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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
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黄昏色

 俺は白石さんをベッドの上にしっかりと座らせ、俺も壁際に立てかけてあったパイプ椅子を開いて座る。その際、未だに冷たい手は握ったままだ。



「あ、窓閉めないと」


 

 俺はまた吹いた風に身震いをする。もう夏も近いとはいえ春はまだ終わっていないようで、横を通り過ぎる風はここへ来る時よりも冷たかった。そして窓が開いていたことを思い出した俺は閉めようと思い白石さんの手を握っていた自分の手をゆっくりと離そうとする。しかしそれは白石さんの手が俺の手を握り直したことにより阻止された。それは弱々しく、遠慮がちにだったけれど確かに〝行かないでほしい〟という思いを感じた気がした。


 ―――気がするだけで、自信はないけど。


 このままでは俺も寒いし、恐らくここに長居するだろうから今のうちに窓は閉めておきたい。俺はどうしようか迷った挙句、白石さんの手のひらに『ま、ど』と書いた。それで白石さんは納得したのか慌てて手を離してくれ、それを確認すると俺は急いで窓を閉める。


閉めたといっても部屋の中は十分に冷えきっており、これではいけないと思たっため思わず自身の腕を擦りながら入口付近にある暖房のスイッチを入れた。その数値は25度に設定されており、暑すぎてもなと思った俺はとりあえずそのままにした。


 俺はパイプ椅子まで戻り、無造作に置かれている白石さんの手を取る。そしてまずは何を言えばいいを考える。今一番聞きたいことは連絡先だがこんな状態の白石さんにズカズカと連絡を聞くのもなんだか気が引けた。



「えっと、退院後はどうですか?」


「あ、えっと………」



 ウダウダと言葉を選んでいる俺に対して白石さんは困ったように問いかけてくれる。白石さんはすごく気の遣える良い人だ。それに俺はいつも助けられている気がする。



『がっこう、がんばってる』


「学校………黒岩さんは学生さんなんですか?」


『◯、こうこうせい』


「そうなんですね」



 白石さんは少し驚いたような顔をした。確かにこんな話をするのははじめてだった。くだらない話ばかり入院中にしていた気がするし、そう考えると本当に余裕ぶっこいていたんだなと改めて反省する。肝心なことを聞いていなかったせいで今回みたいな事があったわけだし、大事なことは早く聞いて置かなければいけないといことを身をもって実感じた。



『おみまい、ごめんなさい』 


「ごめんなさい?」


『これなくて』



 伝わるように、ゆっくり丁寧に書く。

 俺は字が綺麗な方ではないから、白石さんを困らせてしまうことが多いけど。


 書き終わると白石さんは少し考えて「大丈夫です、学校忙しかったんですよね」と言ってくれた。その表情からは何を思っているのかは分からなかった。きっと空気の読める系男子とかだったら彼女が今考えていることが分かったりするのだろう。残念ながら俺は普通系男子だ。


 とりあけず白石さんのことだから怒るとかそういうのはないと思っていたけど、約束破る嫌なやつだと思われるのは嫌だったから、許してもらえたから、それだけで俺は嬉しかったのだ。



「そうだ、白石さんに連絡先聞かなくちゃ…」


『けいたい』



 今しかないと思い俺は意を決して白石さんに連絡先を聞く。首を傾げる彼女に俺まで首を傾げた。



「けいたい?………形態?」



 ―――あれ、なんか違うイントネーションな気がしたけど。まぁいいか。



 俺は取り敢えずは俺の言葉が伝わったんだと安心し、白石さんの手のひらに『◯』を書く。その後に『教えて』と続けた。すると白石さんは困惑した表情になる。それにつられて俺も困惑する。おそらく俺の表情も目の前の彼女のような感じになっているだろう。



 ―――もしかして………いや、そりゃあそうだよね、見ず知らずの人間に個人情報を教えるなんてできないよ、ね。


 俺は慌てて『なんでもない』と伝えた。白石さんの目が見えなくてよかったなと心底思った。自慢ではないが基本的に俺は感情が顔に出るタイプだ。だから、きっと今すごく落ち込んでる顔してると思う。いや、普通に断ってくれていたらここまで落ち込むこともなかったと思う。


 ―――普通に断ってくれた方がマシだとは思わなかったなぁ。



「ごめんなさい、黒岩さん。私何か悪いこと言ってしまいましたか?」



 思わずため息をついて上の空だった俺に不意に白石さんから声をかけられた。俺は我に返り『☓』と書いて否定する。


―――白石さんのせいじゃない。


 これは本当だ。だから、信用してもらえるようにを目標に今日からここへ来ようと決心した。目指すは白石さんが退院するまでに携帯番号の取得することである。困惑された瞬間心が折れそうにはなったけど、諦めないことが肝心である。前向きに考えよう、毎日来て信用を勝ち取ればいいのだ。貴重な友人ゲットのためである。



「それならいいんですが…」


『白石さんは』


「私?」


『なんさい?』


「……歳のことですか?」


『◯』


「20歳と聞きました」


「え、年上!?まじか、今までタメ口だったなぁ」



 年上だった事実は大変な驚きだった。今まで何度か会っているが会った時から丁寧な敬語だったし、年上の雰囲気も、見た目だって少し幼く見えるものだから同い年か下ぐらいに思っていたのだ。そうか、20歳だったのか………あれ?


 そこで俺はおかしな点に気付いた。あまりにも自然に白石さんが答えるものだから危うく気に止めることもなかったかもしれない。


―――聞きました?


 「聞きました」という不自然な言い回しだ。その言い方だと自分の歳を誰かから聞いたという風に受け取れてしまうのだ。少なくとも俺の周りで歳を聞いてそんな風に答えた人はいなかった。だって誰よりも自分の年齢は自分で数えるものなのだから。


 俺は聞いていいものかと思いながらも『ききました?』と問いかけを返す。



「あ………そう、でしたね。黒岩さんには言ってなかったです、ね」



 俺の問いかけの意味を理解すれば彼女は言ってはいけないことを言った後のように俯いた。


―――やっぱり聞いてはいけない事だったのだろうか?


 それならば聞かない方がお互い良いだろう。俺は自分の問いかけを取り消そうとしたが、彼女は言ってもいいものかと思案しつつも俺よりも先に口を開く。



「あの、あまり深く考えないで大丈夫なので」



 そう、前置きをされ俺は首を傾げた。個人的に今まであまり白石さん自身の話を聞くことがなかったため聞けるのはとても嬉しいのだが、いきなりそんな重いことを聞いてもいいのだろうかと思ってしまう。


 ナカさんの時もだったけど、なんだか悪いことをしている気分になる。今回は本人から聞くからそんなことはないのだろうけど。


 というかあまりにも重い話ならばあまり関わりたくないというのもある。そういうことは部外者がむやみに首を突っ込んでいいものではないと思うから。だからこの時の俺はこの話を〝本当に重い話〟だとは思っていなかった。


 なんだか目に見えない色が目の前に蔓延(はびこ)るみたいに俺の頭の中はいっぱいになったいた。



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