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影と呼ばれた男  作者:
第2章  目覚め
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目覚め 1

 その朝,浩介は何かの気配を感じて目が覚めた。

「なんだ?」

そう思った瞬間,浩介の中にすごい量の情報が流れ込んできた。

この家の壁,屋根,ベッド,扉,階段,秘密の部屋の鍵・・・・・全てが浩介に自分を知って欲しいとアピールしてくる。頭が痛い。どこかに逃げたい。浩介は立ち上がって闇雲に走り出した。・・・と,浩介は,ドアを開けた覚えもないのにドアの外にいた。


「なんだったんだ?」

手を見る。普通の手だ。ドアに手をかける・・・ドアに・・え?浩介の手はドアに溶け込んでいた。

「うわっ」


浩介の声に目覚めたのか,向かいの部屋から局長が出てきた。

「どうした,浩介。」

「お・・・俺の手が・・・」

局長が側にやってきた。

「なんだ?何ともなってないぞ。」

浩介は手をまじまじと見た。それから手をドアに・・・吸い込まれた。

「・・」

「・・」

浩介は慌てて手を抜いた。

「もう一度やって見ろ。」

・・・入れる。

「出して見ろ。」

・・・出す・・・


・・・


「おまえ・・目覚めたな。そうか。今日がおまえの誕生日か。」

「え?」

「16になったから,封印されていたおまえの言霊・・・波動が目覚めたんだ。」


「波動?」

今やっている武道の一つに波動という技がある。そのことか?

「おそらく,いろいろな物の振動というかな。それを感じ取る力・・・同調する力・・・それが波動だな。」

・・・・・

物に同調する・・・


「おまえは優秀な諜報者になれそうだ。」

・・・・・諜報・・・

「俺の暗黒星が告げている。おまえは誰にも見つからず侵入することが出来るだろう。おまえは溶け込むことも出来るだろう・・・擬態もほぼ完全に出来るはずだ・・と」

「俺は・・・」

浩介にかすかにささやきかける波動。波動の呼びかけはどんどん大きくなっていく。


「もう少し寝ていろ。」

珍しく,局長は言い,浩介の肩を抱いてベッドに連れて行った。

「学園には休むと連絡しておく。」

局長はそう言って部屋を出て行った。


・・・・・


浩介はベッドで波動の声を聞いていた。自分に出来ること,出来ないこと。誰にも出来ないが,自分にだけは出来ること・・・・


 自分の属性は闇。人間にも悪と善があるように闇にも善もあれば悪もある・・・全ての闇が悪いのではない。全ての光が善ではないように・・・光と闇は背中合わせ。善と悪も背中合わせ。自分のとるべき道とは何だろう。


 浩介はドアを抜けたときの感触を思い出した。何とも言えない・・・あの感触。

 このままいけば・・諜報者にも,大泥棒にもなれそうだ。だが・・・どちらにもなりたくない・・・


 浩介は衝動的に起き上がり,服を着た。そのままポケットに無造作に財布を突っ込み,黙って家を出た。家の前の道を行くと,道は左右に分かれている。少し迷ったが,いつも学園に行く方の道は避けて反対側の道をどんどん進む。

 途中にあったバス停でバスに乗った浩介は,何回かバスを乗り継ぎ,いままで来たことのない街にいた。

 もう夜がそこまで来ている。浩介は急に空腹を覚えた。朝から何も食べていない。

 ふらふらと1軒の食堂に入った浩介は,おすすめの定食を注文した。窓の外は徐々に暗くなっていく。それと同時にあちこちできらびやかなネオンがついていくのだった。


 この街は華やかな街だった。明るいネオン。きらびやかな服の女達。酔っ払って歩く人達。座って外を見ている浩介には初めての光景だった。

 食べ終わった後,ようやく浩介は,これからどうしようかと考えた。帰るに帰れない。ここがどこか分からないし。

・・・黙って出てきてしまったことを,ようやくまずいと感じだした。

ひっきりなしに接触しようとしている波動の呼びかけを無視してここまで来た浩介だが・・・今は波動のことはともかく・・・これからどうしたらいいんだ・・・・

 食べ終わってもいつまでも動こうとしない浩介を,ちらちら見ていた食堂の給仕の女がやってきた。

「お客さん,この食堂は,これから酒場になるんだけど,見たとこまだ学生だろう?こんなところにいつまでもいるんじゃないよ。」

・・・

「はあ・・・あのう・・・」

「なんだい?」

「この辺に安く泊まれるところってありますか?」

浩介は意を決して尋ねた。女は浩介を値踏みするようにじっと見た。

それからにやりと笑って

「いいよ。私の所に泊めてやろうじゃないの。ちょっと待ってな。」

女は店の奥に何か一言声を掛けると,また浩介の所にやってきた。

「ついてきな。」

浩介は女の後について歩き出した。波動が何か伝えようとしているようだがそれも無視して浩介は歩いた。少し店の奥の路地を行ったところに,古ぼけたアパートがあった。そのアパートにある1つのドアの前で,女は立ち止まった。

「私はまだ仕事があるから。しばらく一人でも大丈夫だろ?」

浩介は頷いた。

「ありがとうございます。大丈夫です。でも,本当にお邪魔してもいいんですか?」

女は店に戻ろうとして歩き出していたが,浩介を振り向いてにやっと笑った。

「ちゃんと宿泊料はいただくよ。」

・・・・・

浩介は部屋に入った。意外にこぎれいに片付いているその部屋は,狭く,壁は何らかのシミだらけだった。


 部屋の中央に座った浩介は,周りの壁からの情報に焦りを覚えた。

 この部屋の主は・・・売春婦だった?。壁の記憶が浩介を襲う・・うわっ・・

・・一つのシミが血の臭いを教える・・・殺人・・・ここで? 他のシミも訴える。暴力・・悲鳴・・ナイフのきらめき・・・

この部屋には耐えられない。


浩介が耐えられずに立ち上がり,ドアの所に向かおうとしたとき,不意にドアが開いた。


・・・・・

「浩介?」

・・・・・だれ?

・・・・・

「俺だ。速見だ。」

低い小さな声。

速見とは似ても似つかぬ顔と声がそこにあった。


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