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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
33/37

親友、千歳緑

「……はぁ……どうしたんだよ」



 午後8時過ぎ、夕闇に染まった外に雨は相変わらず激しく振っているらしく雨音が部屋を木霊する。


 目の前には先ほどやってきた親友の黒岩那津(くろいわなつ)が、勉強道具を広げて座っている。そこまではいつものことであるから特段気にする必要もないのだが。



「そんな膨れてても可愛くないぞ」


「可愛さなんて求めてないし」



 ここに訪れてからずっとこの調子なのである。不機嫌そうなのは確かなのだが、単純に不機嫌というより今回のこれは納得のいかないことでもあった時の不機嫌さだ。


 長い付き合いである為そこまで分かってはいるが、ここに来て一時間ほど何も触れなかったのは別にゲームが良いところまで進んでいたからとか、ひと段落してからでいいやとか思っていたわけではないこともない。


 つまり、今時間が出来て顔を上げればかなり不機嫌そうに眉間にシワを寄せる親友の顔が目に入ったってことだ。



「分からないことでもあったのか?」


「……分からない」


「まぁ、仕方ないよなお前馬鹿だし」


「失礼だぞおい」


「そういう時はゲームするのが一番だよな」


「結局そうなるよな」


「しないんだな」


「………します」



 那津はしばらく考えた後、鞄から待ってましたと言わんばかりのゲーム機が出てきた。当たり前のように毎日鞄の中にこれが入っているのはさすがに学生としてどうかと思うが、毎日充電器も全て常備している俺も人のことは言えない。


 那津は勉強道具をそのままに俺が寝転んでいるベッドの横に寄り掛かる。

 その横顔をチラリと見ればやはり少し機嫌は良くなさそうだ。こんなにも納得のいかない表情をしているのを久しぶりに見た気がする。


 あの時の俺は馬鹿で、那津がどれだけ大きなにぶつかりに行こうとしているかなんて考えてすらいなかった。


 こんな風にいつも通り、隣でゲームをして適当なこと言い合って。そうしていれば機嫌も直るだろうなんて、幼稚に考えていた。俺が居れば大丈夫なんて傲慢もいいところだ。



 ――本当、ガキ……だったんだよなぁ。



「良樹?どうかした?大丈夫?」


「……何が?」


「目の前にゲーム機があるのにボーっとしてるから」


「してないしてない」


「いやいや嘘だろ、自分の手元見てみろよ」



 そう促され、手元を見てみるといつの間にか暗くなった画面が目に映った。

 どうやら無意識に手に力が入っていたらしく、電源を切ってしまったようだ。


 そんな俺を怪訝そうに見つめる友人の顔には、先ほどの不機嫌さはなく俺の心配をしているように見えた。


 自分のことを先に考えればいいおに、こいつはいつでも人のことばかりだ。

 天性のお人好しというか、馬鹿と言ってもいいレベルでお人好しすぎて引く。

 俺はため息を飲み込み、再び電源ボタンを押す。



「那津」


「なに?」


「今日何があった?」


「……何も」



 俺は状態を上げ、壁に寄り掛かるようにして座る。

 那津の表情は分からないが、きっと今はまた不機嫌な顔をしているだろう。


 俺はゲームの選択画面でいつものアイコンを選ぶ。そして俺は続ける。



「病院で何かあったんだろ?」


「何もないよ」


「お前嘘が下手なんだよ、すぐ顔に出るし」



 「そんなこと、」と言って那津は押し黙った。恐らく否定できない何かを過去に経験したことがあったのだろう。そういうところが分かりやすいのだと言いたくなったが今はやめておいた。


 再び静まり返る部屋に、また雨音が響く。遠くからは雷の音が聞こえる。雨脚も早くなってきたのだろう。手元のゲームからは軽快な音が漏れてきている。チカチカと目に痛い画面を俺は見つめていた。



「今日、白石さんのお母さんっぽい人に、会った」



 カチカチと適当に押していたであろうボタンの音が鳴りやみ、那津はおずおずと話し始める。それはいつかあるだろうなと俺も予想していた未来だ。あんなに頻繁に通っていて今までなかった方がおかしいぐらいだ。しかし今回はどれだけではないだろうと思い、俺は何も言わずに続きを待つ。



「何から言えばいいのかな、そう、白石さんが外に出たいって言って、そしたら濡れちゃって、着替えてもらわないとって思って」



 話がうまくまとまらないのか、途切れ途切れ言葉を紡いでいく。言いたいことはなんとなくだが、分かる。那津はゲーム機を床に置き、少し黙った。そして俺の方に振り返る。



「〝娘がそんなこと言ったんですか?〟って、どういう意味だと思う?」



 眉根を下げ、俺の方を見る那津。色んな感情が混ざり合って、混乱しているようにも見える親友の表情に俺は言葉が詰まる。


 何も言えなくなったわけじゃない。昔のこいつも、あの日こんな顔をして一人で立っていたのかと思うとどうしようもない気持ちになってしまったのだ。今こんなことを考えても、那津が救をれるわけではない。分かっている。


 俺は荒れる気持ちを落ち着かせるように一呼吸おいて、那津の目を見た。



「目が見えないし音も聞こえないのに、外に出て何の意味があるんだって感じか?」



 そうだよね、とボソリと呟いた那津は目を伏せて眉を寄せる。



「……俺には白石さんが責められてるように聞こえたんだ」


「責める?」


「普通さ、わかんないけど、俺なら白石さんの外に出たいって気持ちが分かったならそんな風に思ってたの?とかなるんだけど」


「娘が外に出たいなんて自分に迷惑になるようなこと言うはずがない、そう聞こえたのか?」



 俺がそう言えば、那津は伏せていた視線を上げて目を見開いた。自分でも分からなかった疑問がなんでわかったんだと言わんばかりに見つめられる。


 言葉の捉え方なんて三者三葉だと、那津の姉さんが言っていた。ただそれだけだ。本当に白石母がそういう意味で言葉を発したのかは分からないが、那津が感覚的にそう感じたのならそうなのだろう。



「そう、それ」


「白石母が混乱してたって言ってしまえばそれまでだけどな」


「違ったよ、あの人はそうじゃなかった。過保護とかそういうのじゃなくて、俺怖かったんだよね」


「怖い?」


「あの人の目の奥が、すごく怖かった」



 俺はきっとここで、白石さんに会いに行くのを止めた方がいいのだろう。これ以上恐怖を感じている親友を危険にさらすような真似、したくはない。


 でも、それができないのは俺も三年前のあの日にとらわれているのかもしれない。


 那津が、あの日のことを忘れて前に進めている姿を見たいから。やっぱり俺は自己中なのだろう。自分の安堵のために何も言えないのだから。


 俺は静かに窓の外へ視線を移した。まだ雨はやみそうにない。

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