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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
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黄昏色、薄

「私入院する以前の記憶がないんです、全く」


「………え?」


「あの、全くないので逆に清々しいというか、新たなる一歩というか……私自身そんなに困っていないので」


「そう、なんだ…」



 俺の言葉が聞こえているのか、実際は聞こえていないのだろうけど、白石さんは焦りながらも俺に気にしないで欲しいと言った。これから接していく上でいつかは知ることを逃れられない事実であるため白石さんは教えてくれたのだろう。それに記憶がないだけならば不安になることもなかったかもしれない。


 聞く前は不安で仕方なかったのだけど、大変なことではないみたいだし安心した。別に記憶喪失が軽いものだとは思わないけど、俺の中では十分安心要素の1つなのだ。


 それに今までも何度かそういう節はあったため納得はできた。だからそこまで驚いた!という感じではない。むしろその方が自然だし。



「あ、だから!私のお友達第一号は黒岩さんなんです!その、ありがとうございます!」



 何も言わない俺に遠慮がちにそう続けた白石さんに、これからもここに来ていいと言われているようでとても嬉しくなった。友達と思っててもらえて嬉しかった。


 俺自身友達を作ることがそんなに上手くないため、とても嬉しいことなのだ。白石さんみたいに優しくて周りに気を遣えるような人間であればまた違ったと思うんだけど、どうしても人見知り過ぎて相手の方からガツガツ来てくれないと駄目なのだ。


 初対面でガツガツきてくれる人ってそんなにいないし。必然的に友達はできないよね。ちなみにガツガツとは悪い意味ではなく、良い意味である。



『ありがとう』


「いえ、こちらこそ」



 俺もお礼を言えば白石さんは安心したように大きく息を吐いた。きっと記憶のことを話すのはとても緊張したのだろう。もし俺が白石さんの話しを重く感じる人間であればもうここには来ないだろうし。


 個室のせいか、なんだか暖房の音が妙に耳についた。



『たいへん、じゃない?』


「大変………大変というより、お見舞いに来てくれる人たちのことが分からないのは申し訳ないですね」


『もしかして、かぞく、も?』


「…はい」



 苦笑する白石さんは悲しそうではないように感じた。もしかしたら悲しすぎて心を閉ざしているのかもしれない。ドラマとかで記憶喪失の人は心を閉ざしてたりするから、きっと彼女もそうなのだ。記憶喪失の不安というのは俺には計り知れないものであることは分かる。経験がある訳ではないけれどドラマで見たし。



「そんな私でも心配してくださって………いつも気にかけてくださいます」



 そう言ったけど、ここで俺はナカさん以外で白石さんの家族には会ったことがない。会わないことに関しては個人的に嬉しいことではあるが(主に俺自身の安全面)、常々不思議には思っていた。時間が合わないだけかとも思ったけれど、大体お見舞って仕事終わりの夕方とかだと思うし、そう考えると不思議で仕方がない。



「忙しいみたいで、あまり会うことがないのですが」



 俺の疑問に答えるように彼女は続けた。やっぱりあまり来てないのだと思い、寂しくはないのかなと思ったがきっとそれは愚問だろう。


 俺は姉さんが来ない時は寂しかった。うるさい姉さんだけど、真っ白で静かな病室は一人でいるには余りにも色々考えすぎてしまうものだ。自分の未来の不安も、思い出したくない過去のことも。それで、俺の怪我も本当に治るのか不安になったのだから。



『あした、も、くる』



 その代わりになるかは分からないが俺が明日も来るという節を伝えれば、白石さんは小さく微笑んで「ありがとうございます」と言ったのだった。



 その後はいつも通り今日の天気の話をした。今日はもうすぐ梅雨が近いためか少し曇っていたので、曇り空ですと伝えれば「灰色ですか?」と聞かれたため、肯定をした。


 白石さんはよく何色か聞いてくるから、答えるのに結構頭を使う。生きていて自分の周りの色が何色かなんて考えたことなかったし、単純に青とか赤とか答えていいものかとすごく迷うのだ。結局単純な答えになってしまうけれど白石さんは嬉しそうにするため、まあいっかとなるのがいつもの一通りである。



「白石さーん、ご飯ですよ」


「あ、もうそんな時間か!」



 話している途中で看護師さんが夕飯を持ってきた。時計が6を指しているのを確認すれば急いで白石さんに『かえります』と伝えて食事を持ってきた看護師さんに会釈をすれば病室を後にする。


―――6階の看護師さんは知らない顔の人がたくさんいるな。


 病院の外に出れば病院の外に出ると来た時よりも雨雲が厚くなっていた。これはあと数分もしないうちに降りだしてしまうかもしれない。急いで帰らなければ雨に濡れてしまって、姉さんにどこにいたかの言い訳が付かなくなる。


 なぜなら良樹は常に折り畳み傘を常備し、学校のロッカーには普通の傘も用意しているのだから俺が濡れて帰ることは絶対にないのだ。姉さんもそれを分かっているのだから厄介である。


 俺は1つ息を吐き、怪我を気にしながらバス停へと急いだのだった。



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