*ダンサー
次の日──
「なんだぁ~、犯人は鈴木君だったのか」
お昼の食堂でパック牛乳を飲みながら健が発した。
「楽しい時間ではあったね」
匠は上品に言い放ち、コーヒーを傾ける。
「おう、犯人捜し面白かった!」
彼らの目的はあくまでも石を置いた者の正体であって、その後の事などにはまったく関心はなかった。
糾弾する内容でもないものに怒るより、楽しむ方が面白い、という考えのもとに動くのが彼らなのである。
「それにしてもさ~」
健がふと、ストローをくわえたままぼそりとこぼす。
「志保先生はいつまで俺たちにくっついてるのかな?」
鬱陶しい訳ではないが、マンネリ化した彼女の行動に少し飽き気味なのである。
「みなみ女医か」
つぶやいて微笑み、手にしている白い陶器のカップを覗く。
「そろそろ仕事もちゃんとしてもらわないとね」
「?」
何かを含んだ物言いに健が小首をかしげた。
放課後──美術部のモデルを済ませ、家路に就こうかと学園の入り口にいる匠の前に志保が現れる。
「事件は解決したの?」
「事件? 花崗岩の件なら済みました」
「どうだったの?」
「大したものではありません」
「! ちょっと、説明無いの?」
「はい、学園長にはお話ししましたので、知りたいのでしたら直接、学園長からお聞きください」
そう言われては問い質す訳にもいかず、志保は匠の帰宅準備を見つめた。
「ではまた明日、さようなら」
「あ、ええ。気をつけてね」
軽い会釈に応え、遠ざかる背中を眺める。
次の朝、志保は匠の悪巧みを探るべく歩き始めた──そのとき、志保を呼び出す園内放送が流れる。
「? なに? 忙しいのに」
眉を寄せて園長室に入ると、いつになく目が真剣な園長が彼女を見上げた。
「君、仕事しているのかね?」
「ハッ!?」
目を据わらせて発する園長に半笑いを浮かべ、しばらく沈黙した。
「君は学園の生徒を退学させたいのかね」
「そんなつもりはありません。ただ、何かあってからでは遅いと──」
語尾まで言えずに喉を詰まらせた彼女を見て、園長は小さく溜息を吐いた。
「わざわざ騒動を起こすようにし向けたりしかねんな」
「! そんなことしません」
「生徒の尻を追いかけるのはやめたまえよ」
「生徒の尻……ヒドイ」
しかし言い返せない。
園長室から出た志保は、がっくりと肩を落とす。
「怒られたようですね」
ハッとして振り向くと、匠がいつもの微笑みを浮かべて立っていた。
「まさか、あなたがチクッたんじゃないでしょうね」
生徒にとんでもない事を言う先生だ。
「いいえ、私は何も。呼び出されたのなら、生徒からの意見があったのかもしれませんね」
さらりと言い放ったが、それだけ彼女の行動が目立っていたという事になる。
「わたしは今まで何を……」
「あなたの行動には、とても興味が持てました」
「え」
天使のような微笑みで応えられたが、その真意を理解するのに数十秒ほどの時間を要した。
「それでは」
「あ、うん」
1つに束ねた黒髪を眺めつつ、溜息混じりに小さく伸びをする。
「!? そういうこと!? わたし踊らされてたの!?」
匠の言葉を思い出し、1人悶絶した。
彼は全てを見通していたのだ、志保の言動は彼の手のひらの上で転がされ上手く誘導されていたに過ぎない。
「わたしなんかで遊ばないでよ……」
腰が砕けたように園長室の前でへたり込む。
やっぱりバカな天才だわ──頭を垂れてうなだれた。
END
*最後までお付き合いいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。