小学園
・・・浩介は今,東国にある板東学園の入学式に臨んでいた。もちろん6歳の姿でだ。
あの誕生日の日から浩介は,毎日地下で子どもの姿に擬態する練習を重ねてきた。
・・・怪しまれないように,しゃべり方,歩き方,走り方,動き方・・・全てが特訓の対象だった。最後は神殿の幼稚部に紛れ込み,神官や他の子ども達から不審に思われないか溶け込めるかの訓練まで行った。
そこに預けられていた息子を迎えに来たという設定で,東国にいる外交官がやってきた。浩介は,その外交官の息子として,その外交官と一緒に東国に行くことになっていた。外交官は,浩介を見て不安がった。
車で移動中に前との仕切りを下ろし,話が聞こえないようにした後で,おもむろに,
「本当に22の男なのかね?どう見ても子どもにしか見えないんだが。」
ときいてきたのだ。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると,僕としてもうれしいです。」
「ふうむ。まあ。ダークの推薦だ。信用するしかないんだが。」
「局長と親しいんですか?」
「まあ。そうだな。」
・・・・・もしかしたら・・この男が父を連れ帰ってきてくれた仲間だったんだろうか?
親しくなったら是非聞いてみたい。浩介は思ったが,ここでは,素知らぬ振りをして会話を続けた。
「早速ですが,僕のことはなんと?」
「うむ。茨城 光太郎と名乗ってくれ。」
「光太郎ですか?」
「そうだ。光太郎というのはいい名前じゃないか。」
・・・・・光太郎。それは父の名だ。やはり・・・。局長はこの男には俺のことは言ってないんだろうか。
「まあ。リラックスしていくか。
ダークから,君は大人の3倍は食べると聞いている。
擬態で相当のエネルギーを使うんだろうな。」
「まあ。そうですね。エネルギーが切れると,擬態が解けてしまう上に倒れてしまいます。なので,高カロリーのキャンディーは必需品ですね。」
そうか・・・おそらく茨城というその男は,浩介の方を向いて浩介をじっと見た。
今の浩介は,自分の小さい頃とは似ても似つかぬ姿だ。髪の色もその男に合わせて褐色にしているし,目元や口元も見せてもらった写真を見て似せるようにしている。
「ふうむ。俺のミニチュアを見ているようで落ち着かないな。ふふふ・・・。
夜は普段の姿に戻るのかね?」
浩介は笑った。
「見つかる恐れがあるところでは擬態のままですよ。公邸に入るんでしょう?なら,使用人の方など多いんじゃないですか?そういう所では,決して解きませんよ。」
そうか・・・
「ただ,食卓には菜の花が沢山必要です。」
「菜の花?」
「僕の体は菜の花を欲しているんです。」
「それは初耳だな。」
「菜の花は中都国では割合に多いんですが・・・東国ではどうなんでしょうか。」
ううむ。茨城は首をひねった。
「あまり聞かないな・・・そう言えば・・・
中都国で今,菜の花を錠剤にしようと動いている学園がある。そこで試験的に作っている錠剤を取り寄せてやろう。」
「ありがとうございます。局長からも,少し調達してもらってきたのですが,そうしてもらえると助かります。」
いつの間にか,車は中都国と東国の国境の町に到着した。
簡単な手続きの後,車は中都国を離れ,東国の中心地へ向かっていった。
入園式は浩介・・いやここからは光太郎と呼ぼう。・・・光太郎達新入生の入場から始まった。隣の席の子どもと手をつないで入場する。その隣の席の子どもが東国の煌王の息子だったのはいささかできすぎの感がある。そんなことはおくびにも出さず,光太郎は楽しそうな振りをして手をつないで歩いて行った。
学園長による呼名の後,長々とした話を聞かせられる・・・子ども達はあっちを向いたりこっちを向いたり忙しい。光太郎もそれに乗じてあちこちを見回し,波動で探っていった。職員の中に何人か擬態している者がいた。敵か?それとも?
教室は1階で,外に出やすい構造だ。ここのどこで人体実験がなされたのだろう。光太郎は「父」をじっと見た。「父」は窓の外を見ていた。どこを?目線の先にあるのはなんだ?
後で分かったが,その先には大学園の研究棟があったのだった。
大学園の研究棟・・・そこで何があったのだろう。
俺が小学園のチビを装うのはなぜか・・・この隣の席のふっくらしたチビと親しくなるためだ。こんな奴とか・・・うんざりだな。
おや。周りにいる奴ら・・・三人ほど銃を懐に入れているぞ。小学園に銃・・・煌王の息子とやらがその真ん中に立っている。煌王の孫ねえ・・・ふん。護衛って訳だ。二人は息子に。一人は孫に・・・かな。毎日こんな奴らが来るわけじゃないだろうな。
緊張からか,猛烈な飢餓感が光太郎を襲った。まずい・・・光太郎はこっそり口の中に錠剤を放り込んだ。
「おまえ,今何口に入れたんだ。」
まずい。こいつ目がいいんだな。
「薬だよ。」
「薬?」
「僕,ぜんそくもちなんだ。だから発作が起きる前に薬を飲むんだよ。」
「へえ。大変なんだな。」
おや。こいつ,なかなかいい奴かもしれないぞ。
「そうだね。だから,僕がなにか口に入れていても,気にしないでくれると助かるよ。」
「分かった。ところで俺は東国多一郎って言うんだ。君の名前は?」
「俺は茨城光太郎さ。よろしくな。」
何かあっけない位,簡単に友だち関係になれた光太郎だった。
小さい男の子の気持ちをつかむ練習で,ゲームや,興味を持ちそうな乗り物,冒険者の物語など幅広く勉強してきた光太郎には,多一郎の心をつかむことは簡単だった。もちろん,多一郎だけでなく,クラスの他の男の子達ともすぐ仲良くなれた。
ぜんそく設定のため,体育が出来ないことになっていたので,激しい遊びの時は,参謀として脇に立ってみていると言う訳の分からない立場にも置かれていた。
2年生とのボールを使っての勝負ごとの時,光太郎の立てた作戦を多一郎が実践し,2年生に大勝利したときは,光太郎も思わず飛び上がって喜んだほどだった。
こうして夏休みまであと少しと言うとき,多一郎が,帰ろうとしている光太郎に声を掛けてきた。
「なあ。夏休み、俺と一緒に避暑に行かないか?」
「ううん。親父に聞いてみるよ。それから返事をするのでもいいかい?」
多一郎は顔をぱっと輝かせた。
「うん。いい返事を期待してるよ。」
「行き先はどこなんだい?」
「北国さ。」
「へえ・・・」
夜,光太郎の話を聞いた茨城は,ふうむ・・・と首をひねった。
「何で北国まで行くのか・・・何かあるのか・・・まさか・・・」
「まさかとは?」
しばらく黙っていた茨城は周りをきょろきょろ見回した。
「大丈夫です。盗聴器もないし,この近くに人はいません。でも,用心して小さい声で話せば・・・」
「そうだったな。君には,周りに様子が分かるとダークから聞いていたのに,つい君の今の姿に惑わされてしまってな。」
・・・・・
「15年位前,この国で事件があったんだ。」
「人体実験ですか?」
茨城は目を見開いた。
「知っているのか?」
「詳しくは知りません。教えていただければ,これからの動きに役立ちます。」
「人体実験・・・あれをそう言えばそうなのかもしれない・・・」
茨城は遠くを見つめるような目をして・・・・
それから・・・ぽつんと・・・こうたろう・・・とつぶやいた。
あのとき俺たちは,不審な動きがあるとのたれ込みで,潜入調査をし始めたばかりだった。光太郎というのは俺の相棒でな。俺は大学園の守衛として。奴は助手として入り込んだんだ。俺はともかく,相棒は擬態が得意だったのさ。本物の助手には北国行きの旅行券が当たったと言うことで,ちょいと旅行に行ってもらったんだ。そこで奴は,大変なことを見つけたのさ。
界渡り・・・知っているか?俺たちの世界と重なり合うようにしてこの世にはいくつかの世界があるんだそうだ。そういう世界から何かを呼び寄せようとして,沢山の生け贄を捧げていると言うんだ。呼び寄せようとしているのは70がらみの男で,ロザリア語の教授だったんだな。そいつがなんだか他の奴らとも様子がちがうってんだ。
明日大がかりな生け贄召喚があるらしい。そんなことを聞いてきた光太郎に,俺は,応援が来るまで待てと言ったんだが・・・早くけりを付けて息子の所に帰りたいと言うんだ。そして俺に首に提げていた何だろうな。写真入りのペンダントかそれを見せるんだよ。それからちょっとこれを預かっていてくれって言ってな・・・それっきりさ・・・
大がかりな生け贄に・・・されたのはあいつだったのさ。あいつをおびき寄せるためにえさをまいたんだと気づいたのは,あいつらが闇の神官だったって事が国からの別のルートで判明したからさ。
俺はあわてて生け贄を捧げていた部屋を探して学園中を走り回って・・・ようやくたどり着いたんだが・・・・全てが終わっていたんだ。
何らかの召喚が行われたんだろう部屋には誰一人いない・・・いや・・・光太郎がいた・・・俺は奴の破片を集めて・・・持ち帰ったのさ・・・応援を待つまでもなくな・・・
そう語った後,茨城は光太郎・・浩介を見た。
「だからおまえの名前は光太郎だが,・・・死ぬなよ。」
北国に旅行に行ったという光太郎が扮していた助手・・・もしかしたら,彼も闇の神官の仲間だったのかもしれない。あまりにもすんなり成り代わることができすぎたからな・・独り言のようにつぶやいた後,
「行ってこい。行って見極めてこい。」
と茨城は言った。




