ゴミはゴミ箱へ、ゴミ箱はゴミへ
「へくしゅっ!」
くしゃみが出た。
問題はない。事前に鼻をティッシュで包み込んでおいた。くしゃみが出そうなときのベストな対処法だ。
俺は出てしまった鼻水をそのままティッシュで包み、鼻についた鼻水を拭き取って、そのままゴミ箱へ投げた。
だが、ティッシュはゴミ箱へは入らなかった。ゴミ箱のフチに、ティッシュが当たったからだ。
こういうときに自分のノーコントロールさを呪いたくなる。動きたくないがためにゴミを投げたのに、投げることによってむしろ余計な移動を強いられる羽目になるからだ。
かといって、ゴミをそのまま放置すると、部屋の見映えが悪くなってしまう。だから俺は仕方なく腰をあげ、ティッシュを回収する。
そして今度は投げなかった。ティッシュを、ゴミ箱の上から落とすようにして捨てた。最初からこうすれば良かったのだ。
だが、ティッシュはゴミ箱に入らなかった。ティッシュは、畳まれたビールケースの角か何かにはじかれ、ゴミ箱の横をコロコロと回転して、止まった。
「……」
腹が立ったが、怒りのやり場がどこにもなかったので、俺はその怒りを無理矢理腹の底にしまった。どうも運が悪い。
俺はティッシュを拾い、ゴミ箱内のティッシュの山の上にそれを置いた。さて、映画の続きをみるとしよう。
ところがそうはならなかった。ソファに戻ろうとしたところで、思い切りゴミ箱を蹴飛ばしてしまったからだ。
転がるゴミ箱。重力から開放され、宙を舞ってから落ちるティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ。散乱したティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、使い捨てマスク、ティッシュ、ティッシュ、爪切りの下敷きに使ったチラシ、折り畳まれたビールケース、ティッシュ、ティッシュ。
何だよこれ。僕はちょっとティッシュを捨てるのを面倒くさがっただけじゃないか。何でここまで天罰がくだるんだ。これだけでこんなに罰が下るんだったら、小学校の頃にカマキリの足をむしった時に死んでるぞ多分。
ティッシュだけでここまで不快な気分にさせられるとは思わなかった。
だが、恨むも何も元凶は全部自分なのだ。ティッシュを投げたのも自分。ティッシュを落としたのも自分。ゴミ箱を蹴ったのも自分。そもそもゴミを発生させたのも自分。だからって自分にキレても仕方がない。そんなことしたって虚しいだけだ。
俺は散らばったゴミを拾い始めた。一番遠くのティッシュを拾い、ゴミ箱に投げ込む。
はじかれた。
「…………チッ!」
まただ。なんだよ?俺はゴミ箱に嫌われてんのか?
そんなことを考えても、現実に影響なんてない。ティッシュがゴミ箱の横を転がっただけだ。
仕方がないので、俺はティッシュを一つ一つ、丁寧にしまうようにしてゴミ箱へ捨てていった。一つずつ、拾っては捨て、拾っては捨て、拾っ……。
手になんかへばりついた。なにか湿ってて、グニグニしてそうな物体が。
それはほんのりと黄色い、小さな固形だった。なんだかオレンジのような匂いがわずかに香る。それで俺は確信を得た。
これはガムだ。俺が2時間前に捨てたやつ。
そういえば、その時も俺は面倒くさがっていた。
『ガムを噛んだあとは紙に包んでゴミ箱へ。』
注意書きにもそうある。だか俺は、いちいちゴミを紙で包み直して捨てるなんて真似は、面倒くさいし無駄だと思っている。
だからガムは、そのままゴミ箱へ吐き捨てた。吐き捨てたガムは重力にしたがって落下し、ゴミ箱の袋の内側にへばりついていた。
それが巡りめぐって(巡ってないけど)、今は俺の手の甲にはりついている。俺が2時間前まで食べていた物だが、正直気持ちが悪かった。
それは俺の手にべっとりとはりついている。かすかに唾液が残っていて、その唾液は俺の手の甲をガムを通じて湿らせる。
気持ち悪い。
にゅるにゅるとぐにゅぐにゅの間みたいな。
気持ち悪い。
俺は机の上からティッシュを1枚とり、ガムを包んだ。手の甲を拭き、ゴミ箱へ投げ込んだ。
はじかれた。
ガム入りティッシュはコロコロと転がって、止まった。
「…………ッ!」
もう俺ゴミ箱に遊ばれてるんじゃねえか!?『ゴミ捨てたきゃ、投げずに丁寧に入れろよ』みたいな!
ティッシュ1つで爆発寸前まで追い込まれた俺だが、自分にキレても仕方がない。
ゴミ箱は佇んでいる。ぽっかりと変わらず大口を開けて、俺がゴミを捨てるのを待っている。
……。
俺は再びゴミを拾い始めた。もう怒りに任せて、ゴミを投げつけたりはしない。どんな至近距離であったとしてもだ。
1つずつ丁寧に拾い、最後のティッシュを捨て終わった。
終わった。全ての戦いは幕を閉じた。もう、散らばっているゴミ箱は無い。
俺はゴミ箱をもとの位置へ戻した。もう、苦しむこともない。
俺は妙な達成感を覚えていた。それが、全てのゴミを処理し終えたことによる達成感なのか、自分の不始末を自分で片付けられたことによる(?)達成感なのかはわからない。まあ良い、映画をみよう。
俺はソファに向かって歩きだした。
その時、確かにゴミは散らばってなかった。ただ、他のものが散らばってはいた。
例えば、“衣服”。
俺は床に落ちていたシャツを踏み、仰向けにすっ転んだ。床は絨毯を引いていないので、かなり滑りやすい。
大きな音とともに、俺は床に体を打ちつけた。幸い、受け身もとれたので頭を打つことはなかったし、体にも怪我はなかった。
転んだ直後のボーッとする体を起こした。ふと床を見ると、ゴミ箱が転がっていた。
辺りには、一時的に重力から開放され、宙を舞って落ちたティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、使い捨てマスク、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ。散乱するティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、爪切りの下敷きに使ったチラシ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、折り畳まれたビールケース、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ。
俺こんなにティッシュ使ってたっけ。
“急がば投げるな。”
[ゴミ箱と戦う男の話 終わり]
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