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色彩  作者: 蒼依ゆき
第二章
13/37

灰青(はいあお)

「おはよう、良樹…」


「おはよ」



 朝、久しぶりの早起きに俺は目を擦りながら家の下で待ってくれていた友人と挨拶を交わす。良樹は特別眠そうではないが、気怠そうに俺の横に立ち歩き出した。


 昨日、無事に退院できた俺はその翌日から早速登校することになり、その行き帰りで怪我人が1人では心配ということで逆方向に家がある良樹にわざわざこっちに来てもらっている状況だ。本当は姉さんが車で送迎するって言ってくれたんだけどそれは悪いし、これ以上姉さんに迷惑はかけたくなかったため良樹に連絡した。


 だからと言って良樹に迷惑をかけたいわけではなかったし、どうすればいいか相談だけするつもりで連絡をしただけだったのだ、自らが送り迎えをすると言い出してくれたのだ。

正直驚いたし、家だって逆方向だから俺も断ったわけだけど良樹が「姉さんに迷惑かけたくないんだろ」と言ってくれたためそれに甘えることにした。



「ごめんな、ここまで結構距離あるのに」


「もういいって言っただろ、つーかお前も俺に合わせて早起きしてんだし」


「そうだけどさぁ……あぁ、まさか良樹が部活入るとは思わなかったぁ!」


「俺も思わなかった」



 あぁぁ………と項垂れる俺を横目に、良樹もため息をつく。当人もまさか自分が部活に入るなんて思わなかったのだろう。小学でも中学でも特にクラブにも入らずに、放課後なんかは2人でゲームをしていたものだ。

 

 ―――それが、自分が入院している間に部活入っているとか。



「放課後誰とゲームすればいいんだよぉ」


「そこかよ」


「一番重要だろ!!」



 ははっ、と思わず笑い声をもらす良樹に俺は少し拗ねる。友人の多くない俺は良樹だけが唯一の友であり、唯一の親友だ。高校に入ればそれなりに友達ができるだろうと期待はしていたがまさか、登校初日の帰りにあんな事故が起こるなんて想像もしていなかった俺の友達獲得数はゼロである。



「まぁ、同じクラスだしなんとかなるだろ」


「良樹様だけが頼りなんです」


「お前はうるさいやつだし、すぐ仲良くなれると思うぞ、お前うるさいし」


「なんで2度言ったし」


「大事なことなので」



 馬鹿にしたように鼻で笑う隣の友人に一発くらわしてやれば、いつの間にか学校に着いていた。教室まで送ってもらい、良樹はそのまま部活の朝練に行くと言って去って行った。

 

 シンと静まり返る教室で1人いると、緊張してしまうのはなぜだろうか。時計を見ればまだ7時だ。事業開始まであと1時間半ほど時間が有り余っており、特にすることのない俺は深くため息を吐いた。


 ―――良樹の部活、ほぼ毎日朝練あるんだよなぁ。


 ということは俺もほぼ毎日この時間に学校にいないといけないわけで、つまりは暇を持て余すということだ。だからと言って良樹の好意に甘えている俺にこれ以上の良案があるわけでもないし………明日からは暇つぶしのできる何かをもってこよう。


 ―――ゲーム機持って来たら怒られるかな、バレなければいいよね、うん大丈夫。


 勝手に結論付けて、俺は明日ゲーム機を持ってくることを誓った。持ってきた初日にそれがバレて没収されるのはまた別の話。



「それにしても暇だよなぁ、何しよう」



 窓際の席である俺は、ボケっと外の景色を眺める。中学よりも広い校庭には部活動に励む学生たちが汗を流していた。奥にはテニスコートがあり、今は休憩中なのだろうか、多くがベンチに座っている。


 ―――俺も部活に入ろうかなぁ。


 どうせ早起きするなら部活入ったほうが暇にならなくて済みそうだなと、そんなことを考える。しかしそうしてしまったら放課後も長く学校に残らなくてはいけなくなると考えるとやっぱり面倒くさい気持ちが勝ってしまう。帰りが遅くなると姉さん心配するし、あと――



「お金のかかることはしたくないしなぁ」



 俺はまたため息をついて遠くを眺めた。少し曇っている空は今にも雨が降り出してしまいそうな感じだ。今日の天気予報は雨だったか。


 ―――今頃白石さんは何をしているのかなぁ、まだ朝早いし寝てるかもなぁ。今日の天気は雨だよって言わないとなぁ………あ、


 そこで絶望的な事実に気付いた。気づいてしまった。



「待って、今日病院行けるかな…!」



 通院は週に1度、自宅から少しところに位置する市立病院へは歩きで行ける距離ではない。だから必然的にバスか車かタクシーかになるわけだけど、通院以外で姉さんに送ってもらうとなるとなんて言い訳すればいいか俺には分からない。そして良樹に自宅まで送ってもらうとなると部活終了まで待たないといけないし、その時間以降に向かっても面会時間に間に合わない。さらにはバスに乗って遠出とか良樹が絶対嫌がる。というか強制帰還させられる、絶対。



「今日に限らず、明日も明後日も会いに行けない気がするんだけど……!」



 ガラガラ



「………独り言?」


「え」



 不意に開けられた教室の扉の向こうには、黒の短髪できっちりと制服を着こなす女子生徒がいた。その女子生徒と目が合うと、彼女は少し考えてからポツリと呟き、俺はそれに一時停止するしかない。


 独り言を聞かれた、というよりもコミュニケーションに困ってしまっている、という方が正しい。俺は決してコミュ障ではないが人見知りが若干激しいくらいだ。それが今のこの微妙の雰囲気を作り出しているわけだけど。



「あ、もしかして黒岩くん?」


「え?あの、なんで俺の名前、」


「申し遅れました!私は1年3組の学級委員長を務めています、佐々木咲子と言います。黒岩くんのことは先生と澤北くんに聞いていて知っていたの、怪我の方は大丈夫?」



 こちらの方に来て気さくな笑顔を向けてくれる佐々木さんに俺は少し緊張が和らいだ気がした。委員長ってすごい生き物だなと感心する。ちなみに澤北とは良樹の苗字である。



「あ、うん。お蔭様で大分よくなったよ」


「それならよかった、結構授業も進んでるから分からないことがあったらなんでも聞いてね、ちょうど席も隣だし」


「あ、隣なんだ。これからよろしくお願いします!ところで佐々木さんって毎日こんなに朝早いの?」



 なんだかんだで、高校生活はなんとかなりそうだ。委員長がいい人で本当によかったと思った。それからは時間になるまで佐々木さんと話をした。ここ何日かこんなに人と話すことはなかったから久し振りの感覚であり、なんだか変な感じだ。良樹は口数多くないし、姉さんは仕事で忙しいし。そして割と俺は会話することが好きな方だ。


 ―――白石さんとは言葉を交わすことなんてできないからなぁ。


 あの日常がきっと非日常であったのだろう、今ここが俺の日常なのだ。胸の奥が平穏で、全く波風が立たない。スーっと言葉が入ってくるし、俺の口からも言葉が出てくる。


 ―――不思議な感じだ、こんな日常を待っていたのに、白石さんに会いたくなるなんて。


 


 物足りなさを感じるなんて驚きだった。

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