暗黒色の
「へへへ…へっへへ…」
「いい加減うるさい」
「お前な、この感動の大きさを理解できないだなんて優しさが足りない!」
「もう一度折ってやろうか」
「まじでごめん」
俺は隣を歩く畜生を横目で見やり、再度自身の足を見る。自然と緩んでくる頬を抑えることなんてできるはずもなく、また良樹のため息が隣から聞こえた。
俺は昨日、ようやくギプスも取れ、しっかり歩けるようになった。まだ不安定だが、自分の足を地につけて歩けるというのはかなりの感動を覚える。
完治までは少し時間はかかってしまったが、しっかり治ったのだから良しとしよう。終わり良ければなんとやら、だ。
「これでやっと俺の役目も終わりだな」
「ん?あぁ、そうかー………別にこれからも迎えに来てくれても」
「嫌だ」
「ケーチ、裏切り者ー」
「部活のことは俺のせいじゃねーし」
「今更どっかに入るのも、あれだろ!」
俺がフンとそっぽを向けば、良樹は面白そうに笑った。何が面白いのかは皆目見当がつかないが、絶対馬鹿にしてるのだろうってことはわかるから物凄く腹が立つ。
「てか、今日朝練は?今更だけど」
「は?明日からテストだからに決まってるだろーが」
「………え」
「お前馬鹿なの?………あぁ馬鹿だった」
そんな良樹の鬱陶しい声は右から左へ流れていく。だって、そんなこと今はどうだっていいのだから。そんなことより、
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
「いや担任が何度も言ってるし普通知ってるだろ」
「先生の話なんか聞いてるわけないだろ!」
「そんなこと偉そうに言うな馬鹿」
確かに俺は最近、白石さんのメールのこととか白石さんのメールのこととかで浮かれてたけど、それは否定しないけど。
しかしこれは困った、俺は勉強ができないわけではない。でなければこの高校に入学はできないだろう。
しかし人並みにできる、という話であって、一か月以上授業にでていない一般脳の高校生が明日からテストですと言われてできると思うか?いやできない。普通は無理だ、無理ゲーだ。
最近は授業しっかり聞いていなかったし、どうやって姉さんにバレずに病院に行くかとかで頭一杯だったし。
「良樹勉強…」
「俺忙しい」
「どうせレベル上げだろ!」
「せっかく部活ないんだしゲームさせろよ」
「いや勉強しろよ!」
良樹は頭がいい、普通より少しだけど。そんな彼はテスト前に一気に頭に詰め込むタイプではなく日々の積み重ねでテストに臨むタイプである。
そして平均以上を取れればそれで満足らしく、それ以上を目指そうという向上心はないのが腹立たしい限りだ。
所謂、世間一般で言う典型的な「やればできる子」である。ゲームしかこいつの頭にないのだから困ったものであるが………人のこと言えないけど。
「お前はもう諦めることだな」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬとかマジで言う人初めて見たわ」
「あ、おはよう澤北くん、黒岩くん」
「おはよー」
靴箱までついた俺たちの後ろから知った声が聞こえ振り返ればそこには委員長の佐々木さんと、その友人中原さんがいた。良樹は眠そうに「はよ」と返していた。委員長は相変わらず背筋を伸ばして、綺麗に立っているし中原さんも相変わらず優しそうだ。
「おはよう黒岩くん、ボーッとしてるけど大丈夫?」
「あ、いや大丈夫!二人ともおはよう」
「こいつ明日テストってこと忘れてたんだよ」
「おいこら良樹…!!」
俺の親友は俺の秘密をいとも簡単に暴露しやがった。俺が睨めば、また面白そうに笑うものだから本当にこいつは。
それでもこいつの親友で居続けるのは、まぁいろいろ世話になったし、なんだかんだ一緒にいて楽しいからなんだけど。
「そっか、黒岩くんは長く休んでたもんね」
「いや、でも佐々木さんにノートとか写させてもらってるし、ね、うん」
「こらこら黒岩くん?私のノート見せてるのに赤点とか駄目だからね?」
「うっ」
「さっちゃん、黒岩くんイジメるなら仲間に入れて―」
「中原さんまで!?」
いつから俺をみんなで揶揄うという習慣ができたのだろうか……楽しいから別に構わないが納得いかない。主に良樹に対して。
俺たちはそのままワイワと話しながら教室へと向かった。一年の教室は三階にあるため長い階段を一歩一歩踏み占める。
「あ、じゃあ私たちが勉強教えようか?ね、由依」
「え?あぁ、うん!いいよ!って言っても私も成績良いわけじゃないけど」
「え!?」
やっと二階に辿り着いたとき佐々木さんから提案を受ける。佐々木さんは中原さんに笑いかけ、中原さんも少し驚きはしたものの笑顔で引き受けていた。そんな中俺は焦る。
いや、その提案は正直とても有難いのだ、しかし、勉強を教えてもらうということは恐らく放課後に、だ。
――――それは困る、白石さんのところに行けなくなる。いやでもテストは明日だし…!
「黒岩くん、放課後何か予定がある?迷惑だったらごめんね」
「あい、いや!全然ないよ!むしろ有り難いです!」
「じゃあ決まりだね!委員長としてここはクラスの平均点上げに貢献しないとね!」
中原さんに申し訳なさそうに謝られ、俺は条件反射的にオッケーしてしまった。しまったと思っても時すでに遅しというやつで、佐々木さんは場所は教室でいいよね、と楽しそうに話していた。
ふと横の親友を見やれば、心底哀れんだような目で俺を見ている。その目はまるで救いようのない馬鹿だなと言われているようで。
――――いや実際、馬鹿とは思っているだろうな良樹のことだし。ならば俺にも考えがあるというもんだ。
「あ、じゃあ良樹も一緒でいい?こいつもクラスの平均点上げたいって言ってたし」
「はぁ!?」
「澤北くんも?もちろん歓迎だよ!」
良樹の名前を出せば、良樹は絶望的な表情をし、中原さんは苦笑しており、佐々木さんはキラキラとした表情で良樹を見た。そして「目指せ平均点1位のクラスだね」と言っていた。
いつの間にか教室前へ到着していたようで、2人はじゃあ放課後ねと言って教室に先に入って行く。それを見送った俺も教室に入ろうとすれば、襟足を良樹に掴まれた。それも荒々しく。
――――あぁ、これは相当お怒りな奴だ。
俺が恐る恐る振り返れば、滅多に笑わない良樹の(満面の)笑顔が、そこにはあった。
その後にこのクラスでは「澤北は怒らせるな」という暗黙の了解ができたのであった。




