるはずだ。情報を集めてくれ」

「接近してくる物体は全長100キロメートルぐらいの流線形。推進手段はスペースラムジェット。ラムスクープの範囲は数万キロに及ぶと考えられているけれど具体的な性能は不明」

「ずいぶん詳しいな」

「アマチュアの天文家の間では何十年も前から知られていたらしい。軍事的には無意味なものとして無視されていただけで」

「天文家の観測を軽視して奇襲を受けるとは、火星人に侵略された頃と変わらないな」

「アレはフィクション」

「サイエンス付きで知ってるよ」


 外を見るための窓であったスクリーンの表示が変わった。亜光速物体の位置と進路が表示される。

 それによると星系外延部から接近中らしい。光の速さでももうしばらくかかる。


「見ての通り物体の進路と速度は小刻みにランダムに変化している。距離も速度も大きすぎる。光速のレーザーを撃ちこんでも直撃は難しい」

「戦争を知り尽くしているな」


 と、スクリーンの画像が乱れた。


「該当物体からの音声信号の発信を確認」

「流してくれ」





「フハハハハ、愚かなる人間どもよ。我はついに来た。逃れることのできない神の怒り、裁きの鉄槌を受けるが良い!」

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