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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
19/37

紫陽花色

「はぁ?」


「すみません」


「お前が俺を誘ったんだろーが」


「いや、ホントすみません」


「お前、いつから数少ない友達より女を優先するようになったんだ」


「言い方!数少ないを強調しないで!」



 俺は自室のベッドの上で土下座をしていた。土下座と言っても足を怪我しているためベッドに腰掛け頭を下げているだけなのだが。

 頭上からは腰に手を当て仁王立ちしているであろう良樹の不機嫌な声が聞こえてくる。



「昨日の訳のわからないメールはこういうことか」


「です」


「………分かった」


「良樹!」


「ただし俺も行く」


「え」


「問題はあるのか?」


「あるに…………ないです」



 期待していた結果はどこへやら、絶望的な結論に至ってしまったことに俺は項垂れる他ない。

 確かに良樹は約束にうるさい方だとは知っていたし、今日面倒くさいことになるんだろうなぁと思いながら昨日は寝た。しかしここまで面倒くさいことになるとは想像もしていなかった。


 見下ろす顔には笑みが浮かんでおり、こいつは絶対面白がっているだけだと、からかう為だけに行くのだということが明白だった。それがもう絶望的だし、白石さんになんて説明したものかと頭を抱えたくなる。



「ま、顔見るだけだって」


「からかう気満々じゃん」


「面白そうだなと思ってることは否定しない」


「ほらー…」


「お前、昨日も行ったんだよな?」


「え?うん」


「一人でバス乗ったのか?」


「まぁね」


「………よく一人で行けたな」


「それ結構馬鹿にしてない?」


「してないしてない」


「絶対してる」


「してないって」



 ベッドのすぐ側に腰を下ろせば、苦笑する良樹に俺は若干拗ねながらベッドの上に横になった。良樹は鞄から出して机に置いていたゲーム機の電源を入れ、俺にも電源を入れるように促す。俺はしぶしぶながらも今日のメインであるため何も言い返さず電源ボタンを押した。



「次から行く時は俺にも言えよ」


「え?どこに?」


「病院」


「なんで?」


「俺も行くから」


「は?お前部活は?」


「早めに切り上げるか、休む」


「いや、出ろよ部活」


「俺の部緩いんだわ、そういうの」


「そういう問題ではなくて………なんでついてくるんだよ?」


「………面白そうだから?」


「性悪男め」


「なんとでも言え」



 ははっ、とゲーム機から視線を外し、後ろを振り向いて笑った良樹に俺はため息をつきながら分かったよと言った。


 なんでそこまでついて来たがるのかは分からないが、悪いやつではないためついてくる分には恐らく大丈夫だろう………いや、悪いやつではないが、畜生ではある。



「とりあえず、素材集め行くぞ」


「おっし!装備作るぞー!狩りだ狩りだー!」



 良樹の言葉で起動したばかりのゲーム画面に視線を移し、仰向けの状態で大きく声を上げた。ちょうど俺の顔の近くに良樹の顔があるため相当うるさかったのだろう、良樹は耳元を抑え「うるさい」と言いった。


 そんな感じで俺達はバスの時間ギリギリまで遊んだのだった。


 楽しい時間は早く過ぎるとはよく言ったもので、あっという間に病院へ行く時間となった。

それは言葉通り「ギリギリ」であり、俺たちは駆け足でバス停へと向かっている。



「ギリギリまで遊び過ぎたな」


「ホントだよ!このバス間に合わなかったら駄目なのに…!」


「姉さんの車で行こうぜ」


「さっき姉さんには秘密にしてるって言ったじゃん!」


「じょーだんじょーだん」



 少しでも早く行こうと松葉杖を大きく一歩踏み出す。そのため良樹が支えてくれていなければ俺は転んでいるだろう。


 そしてそんな良樹はすでに楽しそうだが、俺はちっとも楽しくない。このバスを逃してしまったら俺は今日のお見舞いに間に合わなくなるのだ、楽しい訳がない。毎日行こうと決めたのは昨日で、今日行かなかったら嘘つきではないか。それこそもう白石さんに嫌われてしまう。友達が減る、それは死守せねばいけない。



「あ、あれじゃね?」


「あれだぁぁ…!!」



 走りながら零した良樹の声に前を向けば丁度バスが到着したところらしく、扉が開くところが目に入ってきた。 


 俺は最後の力を振り絞りバス停に到着したばかりのバスに乗り込む。所謂(いわゆる)駆け込み乗車をしてしまったのだけれど、たくさんの人の視線が痛い。これは結構恥ずかしいやつである。


―――これからもこのバスを利用するというのに………これからは気をつけなければいけない。



「ははっ、駆け込み乗車とか初めてだわ」


「俺もだよっ」


「足は大丈夫か?」


「なんとか。むしろ腕のほうが痛いという」


「ゲームはできんのにな」


「手は痛くねーもん、腕だもん」


「遊んでばっかいると治らねーぞ」


「お前がそういうこと言う?」


「俺は馬鹿みたいに怪我してねーし」



 こいつはいつも口が悪い。大変腹立たしいやつであるがこれでも一応心配をしてくれているのだろう。そう信じたい。


 そして良樹はすぐ近くに空いていた席へと俺を誘導してくれた。そこまで介護されなくてもいい気はするが、いつも俺が断ると「早く治せ」とうるさいのだ。俺が座ると良樹は俺の席の背もたれに寄りかかり立ったまま携帯を取り出した。



「良樹は座らないの?」


「俺はここでいーよ」


「お前いつも座らないよな」


「俺若いし」


「俺も若いし」


「黙れ怪我人、老老介護」


「老老介護は違うだろーが!」



 俺は松葉杖を邪魔にならないよう立てかけ、背もたれに寄りかかる。取りあえずは一安心のため一気に力が抜けた。


 そんな俺の様子を横目で見ていたのか、良樹は「そこまでか」と何やら思案顔で呟く。俺は訳がわからずに首を傾げるしかない。しばらくの沈黙の後に良樹が口を開いた。



那津(なつ)がそこまで気にかけるのも珍しいな」


「そう?」


「珍しくはないのかもだけど、昔っからお節介だしお前」


「そんなつもりは無いけどなー」


「………特に3年前からは誰かを気にかけたりすること、してなかっただろ」


「………まぁ、そうかも」



 俺が窓の方を向けば「ごめん、余計なこと思い出させた」と頭上から謝罪の声が届いた。俺は振り返って「いいよ」と言って笑ったが、余計なことを思い出してしまったのは確かだ。


 中学の頃に比べたら立ち直った方だし、あの頃より気にする事も少なくなった。でもやっぱり思い出すと辛いものがある。それからは二人とも口を開くことはなかった。









「ところで那津」


「なに?」


「ここ病院前だよなー」


「…………そうです!」



 しばらくして目的地についたようで相当ボケっとしていたのだろう、俺は全くそれに気づかず、良樹がそれに気づいた時にはバスは通り過ぎようとしているところだった。なんでそんな悠長にしてるんだよ、と思いながら俺は立ち上がる。



「お、降ります!!」



 俺が慌てて叫ぶとギリギリセーフだったのか運転手さんは止まってくれた。すみません、と謝りながらバス賃を払って降りると運転手さんに「お知らせボタン押してくださいね」と注意を受けてしまった。


 ―――もうこのバス乗れない!


 俺はバス停に降りると大きくため息をつく。項垂れつつ隣の良樹を見ると気にする事もなく財布をポケットに直した。



「さ、行くぞ。何号室だ?」


「お前のその神経の図太さはなんなんだ…」


「小さい事は気にしない主義なんだよ」



 良樹は俺のカバンを肩にかけ直し、俺の背中を押す。俺はそれに促されて病室へと向かう。

 その横顔は晴れた空といっしょに得意げに俺を見ていた。



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