黄昏色、濃
「ただいまー」
「お帰り、遅かったねー午前中までじゃないの?」
「あ、うん、良樹の部活終わるの待ってたから」
「へー、良樹くん土曜日も大変だね」
玄関の鍵を開け中へ入るとカレーの匂いが鼻を掠めた。
どうやら今日の夕飯はカレーらしく、広い廊下を抜けリビングに入ると大きめの鍋を混ぜる姉の姿がある。また一週間くらいカレーだなぁと思いながらも松葉杖を横に立てかけて机に腰掛けた。
「良樹くんも大変ね、毎日あんたのお守りなんて。明日も約束してるんでしょ?」
「え?明日?」
出来上がったカレーをお皿に盛りつけて俺の前に「どうぞ」と置く姉さんの言葉に俺は止まる。姉さんはそんな俺に首を傾げながらリビングの隣にある畳の部屋の仏壇にカレーを二つ並べてから、向かいの席に自分の分のカレーを置き座った。
「何驚いてんの。あんた昨日自分で言ってたじゃない”日曜日は久し振りに良樹とゲームだー”って」
「………忘れてた」
「サイテーね」
「う、うるさいなぁ!」
「良樹くんに言ってやろー」
「止めてマジで友達いなくなる…!」
面白そうに笑う姉に慌てて静止をかけるが、この姉は面白そうだからと言って本当に言いかねないから恐ろしい。良樹はそんなことで友達やめるとか言わないと信じているが一週間は対応が冷たくなること確定である。
「じゃあ明日は家から出るんじゃないわよー、怪我もまだ治ってないし」
「はいはい」
「あ、それから月曜日は通院日だから学校で待ってなよ」
「門の前で待ってればいいの?」
「どこでもいいけど、ついたらメールするから」
俺は机の上に置いてあったテレビのリモコンでテレビをつけながら、分かったと返事をした。広いリビングの奥にある大きなテレビにはニュースキャスターがなにやら今日の出来事を話している。テレビの前においてあるソファーには家で飼っている猫のクロが眠たげに欠伸をした。クロは名前の由来は見たまんまで、真っ黒な猫だからだ。
「姉さん、クロにご飯あげた?」
「あ、忘れてた」
「いつもじゃん」
「クロが食欲を主張しないのがいけないのよ」
「クロの食欲は睡眠欲に持ってかれてるから仕方ないのです」
「この子、絶対野良じゃ生きていけないわ…」
姉さんは食事の手を止め、クロのご飯を用意する。するとクロは鼻を引くつかせてご飯皿の元へのっそりとやってきた。うちのクロは野生をどこかに捨ててしまったのだ。主に母さんが昔から甘やかしていたせいだけど、確かに拾ってきた時は野良の顔をしていたのに今ではこんな阿呆顔である。
「こいつぅ!こんなにデブデブになっちゃって!」
「姉さんがご飯あげ忘れて、一日分一気にあげるからじゃん!」
「それは、」
「クロが食欲を主張しないのがいけない、でしょ?」
「そうそう」
姉さんは、ご飯をノソノソと食べ始めたクロのお腹まわりを撫で繰り回す。そんなこと関係の無いクロはひたすらにご飯を貪っていた。こいつのスルースキルも半端無いと思う。俺は姉さんとクロが少しおかしくて笑った。
そして俺と姉さんは夕飯を食べ終え、俺は後片付けを姉さんに任せ自室へと帰った。本当はご飯も片付けも当番制なのだが俺が怪我している間は全て姉さんがやってくれているのだ。姉さん曰く「怪我が治ったら全部あんたに任せる」だそうだ。それもそれで嫌だが仕方ない。
「あー…明日何時だっけ」
ベッドの上に横になり携帯をポケットから取り出す。良樹とのRE.IN→(レイン)のやり取りを読み返して”12時にお前の家”という端的な文章を見つけた。
ーーー12時かぁ。
俺は小さく息をつく。良樹とゲームをするのは久し振りでかなり楽しみであった。ちなみにゲーム機は金曜日の放課後に返ってきた。それはもう嬉しくて発狂する勢いだった。しかしそれを忘れるくらいに今日は白石さんの事しか考えていなかった。
「明日どうしようかなぁ…」
いつもの時間に行くとすれば夕食が来る2時間前………つまり16時には行かなければいけない。今日も同じ時間に行った。もっと早く行ってもいいのだろうけれど、なんだか入院していた頃の名残が抜けないためか同じ時間に行ってしまうのだ。その方が白石さんも分かりやすいと思うし。
しかし、それはいいとして、16時に病院に行くためには遅くても15時過ぎくらいにはバスに乗って行かなければいけないのだ。そうなると良樹と遊ぶ時間が3時間…………。
「え、なんて言い訳しよう」
俺達はいつも20時くらいまで遊んでいるため、15時なんてどう言い訳すればいいか全く分からない。どう言訳しても疑いの視線を向けられるに違いない。これはもう………
「良樹には言うしかないかなぁ………」
言いたくはなかったが、ここで決心するしか無いようだ。そのためには早めに来てもらって早めに切り上げてもらうことにしよう。そうしたらプラスマイナスゼロだ、多分。俺はスマホを開き、良樹に連絡をした。
ピロリン
すぐに返事が来たため急いで見ると
”は?嫌だ眠い”
ーーーだと思ったよ!
はぁぁ………と俺は大きくため息をつき携帯を投げ出す。予想はしていたが、少しの希望も抱かせてくれないとは。
ちょっとくらい早く起きてくれたっていいじゃないか、というのが俺の意見である。
早く来てほしいと言った理由を聞かないあたり面倒くさいのだろう。良樹らしいんだけど。
俺は説得を早々に諦め、そのまま眠りについた。
薄いカーテン越しに見える空はまだ少し明るかった。




