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色彩  作者: 蒼依ゆき
第一章
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306号室、純色。

私の部屋に知らない人が来るようになった。


と言ってもまだ一週間ぐらいなのだけど、それでも毎日のように私の病室へと足を運んでくれるこの人は一体誰なのだろうか。









一週間前、私はいつものように目には映らない外の景色をただ眺めていた。


音すら聞こえない私の世界には何も無くって。

晴れなのか雨なのか、それとも曇なのか。


それすらも分からない私は少し憂鬱になっていたんだと思う。

そんな時に"彼女"が来た。



突然叩かれた肩に正直心臓が泊まるかと思った。

世界と遮断されてから私は誰かと関わることも殆ど無かったからなおさらで。


目が見えないくせに辺りをキョロキョロしちゃって、今考えると恥ずかしいなって思う。


そして私のところに来るのは、今の記憶の中で思いつくのは松川先生か私の家族…らしい人たちぐらいしかいなかったから、そのどちらかかなって思った。


松川先生は結構定期的に私の所へ来てくださるから。


家族の方たちも頻繁に来られるけど、肩を叩かれた時に感じたものはその家族のものとは違うものだった。


だからあの時は松川先生だと思たんだ。


だけど、いつものように手を差し出してみても反応がなく、ここに来たのは松川先生では無いってことぐらいはなんとなく感じてとれた。



手書き文字。



それは私がここで入院を始めたときに知った会話方法。


私みたいに目が見えない、耳も聞こえないって言う人はいるみたいで、そういう人たちが使う会話方法らしい。


他にも触手話、点字筆記、指点字、 ローマ字式指文字みたいにたくさんの会話方法 (まだまだあったが、覚えていない)があるらしいのだけど私は今更点字とか覚えられない気がするし、こっちの方法にしてもらった。


松川先生も、私はまた見えるようになる可能性があるから好きな方でいいよって言ってくれたのだ。


きっと点字のほうが今後も会話では役に立つんだろうけど…それ以前に私は会話をすることを嫌っているらしい。


らしい、と言う言い方は他人事みたいに聞こえるかもしれないけど、本当に「らしい」なんだ。


なんとなく、私自身が嫌だって叫んでる気がして…でも、記憶がない私はなんで嫌なのかわからなくて。


だから、肩を叩かれたのにそれから何も反応がなかったときは気のせいだったのかな、とか少し安心してしまったりして。


でも、一応声はかけとかないと駄目だと思ったから声をかけた。



「…すみません、どなたですか?」



多分これが彼女を家族や松川先生意外だと認識してからした、初めての会話。

でも大変だったのはその後だった。


いきなり背中に触られるし、名言里芋とかちょっとよく分からないことも言い出すし。まぁ、あれは私の聞き間違いみたいなものだったけれど…


彼女もきっと一生懸命だったんだと思う。

私に言葉を伝えることは大変だから。


私も一生懸命理解しようと、少しでも大変さを軽減してもらうために頑張った。



そこで知ったことは少しだけ。


くろいわなつさん。

ここの病院に入院している人。

部屋を間違えてしまったこと。

同じような感じの名前ってこと。


確かに名前は一文字違うだけだった。


それでも間違えてしまうなんて結構おっちょこちょいなのかな、なんて初対面ながら失礼なこと思ったりして。


それで、名前を聞いてきっと女の子だなって思ったから、なんだか初めて女の子の友達が出来た気がして嬉しかった。


ほら、私記憶もないし。


不安だらけの日常の始まりだった。

周りはみんな私の知らない人たち。


真っ暗闇、無音。

安心感と不安感。


何も見えなくなる。


ポン、肩を叩かれた。

その大きくない手のひらは私を優しく呼び起こす。



「くろいわさんですか?」



私が自信なく問いかければ背中に“○”と書かれる。

彼女はいつも私を呼ぶ時は優しく一回、肩を叩いてくれる。

こうやって私たちはお互いのことを認識しているのだ。


しかし今日はなんだか間が長い。

いつもはこの後すぐに今日あったこととか、天気のこととか話してくれるのに。


私はどうかしたのかと思い、口を開こうとしたが

そのまま閉ざした。



「くろいわ、さん?」



突然触れられた手に、一瞬ドキッとする。

きっとくろいわさんの手なのだろう。


なんだか私の手に触れるその手がぎこちない。

まるで壊れ物を扱うみたいで、胸の奥がフワッとなった。


そしてぎこちない動きでゆっくりと書かれたのは「ごめん」のヒトコト。

これは何に対しての謝罪なのか、そんなことを考えていると「てがきもじ」と続けられた。


てがきもじ…あぁ、手書き文字。

言葉の意味をやっと理解した私は彼女の言いたいことを理解した。


きっとずっと背中で会話していたことを申し訳なく感じているのだろう。

それよりもむしろ話し相手に背を向けている私の方が失礼だと思う。



「気にしないで下さい、私も言っていませんでしたから」



困ったように言う私の手をギュッと握ってくれた彼女の手は、とてもしっかりしていて。まるで男の子の手の様だった。


まぁ、松川先生の手しか触れた記憶はないのだけど。

彼女は「ありがとう」とヒトコト言って、それ以上は何も言わなかった。



それから、いつものように他愛のない話が始まった。

私はまだ何も知らない彼女と今日も言葉を交わす。


たくさんは話せないけれど…私は今日はどんな話をしてくれるのだろうかと、心躍らせたのだった。


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