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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
20/37

赤色のシャツ

「絶対喋るなよ?」


「大丈夫だって、しつこいな」


「だって緊張すんだもん!」


「お前が緊張してどーすんだよ」



 病室の前、深呼吸をする俺の隣で呆れ顔の良樹が俺を見ていた。


 そしてチラリと上を見ると“白石那津”の文字。それだけで俺の緊張メーターはMAXである。もう一度良樹の顔を見ると早くしてほしそうに俺を見ていた。仕方が無いので意を決してドアをノックする。返事はない。それを確認してから俺はドアを開いた。



「勝手に良いのか?」


「大丈夫」



 それに対して思うことがあったのか、良樹に突っ込まれるが俺はそのまま中へと入った。そりゃあ誰だって返事もないのに女の子の部屋に勝手に入るのには抵抗があるだろう。しかし白石さんは特別だからいいのだ。そんな俺に良樹は渋々ながらも後から入ってきた。そして俺はドアを閉めた。



「良樹」


「なんだ?」


「ここで待ってて」



 頷いたのを確認してから俺は白石さんの元へ近づく。彼女は今日も無感情に窓の外を眺めていた。昨日と違うところと言えばちゃんとベッドの上に座って布団を被ってるところと窓が開いていないところだろうか。


 俺は優しく二回、白石さんの肩をたたいた。

 

 すると白石さんはビクリと肩を鳴らしてから少し考えてから俺の方を見る。



「黒岩さん、ですか?」


『◯』


「昨日ぶりですね」



 そう言って小さく笑った白石さんのいつも通りの返しに俺はホッとした。正直また昨日みたいな感じだったらどうしようと思っていたのだ。


 俺は後ろを振り向き、良樹にこっちに来るよう促す。良樹は何も言わずに俺の横へと来る。



『白石さん』


「はい」


『ともだち、つれて、きた』


「友達?黒岩さんの、でしょうか?」


『◯、とつぜん、ごめん』



 伝えると白石さんは少し考えて「大丈夫ですよ」と言ってくれて、そして恐らく良樹に向かって「だらしない格好ですみません」と苦笑しながら言った。病院にいるのだからその格好でいるのは仕方ないと思うし、気にする必要はないのにと思うが、初対面だからやっぱり申し訳ないのだろう。


 俺の時は………そんなの気にする余裕もなかったかもしれない。俺のほうが突然訪問だったし、むしろ初対面なのに訪問したし。



「お名前、伺ってもよろしいですか?」



 そう言った白石さんの言葉に俺は良樹を睨む、良樹は肩をすくめフルフルと首を横に振った。確かに良樹は何もしていないが、なんだか納得いかない。しかし何も言わないわけにはいけないので、白石さんの手を取ろうとした俺の手の横を別の手が伸びてきて、俺よりも先に白石さんの手を取った。



「よ、良樹!?」



 良樹はニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべ白石さんの手のひらに文字を書いていく。他の人が手書き文字をしている姿を見るのは初めてだったため変な違和感がある。


 そんなことよりも良樹は名前以外も書いているのではと思うくらい長く白石さんの手を握っていることへ批判の声を上げたい。


 手書き文字は見てる側からすると何を言っているのか分からないから大変もどかしいものだと感じた。目の前で内緒話をされているようなもどかしさである。


 それでも良樹を止めないのは、話の途中で切ってしまったら白石さんが戸惑ってしまうと思うからだ。


 ―――何も喋るなって言ったのに!



「そうなんですね、分かりました」



 ふふふ、と白石さんはいつも言葉を確認するために復唱をするのに今回は何も言わずに笑っていた。何を言ったかがかなり気になって仕方がない。俺が良樹を見るとすでに白石さんから手を離していた。



「何言ったんだよ」



 そう問い詰めれば良樹は自分の口に指でバッテンを作り首を振る。

 

それは”喋れない”という意味であることは俺でも分かったし、ここで律儀に俺の言葉を守らなくていいわ!と思った。



「喋っていいから!」


「黒岩さん、よしきくんって優しい方ですね」


「良樹くん!?」



 俺は良樹と白石さんを交互に見やる。それはもう首が取れるのではという勢いで交互に見やった。白石さんも良樹も笑みを浮かべて笑っている。その姿はまるで楽しく語り合っている二人の図だ。


 ―――白石さんの目が見えていないなんて嘘のようだよ!



「黒岩さん?」



 何も言わない俺を不思議に思ったのか、白石さんは首を傾げて俺の名を読んだ。いや、名ではない………姓だ。俺は歯噛みしながら良樹を睨み、優しく白石さんの手をとった。


 なんなのだろう名前呼びのほうが仲良く聞こえてくる不思議。誰だこんな不思議を作った奴は。俺は焦る気持ちを落ち着かせて丁寧にゆっくり書く。



『よしき、と、なに、はなして、たの?』


「すみません、よしき、の後はなんですか?」



 しかしやっぱり動揺が現れているのか、聞き取れなかった白石さんは申し訳なさそうに問いかけた。

俺はもう一度気持ちを落ち着かせ、とりあえず深呼吸をする。



『なに、はなす』


「よしきくんと何を話していたか、ですか?………それは内緒です」



 悪戯っ子の笑みを浮かべる白石さんに、これ以上は何も聞くことができなかった。先程、良樹もそんな顔していたが良樹とは全く別物である。こちらの笑顔の方が悪意を感じないから許せる。


 すると良樹は俺の肩をポンと一度だけ叩いて、部屋を出て行った。


 気を利かせてくれたのか、本当にちょっと見て(触って喋ってたけど)満足だったのかはわからないが、これで心置きなく白石さんと話すことができる。良樹のことである、長くなると思って先に帰っているだろうから時間は気にしなくても大丈夫だろう。



 俺は廊下へと消えていく友人の背中を横目で見送った。

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