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色彩  作者: 蒼依ゆき
第一章
7/37

308号室、姉。

どれくらい泣き続けたか、それは分からないけれど目が腫れて開かなくなっているぐらい泣き続けたってことは分かる。


でもこれは悲しいからできた目の腫れではない。

ここは病院の病室308号室。


数分前まで私は悲しくて泣きそうになっていたのに。





私はいつ目を覚ますかも分からない最愛の弟の元へ、いつものように向かっていた。


病室へと向かう足取りは自然と重くなる。

今日で那津(なつ)が目を覚まさないで一週間が経っていた。

まだ目を覚まさないの?あんたまでいなくなったら私は…


さっき担当のお医者様から、打ち所が悪ければ後遺症が残ってしまう事や、最悪の場合一生目を覚まさないことも覚悟しておくようにと言われた。


だから目の前のドアがとても大きなものに見えて。

正直開けるのが怖かったし、逃げ出したいと思った。


でも、



「え?」



かすかにだけど、物音が聞こえた気がしたのだ。

でも本当に小さな音で自信はなかったから恐る恐るドアを開けた。

そこには、目を開けて外を眩しそうに見る弟の姿があって。

私は無意識のうちに飛びついてしまっていたのだ。


それが少し前の話。



「とりあえずこんな感じ。まだあんたを引き殺したやつは見つかっていないみたい」


「まっ、殺さ、」



うまく発せられない声でいつものような会話をしようとしている目の前の弟に思わず笑みがこぼれる。


しかし声がうまく出せない当人はなんとも歯がゆそうだ。


あぁ、生きてるんだね。

そんな姿を見てどうしようもなく嬉しくなった。


やばいなぁ、また泣きそう。

涙は母さんと父さんがいなくなった時に出し切ったと思ったのに。



「じゃあ私はちょっと出るけど、もうそろそろで先生が来ると思うから」



私は先ほど呼び出しボタンで呼んだ先生に会う前に、一度顔を洗いに行こうと思い病室を出た。


泣き顔なんて他の人には見られたくはないけど、病室の近くにお手洗いがあるためサッと行って帰って来れるし。お手洗いが近いって便利。



「大丈夫ですか?」


「え?」



突然後ろから声をかけられ、思わず振り向けばそこには知らない男の人が立っていた。


見た目は若く見える。

きっと私と同じか、ちょっと上ぐらいだろう。


私は一瞬誰だろう?とか思ったけど、自分が今どれだけ酷い顔をしているか思い出しすぐ顔を伏せる。



「あの、すみません、どなたでしょうか?」



私が控えめにそう問いかけると、目の前の男性はなんだか申し訳なさそうに「えっと、」と声を洩らした。



「突然すみません、あなたが泣いているように見えたもので…」



気になってあとを追ってきちゃいました、と気づいたら身体が動いてましたと言う雰囲気の男性。


考えるより体が先に動いてしまうような人なのだろう、悪い人ではなさそうだ。



「なんだか心配をかけてしまったみたいですみません、私は大丈夫です。嬉し泣きでしたので」



私はそう言って顔を上げ、笑えば男性は目をキョロキョロとさせ、良かったと言って小さく笑みをかえしてくれた。


しかしなんだか、この人の方が泣いてしまいそうに見える。

なぜかは分からないけれど、何かを我慢しているように見えた。



「何かいいことがあったんですか?」


「あ、はい。ずっと眠ってい弟がついさっき目を覚ましてくれて…普段は泣かないんですけど、今日はちょっと駄目でした」



照れくさくなって、私ははにかんだ。

すると驚いたように目を見開く男性が見えた。

その表情はとても複雑そうだ。



「僕の妹も、ついさっき目を覚ましたんです」



少し考える素振りをして、男性が放ったヒトコトはとても喜ばしい事だった。


偶然だけど、同じ日に昏睡状態だった2人が目を覚ますだなんて、今日ほど恵まれている日はないと思う。


しかし私がよかったですね、と声をかけても男性はなんだか浮かない表情で俯いてしまった。そしてまた泣きそうな顔で笑ったのだ。


一体何でそんな表情(かお)をするのか、それもさっきからずっと。

初対面の人なのに、なんだか放っておけない。



「どうかされたんですか?」



踏み込んで聞いてもいいことなのか、少し迷った。

案の定、彼は気まずそうに目をそらす。

聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろう。


これは私の判断ミスだ。

しかし、なんとかしてあげたいって思ってしまったのだ。


そんなうじうじした顔なんて見せるなって話です。

泣き顔の私が言うのもあれだけどさ。



「あの、」


「言いたくないのなら構わないです、すみません無神経に聞いてしまって」


「あ、いえ」


「でも、私でよければいつでもお話聞きますよ。私は毎日この病院に来てますから」


「でも」


「正直そんなうじうじした顔でほっつき歩かれると困るんです、だから」



私は言葉を詰まらせる彼にそれだけ言って背中を叩いた。

結構強く叩きすぎてしまったようで、ゲホッとせき込む彼に慌てて謝ったのは言うまでもない。


それでも笑顔で許してくれた彼は、きっと弱くはないんだと思う。

一体何があったのか、本当に気にはなるが今日はこれ以上聞けないし。



「ありがとうございます、じゃあ僕はもう戻ります」


「はい、じゃあ私も」


「目、ちゃんと冷やしてくださいね」



それだけ言って彼は背を向けた。


あぁ、なるほど。

那津(なつ)に似てるんだ。


そう言って笑った、名も知らない彼の顔を見て納得した。

だから放っておけないんだと。


自分のブラコンっぷりに呆れてしまうが、それも仕方のない事だ。

さて、そろそろ戻らないと先生来てるかも。


私は彼の背中を見送ってから、急いでお手洗いに入ったのだった。

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