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色彩  作者: 蒼依ゆき
第一章
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308号室、困惑色。2

長い時間が経っているような感覚に陥る。

きっとそんなに時間は経っていないのだろう。


しかし俺の中ではもう数時間だ。

焦りも増していく。



「えっと…」



少女は不安そうに自身の右手を差し出した。

それは本当に恐る恐る、何かを確かめるように差し出された手で、俺の頭は更に混乱した。


この手をどうしろと?

え、握手かな!握り返していいやつかな!?


俺は目の前に差し出された白い手をガン見する。


それはというのも、俺は彼女がいたことがない事が原因だ。


どういう意味だかわかるか?

『年齢=彼女いない歴』代表の男子だ。


高校生にして、こんな事実…

そんな俺の目の前に女性の手が!!


「…………バカバカ、何考えてるんだ。変態みたいじゃん」


「…すみません、どなたですか?」



ブルンブルンと頭を思いっきり振り煩悩を消し去っていると、確信を得たように俺のことを聞いてきた。


今の間に何かを理解したらしいが、一体何を理解したのか俺にはよく分からない。


そんな中で俺の頭をあの有名な伝言ゲームの存在がかすめていった。



これは名案かもしれない。

これだ、これしかない。

迷ってる暇もない!


向こうがやっと誤解だということを分かってくれたのだから、これ以上不審者だと勘違いされないようにしなくては。


そして俺は決意を胸に少女の背中を見た。

書くぞ、俺は背中に書く。


心を固く決め、とりあえず今伝えなければいけない基本情報を伝えることにする。


とりあえず名前だよな。

静かに背中に触れるとまたビクッとなった。


何度も驚かせてしまって悪いことしてるみたいで逃げ出したくなる。


大変申し訳無い。


しかし決意の固い俺は離そうとした手を留めさせ、もう一度背中に触れ手を動かす。



「…名言…里芋?」



なんでそうなった。

何、名言里芋って。


てか最初から伝わらないってどうよ。


いや、まぁ、そうだよね!こういう伝言ゲームあるけど実際ちゃんと伝わりませんよね。


俺は首を振り、気を取り直して今度はひらがなで書く。



「な…ま…え…名前?」



「そうそう!名前!」



少しだけど、コミュニケーションをとれたのはすごく嬉しい。


まだ自己紹介もできていない状態だけど、すごい進歩だと思う。


そして俺は続けて"くろいわ"と書いた。



「くろいわ…?」



名前を呼ばれてドキッとする。

やっと彼女の中に自分が入れた。

心臓はそのままドキドキと脈を打つ。


何だこれ、心臓が変だ。

心なしか、顔も熱い。


変に頭の中がグルグルするが嫌な感じではなかった。


ただ、こんな感じになるのも初めてだったから、自分に何が起こっているのは全くわからなかった。



「あの…くろいわさん、でいいのでしょうか?」


「あ、ああ!はい!って聞こえてないんだった!」



しばらく固まっていた俺は、名前を間違ったのかと不思議そうに聞いてくる彼女の声に呼び戻される。


そして慌てて"○"と書いた。

それに安心したのかホッと胸を撫で下ろすのがわかる。


俺もひとまず誤解を溶けたことに安心する。

これだけ伝えるのにも一苦労だ。



「すみません、くろいわさんは…私のお知り合いですか?」


その質問にすこし違和感を感じたが、俺は"×"としてここに入院していることを伝えた。


端的に分かりやすく言葉をまとめるのは難しいが、なんとか通じているらしい。


あちらも少し慣れてきたのか、ヒトコト目よりはスムーズにいったと思う。


そして続けて大切なことを伝える。

"へや、まちがえた、ごめんなさい"


その言葉を理解した白石さんは、やっと俺がここにいる理由を理解したのか表情がやや明るくなった気がした。



「そうだったんですね…あ、私は白石です。白石那津(しらいしなのつ)



そして不法侵入者の俺に律儀にも自己紹介をしてくれた白石さん。


表札を見て名前は知っていたけれど、ナノツって読むのか。


同じ漢字だからナツって読むのかと思っていた。


"ぼく、なまえ、おなじ"


「え?あなたもナノツさんって言うんですか?」



珍しい名前なのにと、驚いたように言う白石さんに俺は"×"と書いた。


漢字が同じだけなんだけど…

とりあえず、俺がナツだということを伝えたい。



「んー…」



"かんじ、おなじ"



「…同じ感じ?」



何かニュアンスが違う気がするが、まぁきっと伝わったはずだ。


俺は"○"と書く。



「それで間違われたんですね」



そこからは順調に話をすることができた。

きっと白石さんの理解力が高かったお陰だと思う。


俺たちは特に大した話はしなかった。

珍しい名前だよね、とかそんな感じ。


それでも普通に話すより時間はかかってしまうから、あっという間に時間は過ぎていった。


いつの間にか陽も沈んでいて自分でも、そんなに時間が経っていたのかと驚く。


俺は、もう帰ること伝えて病室を去った。

白石さんは微笑んで手を振ってくれた。


なんだか、もう胸がいっぱいだ。


そして自分の病室に戻ったらすぐにベッドに横たわり、一息つく。



「なんか、すごいことしちゃったな…」



改めてさっきのことを考えた。

1時間…2時間とか?


名前の話しかしていないけど、とりあえず衝撃の連続だった。


また会いたいなって思う。

入院生活で初めて感じた楽しいという気持ち。


リハビリも、日に日に良くなっていく自分の身体の調子を感じられて楽しかったけど、これはまた別物。


多分、同じ年くらいの子と話すのは随分久しぶりだからだろう。


俺が事故に遭った日からずっと、良樹はお見舞いに来てくれていたみたいだけど、俺が目覚めたって連絡を受けてからずっと来てないらしいんだよな。


あいつめ、絶対面倒くさいとかいう理由で来ないんだ、全くドライなやつめ。


他の友達は…ほら、うん。


まぁ、とりあえず久し振りなのだ。

少し会話に壁を感じるが問題ない。


また行ってもいいだろうか…明日、少し覗いてみようかな。


今度は白石さんの話を聞きたいなぁ。

俺はそのまま眠りに落ちたのだった。


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