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色彩  作者: 蒼依ゆき
第一章
9/37

308号室、藍色。

※この話から少々、地の文章の書き方と言うか形が変わります。

 これまでの話に一切影響はありませんが、ただ文章を書く上でせめて基本だ

 けでもと思い今回から変更していこうと決めました。前話も徐々に変えてい

 きますので、よろしくお願い致します。














ノックの後に恐る恐る開けた戸の先にはこちらに視線を向けている白石さんがいた。


 いつもなら窓の外を見ているか、俯いているかのため一瞬ドキッとする。もしかして目が見えるようになったの?耳が聞こえるの?って少し期待してしまうから。



「白石さん?」



 しかし案の定と言うか、白石さんは俺の声掛けにピクリとも反応を示そうとしなかった。


 その事実に安心したような、そうでないような複雑な感情に襲われながらも一つ息を吐いてトントンと遠慮がちに肩を叩いた。



「こんにちは…くろいわさん、ですか?」



 俺の所作に驚いたのか、少し肩を揺らしながらもおずおずと挨拶をしてくれる。これはいつものことだ。そして俺もいつも通り手のひらに『○』を書く。その時の白石さんのホッとする表情を見るとなんだか俺もホッとしてしまうのだ。



「今日はどうかされたのですか?」



 そして続けられた質問に俺も首を傾げる。どうかしたことと言えば白石さんのお兄さんに会ったことくらいだ。それ以外で思い当たる出来事なんて思い浮かばなかった。


 俺はすぐ傍にあった椅子に腰を下ろして白石さんと同じ目線になってから、『?』と書く。


 最近になって会話をするコツを掴んできたわけだけど、最初は必死に文字を書こうとしたせいで文章がダラダラ長くなって白石さんを困らせたこともあったな。まぁそこの話はまたいつかってことで、とりあえず人間の成長って素晴らしい。



「あ、えっと、今日はなんだか来るのが遅いなぁ…って感じて、」


『わかるの?』


「なんとなくです」



 とても驚いたのは言うまでもない。言い方は可笑しいかもだけど、彼女は時間なんてない世界で生きているのだと思っていたから。俺は分かりやすい言葉を選ぶようにしてゆっくりと手のひらに続けて書く。



「兄…会う…?どなたのですか?」


 白石さんは言葉は理解したが、その意味を理解できていないようで首を傾げていた。


 俺はなんとか言葉が通じたことにホッとする。本人も手書き文字には慣れていないらしく、漢字を使うと通じないことも多いし、だからと言って平仮名ばかりだと分かりにくかったりするみたいだ。


 まぁ、ナカさんの話では目や耳に関しては後天的なものらしいから手書き文字自体に慣れていないのは仕方のないことだけど。


 ちなみに俺は話すときに言葉と言葉の間に一度だけ指でチョンと押すことで区切りをつけるようにしている。例えば今の『兄』と「会う」の場合は『兄』チョン『会う』って感じだ。その方が分かりやすいと聞いたのだ。



「白石さん…私の、ですか?」



 肯定ということで『○』と書くと白石さんはかなり驚いたようで、動揺していた。〝まさか自分に兄がいたなんて〟みたいな反応にしか見えないんだけど、これってもしかして複雑なお家事情ってやつなの?お兄さんの存在今まで知らなかったの、的なあれなの?



「あ、えっと…兄はいつから?」



 と、思ったがどうやら違ったようだ。俺が黙ると白石さんは慌てて質問を返してくれた。それにまたホッとする。複雑なお家事情とかじゃなくて本当に良かった。だってこれドラマとかだったら余計なこと喋った俺とか完全に死亡確定じゃん。



「30分…そうですか」


『屋上 はなした』


「はなした…あぁ、兄とお話しされたのですか?」


『時間 とって ごめん』



 謝る俺に不思議そうにする白石さんの手の平に『お兄さん と きみ の』と書けば理解してくれたのか首を横に振り、何も話していないのでと言った。その表情からは何も読み取れなかったが、いつからかは分からないけれどずっとここに2人きりだったのに何も話していないのは変だなとは思った。


「ここ、いた…兄はずっとここにいたのですか?」


「え」



 まるでいたことを知らなかったかのような反応で返された俺の思考は一時停止しつつも、とりあえず『○』とだけ書く。すると白石さんは「そうですか」と言って俯き黙ってしまった。


 また俺はマズイことを口走ってしまったのだろうか。ナカさんと喧嘩中とか?いや、この2人が喧嘩している姿なんて想像できない。


 俺は顔を上げて白石さんの顔を見た。白石さんは何かを考えている様で、ずっと口を閉ざしたままだ。たぶん今は俺のことも忘れているだろう。


 そこで俺は気づいた。気づいてしまった。ナカさんのことを話した瞬間に白石さんの様子が微妙になった理由を。自然と手を握る力が強くなる。



「くろいわ、さん…?」



 もしかしてナカさんは来たばかりで、今まさに彼女に声をかけようとした時にタイミング悪く俺が来ちゃったんじゃ……!!それならナカさんが病室の隅っこにいた理由も分かる!そう、来たばかりだった!


 もしそうだとしたらナカさんに大いなる謝罪をしなければならない。なぜなら、わざわざ病院まで来たにも関わらずヒトコトも妹と話せずに帰ることになっているのだから。



「ごめん、なさい?」



 俺はそれだけ書いて白石さんの手を握りぶんぶんと上下に揺らした。この行動に意味はなかったけれど、今にも謝りに行きたいのにナカさんの連絡先も分からなくて何もできないことへの申し訳なさと、白石さんに対する申し訳なさで一杯すぎて、なんかもうごめんなさい状態なのだ。


 だからただひたすらに手を握りぶんぶんと揺らした。



「ふっ…」


「ふ?」


「ふふっ、あはっ…あははっ!ごめっなさい…でも、くろいわさんちょっと変です」



 キョトンとしていた白石さんは、ごめんなさいと言いつつ握手状態の俺が相当面白かったらしく、涙を流して笑っていた。


 白石さんに出会って早2週間くらいだが、こんなに笑っている姿を見たのは初めてで。


 俺は何がなんだか、と言う感じで話についていけなかったけど白石さんの笑った顔が見ることができたし、なんだか楽しそうだからもういいかなって思った。


 いつもより遅くきたせいか、窓の外は既に陽が落ちて薄暗い。


 病室前に立っている木にはスズメが2匹、キョロキョロと何かを探しているようにそこにいた。


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