1-0 宇宙の彼方から
遥かな未来。
地球由来の人類が超光速航行を可能にするオーパーツを手に入れてから、その歴史と同じほどの時間がすぎた。人々はそれが自分たちが創り出したものでない事を忘れた。そして、経済原理の名の下にそれを複製して使いまくった。
それがどのように機能しているのか誰も知らないというのに。
それは人類に忘却をもたらすには十分すぎる時間だった。だが、宇宙の歴史の中ではほんの一瞬と言ってよい。
また、この宇宙を管理していると自負するある超知性体にとっても、そう長い時間では無かった。
超知性体は人類が手に入れたオーパーツに対して幾度かの小規模な介入をおこなった。それらの介入は一定の成果を上げたものの対処療法の域をでず、人類は因果の糸を絡める危険なオーパーツを手放す事は無かった。
より大規模な抜本的な対処が必要だ。
そう悟った知性体は宇宙を旅するある者たちに依頼をおこなった。通称『過ぎ行く者たち』。スペースラムジェットを標準装備した機械生命体。常時、光速の95パーセント以上で宇宙を航行し続ける通常の宇宙の法則に従う中ではもっとも大きなエネルギーを所有する者たちだ。
彼らは超知性体の依頼を快諾し、知性体の指示に従ってほぼ同時に人類の版図に襲いかかることになった。超光速の移動手段を持たない『過ぎ行く者たち』はその支度にまた1000年に近い時間をかけたが、まあ大した長さではない。
襲撃に参加する『過ぎ行く者たち』のひとり、まだ年若い構成員であるオタロッサはメインの攻撃目標からかなり外れた位置にあるガス惑星に進路を向けていた。そこには対象の種族がヘリウムを採取する為のプラントがあるらしい。
(そんな物、少しスピードを上げればいくらでも手に入るのに)
星間物質からの資源採取が現実的なのは光速近くで旅をする者たちだけである。
オタロッサは好奇心にかられて目標の文明圏から出ている信号を解析し始めた。超知性体からの報酬の一部として信号の意味についてのヒントをもらう。
(こっちの単純な信号は航行支援の為のビーコンか。こっちは音声信号? 物質の中を伝わる振動をそのまま電波に置き換えた物? なんでそんな事を?)
真空中での生活しか知らない者にはわからない事だ。
彼は解析を続けた。
デジタル信号の解読に成功し、それに載せられた映像を見る。
(実用的な二者間の通信だけじゃなくて、娯楽用の電波放送なんかもあるんだ)
いつしか彼は目標の文明圏を愛していた。
破壊するのが惜しいと思う。
が、同時に彼の解析能力は文明圏に忍びよる破滅の影を感じとっていた。
(情報の伝達速度がおかしい。光年単位で離れた場所からほぼ同時に同じ情報が発信されるのはまだいい。本当は良くはないがそういう能力を持った文明と納得できる。だが、こうして遠方から眺めていると、大元のデータが発信されるより先にそれに対する反応が生じているように見える。因果律が、時間の流れが狂いはじめている。この狂いはいずれ、周辺の宇宙ごと文明圏を無に帰すだろう)
彼らが予定している破壊が完遂されても種族全体が絶滅する訳ではない。現在の文明の存続は困難になるだろうが、全てが消えるよりはよほど良い。因果律の乱れは種族の存在そのものを『最初から無かったこと』にしかねない。
オタロッサはためらいを捨てた。
地球人にはただの真空としか思えない宇宙空間を風をきるように疾駆する。星の虹を眺めつつ、これから破壊する文明圏の情報を記録し続けることも忘れない。
ためらっている間に予定よりほんの少し遅れが出たが、その程度は誤差の範囲であると切り捨てた。
目標の星系に侵入した。
ガス惑星とそれを取り巻く衛星たちが近づいてくる。
リング状の宇宙ステーションと巨大なヘリウムタンクも確認した。だが、彼の攻撃目標はそれではない。
恒星間宇宙船とその支援システム。それが宇宙を歪める元凶だ。それが存在するのは彼自身と比較できる大きさの中空の円筒型物体だ。
攻撃開始の直前、オタロッサは目標の文明圏の作法通りに通信システムを全開にした。
あらゆる周波帯、あらゆる通信方式でメッセージを発する。
「フハハハハ、愚かなる人間どもよ。我はついに来た。逃れることの出来ない神の怒り、裁きの鉄槌を受けるが良い!」
ノリノリであった。