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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
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水色の横顔

「あの、黒岩さん!」


「はい!あ、違った。『なんですか?』と」


「私、昨日言われた形態について考えてみたんです」


「え!?」


 

 ―――考えるって何!?連絡先を俺に教えることってそんなに悩ませてしまうほどのことなの!?


 真剣な顔をして話し始めた白石さんに俺は戸惑いが隠せなかった。しっかり考えてくれているのは嬉しいことなのだろうが、今の自分の心境が複雑すぎてどうすれば良いのか分からなくなってくる。



「私の形態は動物界、脊椎動物門、哺乳綱、霊長目、真猿亜目、狭鼻下目、ヒト上科、ヒト科、ヒト属、ヒト種………であってますか?」


「え?」


「よく考えてみたんです。ちょっとしたクイズだったんですよね、なのに私すぐ答えられなくて」


「いや、え?え?」


「遅いかもしれませんが、答え合わせを………?」



 どんどん話を進めていく彼女に俺は置いて行かれるばかりだか、とりあえず頭の中を整理しようと思い『まって』と言った。すると白石さんは言葉を切り、首を傾げる。



「違いましたか?あ、もしかして学名の方ですか?学名はホモ・サピエンス、」



 そして更に話を進めようとする白石さんに俺はもう一度『ちょっと、まってて』と伝えて、記憶を巻き戻してみた。


 昨日の俺は携帯の番号を聞いたはずだ、それは分かる。しかし白石さんはその問いかけに対して昨日時点では戸惑いを見せていた。


 そして今日、なぜかホモ・サピエンスだとか何とかと言うよく分からない単語をつらつらと並べて、クイズの答え合わせだとか言い始めた。更に白石さんはかなり頭が良いのではないかという疑惑すら残していった。


 そこから導き出される答えなんて、俺にわかる訳がない。むしろ誰かわかるのだろうか。白石さんが何か勘違いしてるっていう事ぐらいしか分からないのだが。



「あの、黒岩さん…何か間違いがありましたか?」



 ―――番号を聞いたら理科で返ってきましたが、もう俺には何が間違いなのかもわかりません。


 俺はそんな言葉を飲み込み、とりあえず落ち着いて再度白石さんの手をとる。まず何を聞けばいいのかを考え、誤解を解くことが先決だと思った。



『たぶん、そういうこと、じゃない』



 よく分かっていないのか、白石さんは眉間に小さいシワを作り思案顔をている。俺達の間に誤解を解くための言葉がない。それが煩わしくて仕方がない。委員長こと佐々木さんとか、中原さんだったら「違う違う!」と笑って訂正できただろう。


―――俺がもっと頭が良ければ!!


 今更自分の馬鹿さを悔いていても始まらないため、言葉を続ける。



『けいたい』


「けいたい…………あの、棚の上にある紙とペンをとっていただいてもいいですか?」



 そう言われて周りを見渡せば、ベッド横の小さな棚の上にノートとペンがおいてあった。それを手に取り白石さんに渡すと、ページをめくって文字を書く。俺はそれをジッと見ていた。



「漢字で書くとこう、でしょうか?」



 〝形態〟


 白い紙の上に書かれた2文字は、そう書かれていた。それを見て俺はやっと状況を理解する。白石さんの勘違いは最初からだったのだ。


 そう言えば俺は白石さんに〝けいたい、おしえて〟と言った。〝携帯番号を教えてほしい〟とは言っていない。これは俺の言い方が悪かったのだ。確かに白石さんが聞いてきた時のイントネーションが少し違うなとは思ったが、気に留めることもしなかった。


―――そこも気にしないといけないのか………。


 白石さんの言葉を聞き漏らさないようにしなければ俺達の会話は割と成立しないらしい。それから言葉を端的に伝えすぎても駄目らしい。スムーズ会話を成り立たせたいがために必要ないであろう文は切っていたが、普通に喋る時みたいに言わなければ更に伝わらないのかもしれない。


―――これは中々、



『ちがう』


「じゃあ…」



 〝携帯〟


 次に書かれた言葉に俺は『◯』を書く。出会って一ヶ月は経ったはずだが、まだまだこの会話方法には慣れない事ばかりである。こういう会話の行き違いは前にも結構あったのだろうが、今まで気にしたことが無かった。大した会話もしてなかったせいかもしれない。



「携帯電話の事だったんですね、すみません、私全然違うことだと」


『だいじょうぶ』


「いつも黒岩さんの優しさに甘えてしまいますね」


『いつも?』



 俺が首を傾げつつ尋ねれば、白石さんは「はい」と言って眉を下げ申し訳なさそうな顔をする。彼女がいつ自分に甘えてきていたのかも、自分がいつそれに応えていたのかも分からない俺は何のことを言っているのか全く分からなかった。


 彼女は態勢はそのままに少し俯いて言葉を続ける。



「私が聞いたことは何も言わずに答えてくれますし、こうやって私の勘違いも大丈夫と言ってくれます。それに私の目や耳のことも………無理に聞こうとはしません」



 聞きたいとは思ったこともある。でもそれは優しさからではなくて自分のためでもあった。


 それにナカさんから聞いたこともある。優しいとかそう言うのでは全くない。優しいと言われたことはなかったし、ちょっと嬉しいけど俺は優しくはないのだ。でも、それをなんて伝えればいいのか今の俺では分からなかった。



「と言っても、私もよく分かっていないのでお伝えする事ができないんですよね………すみません」



 困ったように微笑む白石さんに、俺はやっぱり何も言えなかったし軽い気持ちで彼女に話し掛けてしまったんだなと感じた。白石さんも不安だろうに、こんなやつに付き合ってくれている。彼女の方が何倍も優しい。そんな彼女に俺から何が言えるのだろうか。



『ともだち、だから』



 何を言えばいいかなんて馬鹿な俺にはわからない。だから昔、自分が言われて一番嬉しかったことを言ってみた。白石さんは「はい」と言って小さく笑う。この時の俺は儚げに笑う彼女の表情を気に留めることをしなかった。


 そしていつまでもこんな空気ではいけないと思い俺は話を変えることにする。



『きょうは、はれ』 


「晴れなんですね、何色ですか?」


『みずいろ』


「水色!5月ですね」



 少し悩んだ末に一番近そうな色を答える。昨日まで曇っていたのに、それが嘘のように晴れていた。しかしまた明日から曇り空が続くと姉さんが言っていたような気がする。


 嬉しそうに窓の外を眺める彼女の横顔と水色の空を俺は見つめた。


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