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深夜0時、教会の鐘の音が今日も新たな死を告げる。高台にあるこの教会は、ほぼ毎日死者を新たな世界へ送り出している。葬儀の列が棺桶を先頭に墓地まで伸びていた。教会から墓地までには下りの階段があり、参列者が記念写真を撮るかのように顔に笑みをたたえながら並んでいる。中には既に酔っ払っている人もいるようだ。昨今は葬式の厳粛さも随分と薄れてしまった。とはいっても、もともとめでたい門出の日なのだからそんなに格式ばったしきたりは必要ないのだけれど。
月が教会の屋根をかすめた頃、鐘がもう1度高く鳴り響いた。死を迎え、新たな駆動器で動き始めた男の子が棺桶を開け、花でいっぱいの棺桶の中で立ち上がって一礼した。それと共に大きな歓声が夜の墓地に鳴り響いた。シャンパンのコルクが飛び上がり、十字架型の墓石にぶつかったが、参列者たちはそんなことはお構いなしに死を迎えた男の子にシャンパンをかける。同級生なのだろうか、顔の青白い男の子たちが、彼の命の門出の日を祝っている。「おめでとう」という声と指笛が墓場を包み込んだ。
「お幸せに」
私はそれを階段の上から覗いていた。私も死ねればよかったものだが、何せお金がない。たとえお金があったとしても、この金網を押し潰したようなシワとささくれ立ったヒゲじゃあ、誰も死んだと思ってくれないだろう。
私は1つ溜め息をつき、坂を下り始めた。葬儀の列の後ろの方の人たちが私に侮蔑の視線を送ってくる。36年も生きていれば、彼らのこのような態度にも慣れたというものだ。仕方ないのだ。生きているのだから。
遠くに見える市街地の光をちらちら眺めながら、坂を下る。肺に溜まっていた空気が自然と口から漏れる。ふと地面を見ると背後に聳え立つ教会の影が私に覆いかぶさっているのが分かった。視線の先には教会の屋根の頂上にあるローマ十字が写っている。その姿に何故だか無性に腹が立って、ばっと後ろを振り返った時、銀の弦がねじ切れるような悲鳴が空を切って私の耳に刺さった。
私は坂を駆け上がり、教会下の墓地が俯瞰できる場所へ急いだ。
「あー……」
墓地にはさっきの葬式の参列者たちが倒れていた。墓石にもたれかかっている者、地面にうつぶせに倒れている者。他諸々その姿様々である。皆身体のどこかしらから体液が噴き出している。私は頭をポリポリと掻いた。たまに起こる通り魔の類か何かか。こんなことしても無駄なのに。どうせすぐに再生して動き始めるのだ。しかし大勢の人間たちが白目を剥いて倒れているのだけを見て帰るのは何とも後味が悪い。彼らの再生を見届けてから帰ろう。だいたい1分もあれば元に戻るはずだ。
「…………」
だが何分待っても彼らは再生しない。ピクリとも動かない。私は階段を下り、墓地へ向かった。
「大丈夫ですか?」
階段に寄り掛かっている男の子に声をかけてみる。見た目からして明らかに大丈夫ではないのだが、そのような決まりきった文句を口に出しながら彼の肩を叩いてみた。そうしたらシャンパンに濡れた彼の身体が――溶けた。
私は反射的に後ろに飛び跳ねた。彼の身体が青い液体となって地面にしみこんでいく。何が起こっているのか、彼の身に何が起こったのか、皆目見当がつかなかった。
逃げよう。そう思ったのも反射的だった。踵を返して階段に足を掛ける。その時ふと見た教会の屋根に人影を見つけた。月の光が逆光になっていて、その顔はよく分からなかったが、女性であること、そして、日本刀を持っていることは分かった。