闇
・・・浩介
その夜・・俺はこっそり起き上がった。多一郎はよく眠っている。そっと俺は壁に溶け込むと同時に擬態を解く。滑るように移動する。
木が見た記憶。庭での戦い。沢山の血。その後戻った広間の記憶・・血・・血・・・血だ。もしかしたら・・・ここの煌王夫婦は本人達ではないのかもしれない。百華はどうだ?嫌な気配はなかった。母親は・・・嫌な気配ではなかったが・・妙な気配だった。
滑るように壁の中を移動しながら怪しげな仕掛けを解除していくのを忘れない。
壁が俺を案内してくれる。煌王夫婦の部屋だ・・・夫婦はちょうど・・・まずい。
・・・・・見ないようにして金庫の前に移動する。金庫の中を確認していると,睦言が聞こえてきた。
「ねえ。・・あ・・。」
「・・どうした?」
「あ・・あの多一郎の友だち。」
ひときわ高く嬌声が響き,静かになった。何が言いたいのだろう?その間にも手は休めない。
・・・重要な書類のたぐいはこの金庫にはなさそうだ。あるのは金と宝石。次に移動するか。だがあの言葉の続きを聞きたい。
ガサガサ後始末をする音が聞こえる。
俺はこういうのが苦手だ。訓練だといって速見や沢にいろいろ連れて行ってもらってはいたが・・・大体途中で逃げ出していた・・・が・・今は逃げるわけにはいかない・・・
しばらく待つと,また声が聞こえた。
「大宮の言いつけ通り,薬をまぜたお菓子を出したんだけど」
「どうした?」
「多一郎が断ってきたの」
「多一郎か。あいつは少し警戒した方がいいかもしれんな。」
「一緒に来ている光太郎って子よりも?」
「うむ。あまり側にいるとばれるやもしれん。」
確かに擬態している奴らだと言うことは俺には分かる・・・多一郎にばれると言うことは・・あいつは目聡いから,以前あった夫婦と違うってことを敏感に感じ取るってことだ。すでにうすうす感じてるようだったが・・
・・・
この二人は大宮とはどういう関係なんだ?
「大宮の言うとおりにしていれば,このまま贅沢三昧だ。」
「百華も少し疑ってきたような気がするのよね。」
「百華か・・まあ。まだ子どもだ。15を過ぎるまでは,何も出来まいさ。」
ここまで聞けば沢山だ。俺はそっとまた移動した。大宮の部屋は3階にあるという。移動しているうちに,百華の部屋にたどり着いた。そっとのぞき込む。大人びたことを言うが,まだ子どもだ。
「だれかいるの?」
まずい。なかなか目聡い。
また壁を移動する。時々自分のベッドの辺りまで確認の触手を伸ばすのを忘れない。トイレに鍵を掛けておいたので,いざとなったらトイレに滑り込むだけだが。
3階に行くと,妙な気配はますます大きくなっていく・・・体が重くなるようだ・・・
・・大宮の部屋。奴は眠っていなかった。なにやら光る物を出してそこに向かって呪文を唱えている。なんだ?呪文・・珍しいな。
やがて光る物から黒いもやがわっと出てきた。そのもやに包まれて大宮は声を殺して笑っている・・・なんなんだ?
バタン・・戸が開いた。
「大宮!!!」
まさか。速見さん?
「覚悟しろ。」
銃?
大宮の手が不穏な動きをしている。もやが速見さんに襲いかかっていく・・・速見さんは銃を取り落として倒れた。黒いもやに包まれてもがき,苦しんでいる・・まずい。
なにか・・・壁が教える・・あの光る物を壊せと。
俺は波動を思いきり光る物にぶつけた。ドッカ~ンという音とともに光る物は粉々に砕けた。
「うわあ!!!!!」
大宮が倒れる。速見さん。俺は浩介に実体化して速見さんを抱き上げた。銃を拾うのも忘れない。
「浩介か?」
「しっ」
誰か来る。
俺は速見さんを抱えたまま壁に念ずる・・壁が動く。俺たちの前に。そして部屋は向こうに消えた。
「浩介,おまえ・・・」
俺は銃を速見さんに返しながら,
「俺は元のところにもどります。速見さんも大丈夫ですね?」
と聞いた。
「ああ。」
俺は速見さんの背後に走り込んだ。
「おい?」
速見さんは俺を一瞬で見失った様に感じただろう。俺のこの力は誰にも見せるわけにはいかないのだ。
俺がトイレに飛び込むのと,トイレをノックする音はほとんど同時だったに違いない。素早く擬態し,自分をざっと点検する。その間にもドアは何度もたたかれる。
「待ってよ。今出るから。」
トイレのドアを開けて,
「どうしたの」
と聞いたら多一郎は
「今の爆発音,何だったんだ?」
と聞き返してきた。
「いや。俺ずっとトイレにいたから分からん。」
「見に行くか?」
「危なくないか?」
「そこはなんとも・・」
・・・・・・
二人でしばらくわやわや言っていると,ドアを開けて,隣の部屋に宿泊していた吉沢が入ってきた。すでにあちこち行って情報を集めていたらしい。少し息を弾ませていた。
「どうも3階付近で爆発があったようです。幸い火事にはなっていないようですが,一人死んだようだと言っていました。」
早く服を着て・・・吉沢は俺たちをせかす。
大宮か?まさか速見さんじゃないだろうな。俺はよっぽど険しい顔をしたんだろうか
「大丈夫か?」
多一郎が聞いてきた。
「いや。人が死ぬなんて嫌だと思ってさ。」
服を着た俺たちに吉沢が言った。
「さあ。帰りますよ。」
え?二人で顔を見合わせた。それから吉沢に,
「黙って帰るわけに行かないだろう,煌王夫妻に挨拶しなければ。」
と多一郎が言った。
「そのご夫妻が,早く帰るようにと言ってきたんですよ。」
俺たちは顔を見合わせた。
「おかしいな。」
「確かに。」
あの二人は偽物だ。その黒幕の大宮が死んだとしたら・・・二人はどうするか・・逃げ出すに違いない。
俺は思わず走り出していた。多一郎も付いてくる。その後ろは吉沢だ。ちっ。壁には溶け込めない。
仕方ない。走る・・俺たちは煌王の部屋まで難なくたどり着けた。
バタンと戸をあけると・・・
「何してるんですか?」
二人はありったけの宝石だのお金だのをトランクに詰めているところだった。
こちらを振り向いたその顔は,昼間見た顔ではない。これは・・・大宮の術が解けたのか。
「だれだ?」
・・・
「だれかきてきださ~い」
「泥棒がいま~す!!!」
吉沢はおそらく煌王だった男ととっくみあいを始めた。強い。あっという間に吉沢は男を組み伏せる。女の方には俺たちが飛びかかった。二人がかりだ。女の方もあっけなく組み伏せられる。もちろん俺が気づかれないように落としたんだが。
俺たちが上げた大声に警備の者達が走ってきた。
二人はたちまち捕らえられ・・
「煌王ご夫妻はどこだ?」
「誘拐か」
と言う騒ぎになった。そこへ百華がやってきた。
一目見てすべて悟った百華は
「この二人がお父様とお母様になりすましていたのよ。お父様とお母様の行方を白状させて」
と言った。
百華は前から二人のことをおかしいと感じていたらしい。それも,大宮が来てからだという。
「大宮が死んだと聞いたわ。もしかしたら大宮がこの二人を操っていたのかもしれないわ。徹底的に調査してちょうだい。」
まだ12歳ながら,すでに一国を背負う者としての自覚のこもった声に,俺も,多一郎もただただ感服するばかりだった。
「お茶のご用意が出来ています。」
声に振り向いた俺たちは,執事姿の男を見た。
「服部。」
百華がつぶやく。速見さんだ。無事逃げられたんだな。そうかここでは服部と名乗っているのか・・・
「ありがとう。」
「いいえ。こういうときは落ち着くのが一番です。」
百華の部屋に行った俺たちにもお茶とお菓子が振る舞われた。
ちょうど飢餓感が募ってきていたところなのでちょうどいい。いや。それを見越して持ってきてくれたんだな。
「こんなことになってしまって。明るくなったらお見送りさせてね。
・・・これからはパーティなどと浮かれていられないわ・・・私がしっかりしなければ。」
最後は消えるようにつぶやく百華。俺の心は痛んだが,仕方のないことだ。俺が大宮を殺した。話も聞かずに。知りたかったことは闇の中のままだ・・・
俺たちは部屋に戻った。警察やら報道関係者やらが慌ただしく宮殿を行き来している。俺は,
「爆発した部屋を見に行く。」
と言って部屋を飛び出した。後ろをやはり多一郎が付いてくる。その後ろはまたしても吉沢だ・・・この男・・・
部屋にはテープが貼られ,誰も入れないようにして沢山の警察の人間が動いていた。
そのうちの一人が,俺たちを見て,
「子どもは危ない。あっちに行きなさい。」
と言ってきた。多一郎と吉沢が,その男と押し問答をしている間に俺はテープを乗り越えた。
部屋を見る。俺の波動の後。壁に残る血の跡。一瞬で壁の記憶を読み取った俺はすぐ引き返した。多一郎。ありがとう。俺は手で語りかけた。
多一郎は
「ごめんなさい。ちょっと見たかっただけなんです。」
と言って吉沢を促し,俺と一緒に部屋に戻っていった。
自分の荷物をまとめて戻っておいでよ。と言われた吉沢が部屋を出てから,多一郎が俺に話しかけてきた。
「何か分かったのか?」
「いや・・・」
「大宮だったのか?おまえの探していた奴。」
俺は驚いた。
「なぜ?」
「おまえ,さりげにきょろきょろしていただろ?大宮が出てきたら見ないようにしてるしさ。
何があるんだろうって思ってたんだ。」
こいつ・・・6歳のくせしてすげえ。いや。いや。俺が未熟なのか・・・
「恩のある人に悪いことをした人間だと聞いていたんだ。」
「そうか・・・」
「ああ。今となっては分からんがな。」
「死んでしまったんだもんなあ。」
それからじきに夜が明けた。
俺たちは迎えの車に乗ってすぐ爆睡してしまった。間諜としては失格だな。
夢の中で俺は父と会った。
「お父さん。敵は取ったよ。」
父親は笑っていた。あのロケットの写真のように。
帰ってから情報を整理した。大宮はおそらく15~6年前の父が扮した助手にまちがいない。父を利用して何かを召喚した。その何かとは多分あの光っていたもの。大宮は,多分,助手の振りしていたのだ。だが,実は助手ではなかった。おそらく教授その人だったのだ。ただ浩介の父をおびき寄せるためにだけ・・・助手の振りをし,北国に行ったと見せかけて・・・
あの壁は俺に語った。普段は大宮の姿で過ごしていたが,誰もいなくなると60がらみの教授の姿になっていたこと。部屋にある光の球?だったのか?あれはを見て,なにやら呪文を唱えること・・・すると黒いもやが出てくること。そのもやを自在に操れるよう毎晩練習していたこと。
その黒いもやの力でおそらく煌王夫妻をどうにかして,大宮として入り込んだのか?入り込んでから煌王夫妻をどうにかしたのか。その辺りは分からない。情報を局長に送り,さらに調査,判断をしてもらうしかない。
・・・あのもやは,多分闇そのもの・・・闇を操る・・・奴は闇の神官だったのに違いない。一人だったのか?その辺りはこの姿では探りきれない。速見さんが帰るのを待つしかない。俺は茨城の家に向かう車の中でそんなことを考えていた。




