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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
35/37

柿渋色は照らされて

「……で、なんだこれ」


「しっ! 気づかれ、いだぁっ!」


「説明しろって言ってるんだけど俺」



 容赦なく殴られた頭を押さえ、恨めしく見上げれば無表情で俺を見下す親友の姿が見えたため、文句を言おうとしていた口にチャックをする。


 これ以上何か言えばきっともう一発容赦ない一撃が降ってくる、絶対に。


 薄暗い建物の裏、俺は自転車を後ろに立てかけ建物の陰からカフェの駐車場に先ほど見送った車を見つけていた。それはつまり姉さんを尾行してきたということであり、良樹はそれに巻き込んだだけに過ぎない。


 そしてきっとこの事実を伝えれば、彼は即帰るだろう。ついでに俺がもう一発殴られる未来予測もできる。


 俺はチラリと良樹を見て、もう一度カフェの方へと視線を戻した。もう日は落ちていて暗い街の外套はポツポツと輝いている。



「あそこに姉さんがいる」


「雪那さんが?」


「そして恐らく男と会ってい、ちち近い近い! どうした!?」



 深刻そうに言えば許してもらえるかと思い、若干の低い声で言葉を紡いだ直後、俺の肩は逆方向へ引っ張られ、勢いよく後ろへ向けられた視線の先には驚くくらい無表情の親友がいた。

 

がっしりと掴まれた肩が若干痛いが、珍しく良樹が取り乱しているように見える。


 俺の知っている彼はいつも余裕そうで、実際なんでもやればできる器用な奴で。驚くくらい大人びて見える奴だ。よく姉さんに「ませガキ」なんて言われているけど。



「男って誰だ?」


「し、知らないから、それを確かめようと……」


「それを早く言えよ、行くぞ」


「は、え!? えぇ……」


 姉さんを尾行してきたことに対して何も言わないどころか珍しくノリノリで、逆に俺が戸惑ってしまっている。


 本当にノリノリなのかは表情から読み取れないが、さっさと先を歩く後ろ姿は真相を早く知りたがっているように見えるのだからきっとノリノリなのだろう。


 そんな親友の後ろを俺は急いで追いかけた。


 ――もしかしなくても、このままカフェへ乗り込んだりはしないだろうか?


 嫌な予感が頭をよぎったが、それだけは絶対に阻止しなければならない。ここまでバレないように尾行してきたことがすべて水の泡になることだけは避けねばならないのだ。



「よ、良樹さん?どこへ行こうと?」


「カフェ」


「一応聞くけどなんで?」



 俺が問いかければ怪訝そうにこちらを向く良樹だが、一応彼の動きを止められたことに俺は一安心をする。しかし目の前はすでにカフェの入り口だ。



「雪那さんが誰といるか見に来たんだろ」


「そうなんだけど……待ってお願い、そのドアノブにかけようとしてる手をいったん落ち着かせて俺に向き直ってお願い」


「お前が先に始めたことだろうが」


「それに関しては否定しないけどさ!」



 それでも静止しない彼を必死に引き留めれば、俺は深いため息をついた。懇願する俺を引き気味に見る視線なんて気にしていられない。今は姉さんに見つかることの回避に専念しなければいけないのだから。


 まぁ、確かにそもそもの始まりは俺だが、まさかこんなにも良樹が張り切るとは思ってもみなかった。


 ――突撃兵かこいつは。


 俺はとりあえず急いでカフェの入り口から離れ、カフェの裏へ移動する。渋々と言った感じではあるが良樹も後をついてきていた。


 裏の方は特別、街灯があるわけではないがアンティークのような入り口があり、そこには小さな明かりが灯っていた。それにしても本物みたいな扉である。


 しかし裏と言っても道路に面しているのはこちらだから、むしろこっちが表だと言われた方がしっくりくる気がする。そんな扉はオシャレというもので、女子を連れてきたら喜ばれる場所なのだろうことがすぐ分かった。


 ――姉さんを誘った男はかなりのやり手なのかも知れない。


 俺は密かにそう思った。



「とにかく、俺たちは隠密に行動しないといけないわけよ。万に一つでも姉さんにバレようもんなら俺たちは確実に終わる」



 俺が頭を抱えれば、良樹は少し思案し事の深刻さを理解したのか無言で頷いた。彼も姉さんの説教を受けたくはないのだろう。ようやく理解してくれて俺は大変喜ばしい限りであるが、忘れてはいけない結局振出しに戻っただけである。


 先ほどとは違い、道路を走る車の音が騒がしい。日は暮れてしまったがまだ人は多く歩いていて、楽しそうな笑い声も遠くから聞こえてきた。長い時間だけが過ぎていく感覚だ。



「ならここにいない方が良いんじゃね」


「なんで?」


「ここ表扉だから、雪那さんがここから出てくる可能性も――」


「誰が出てくるって?」


「……オーマイゴッド」



 カランカランと軽快な音とともに扉が開いた。暗闇にいた2人にはいささか眩しい店内の明かりが俺たちの姿を照らす。眩しい光の先にいる腕を組み仁王立ちの女性は聞きなれた声の人物。言わずもがな姉である。


 その表情は怖くて見ることができないがチラリと横に視線をやれば、いろいろ終わったというような表情の良樹が立っていた。こいつは頭がいいくせして姉さんの前ではいつも素直である。


 ――素直というか腰が引けているというか。つまり役に立たなくなるというわけで……とりあえずこの後どうしよう。



 俺は余計なことを考えるのをやめ、説教をいかに減らせるかに思考をシフトチェンジし、ここにいる言い訳を必死に考え始めるのであった。


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