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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
29/37

春色の終わりと夏色の訪れ

 チャイムが校内に鳴り響く。それと同時に聞こえる生徒たちの声は騒がしさを増す。

遠くから聞こえる静かなざわめきを聞き流しながら俺は一口、卵焼きをかじった。



「どーしようかなー」


「知るか」


「まだ怒ってんのかよ」


「うるさい」



 ―――昼、俺たちは裏庭の木陰で昼食をとっていた。

ここは人通りも少なく意外な穴場スポットなのである。


 生ぬるい風が横を吹き抜けていく。もう夏が近づいてきているらしく日差しも強い。

俺はそれから逃げるように木の蔭へ少し寄った。夏になったら室内で食べるのがいいかもしれない。



「そもそもお前が、正直に用事があるって言えばいい話だろ?明日のテストを犠牲にして」


「そうなんだけどさ、テストを犠牲にって言うのやめよ?」



 なんだかんだ言いながらも良樹はこの件に関して諦めがついいたのか朝よりは怒ってはいないようで、呆れながらも目の前のご飯をひたすら食べている。


 俺は早々に弁当箱を片付け、木に寄り掛かった。



「というか、今ここでのんびりしてる暇があるなら勉強しろよって話な」


「それな」



 ―――はぁ。


 俺が大きなため息をつけば隣の良樹も食べ終わったのか、特大弁当を片付け何処からか取り出したパンの封を開け始めた。本当によく食うやつだ、横にまだ菓子パンがいくつか見える気がするが俺は見なかったことにする。



「勉強ってなんのためにしてんだろうな」


「さあな」


「勉強ってする意味あんのかな」


「さあな」


「勉強とは」


「さあな」


「お前…」



 モグモグとパンをかじりながらスマホをいじっている隣の友人は俺の話をまともに聞く気はないらしい。恐らく攻略サイトでも見ているのだろう。こうなった良樹は本当に何も聞かない。驚くくらい何も話を聞かない。唯一反応するとしたらゲームの話を始めた時くらいである。俺は早々に諦めて横になる。


 木陰からはみ出した足先にポカポカと温かい陽気にさらされ、眠気が少しずつ襲ってくる。



「ま、今日くらい行かなくてもいいだろ、明日は昼までだし」


「でもなぁ…何も言わずに行かないとなると…」


「大丈夫大丈夫」


「他人事だからってー」



 ―――まぁ、いっか。


 俺は考えることを放棄し、目を瞑る。隣で良樹が動く気配を感じた。


 5限目まではまだ時間はあるだろうし、良樹はまだ食ってるし、多分まだ食い続けるだろうし。

俺は睡魔に抗うことをやめ寝ることにした。難しいことはあとから考えよう、なんとかなる。俺が気にすることは何もないのだ。



「寝るのか?」


「んー」



 遠くから聞こえる良樹の声に適当に返事をしつつ、俺はゆっくりと意識を手放していく。

優しい風が俺の横をすり抜ける。


 その風の音は心地よいはずなのに―――



 雨が降っている。それは激しく、土砂降りと言っていいほどの雨だ。俺はそんな土砂降りの雨の中をひたすらに走っていた。そんな自身の表情は焦っているのか、とても険しいように見える。キョロキョロと辺りを見渡し、びしょ濡れになった携帯を気にしながら握りしめていた。


 客観的に見える自分に、これは夢なのかとすぐ理解できた。


 夢だというのに、雨粒が当たる感覚や、服が張り付く嫌な感覚、肌寒さをリアルに感じる。あの日の記憶だからだろうか。ただ感情が追い付かない。あの日、俺はなぜあんなに急いで走っていたんだったか。終わりのない道をひたすら走り続けて、一体どこへ向かっていたのだろうか。



―――黒岩くん、僕もう……………


 小さく聞こえた声になぜか急に胸が苦しくなる。


―――母さん、父さん………姉さん。ごめん、俺が、


 あぁ、駄目だ何も考えたくない。難しいことを考えるのは嫌いなんだ―――いつから?いつから俺は―――



「おいって」


「いっだー!!!」



 脳天に受けた衝撃に俺の意識は覚醒する。おそらく良樹が思いっきり殴ったのだろう、目の前で拳を握っているのが何よりの証拠だ。隠す気がないのが清々しい限りである。だから良いというわけではないけど。しかしグーパンは酷い。


 地味に痛む頭を抑えながら俺は体を起こす。眉間にシワを寄せつつ痛みを作った原因を見やる。



「やっと起きた、予鈴鳴ったから早く行くぞ馬鹿」


「思いっきり叩いただろ…!」


「なかなか起きないお前が悪い、置いていかなかっただけ有難く思え」


「くっそー…」



 なんの悪びれもないところを見ると、最初は優しく起こそうとしてくれてはいたのだろう。最終手段として殴ったのは分かるが加減というものを知らないのか奴は。ゴリラか奴は。


 なんて心の中で文句を言っている間に待ってさえくれない先に行ってしまった冷たい友人の後を俺も追いかける。日差しの眩しさに思わず目を細めながらも友人に追いつくため足を速める。


 ―――あまりの衝撃で記憶が全部飛んでいくかと思った。


 叩かれた頭を擦りながらやっと追いついた友人に「何か夢を見てた気がするんだけどなー」と言えば、彼は「忘れるくらいなんだからどうでもいい夢だろ」と一蹴。


 確かに思い出せないからそういうことなのだろう。夢なんてそんなものだ。

俺はそれで話を切り上げそのまま教室までダッシュし、ギリギリに到着したのだった。


 もちろん先生から怒鳴られたのは言うまでもない。もしかしなくても俺は悪い生徒として認識されてはいないか?ゲーム機没収されるし、授業には遅れそうになってるし。


 自身の席へと着席しながら俺は気づいてしまった事実に絶望した。そんな俺の気持ちをつゆ知らず、良樹の方は視線を向ければ早速寝る気満々なのか、机へ突っ伏している。


 ---あれで成績優秀で先生たちからの信頼も厚いのはなぜなんだ。世の中不平等ではないか。


 俺は小さくため息をついて、窓へと視線を移す。

雲一つない空は眩しさを増して、校庭にいる生徒たちを照り付ける。


 ただただ眩しい光景に、俺はまた目を細めた。

今日は本当に日差しがきつい日だ。まだ夏の前だというのに。


 本日は快晴、雲一つない青空の色を今日は白石さんへ伝えられそうにもない。


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