第8話 ヒロイン?再登場
「羽賀さんに・・・あ、演出家の方なんですけど、その羽賀さんに、
照明の位置を戻しておくよう言われたのを忘れて、僕帰っちゃったんです」
下川の言葉に、和彦が頷いた。
「下川さん、昨日、用事があると言って2次会に行きませんでしたよね?
ここに戻ってきて照明を戻してたんですか?」
「はい。コントロールルームで遠隔操作で照明を動かそうとしたんですけど、
上手くいかなくて、ここに上りました。眼鏡はその時に置き忘れたんだと思います」
「で、その時氷室さんが・・・」
「いいえ!!」
下川はさっきより更に大きく首を振る。
首が飛んでいきそうだ。
「その時、ここには氷室さんは・・・誰も、いませんでした!」
武上が眉をひそめて言う。
「本当ですか?」
「本当です!」
「下川さんがここに来たのは、何時くらいのことですか?」
「ええっと・・・夜中の12時半、くらいかな・・・12時くらいまで飲んでましたから」
武上が和彦をチラッと見ると、
和彦はかすかに頷いて見せた。
「何時まで、ここにいましたか?」
「1時には、演劇場を出ました」
「・・・ふむ」
実は、先ほど鑑識に、
「死亡推定時刻はおそらく、午後11時から午前2時の間くらい」と言われている。
司法解剖に回せばもう少し時間の範囲が狭まるかもしれないが、
現時点では、下川の言っていることは、本当の可能性も嘘の可能性もある。
本当なら、氷室麻綾は下川が出て行った午前1時以降にここで死んだ。
嘘なら、下川が午前12時半頃ここにきて氷室麻綾を殺した。
殺した?
この下川が?
なんかピンとこないな。
武上の思いは、この場の全員の思いに一致する。
「ところで照明は、ちゃんと言われた通りに戻せたんですか?」
「はい、もちろんです!戻せるまで帰りませんよ!」
和彦は、確かに下川なら徹夜してでも羽賀の言いつけを守るだろうと思った。
「今朝、和ひ・・・KAZUさんが氷室さんの遺体を発見した時、
舞台の中央のスポットライトが点いてたそうなんですが、
あれはあなたがセットしたライトの位置ですか?」
下川が「え?」と言って、天井裏の中央にあるスポットライト・・・そこから例のロープが釣り下がっているのだが・・・そこに走り寄った。
そして首を振る。
「違います。僕はこんな位置に照明をセットしていません」
「・・・そうですか」
その時、下の方からゴジラの咆哮がした。
「しもかわあー!!!!どこだー!!!!どうなっとる、これはー!?」
「は、羽賀さんだ」
下川が飛び上がる。
「はい!!ここにいます!!・・・あの、羽賀さんが呼んでいるので行っていいですか?」
羽賀の声の迫力に、武上も三山もコクコクと頷くしかなかったのだった・・・
「演出家の羽賀、主演の中谷、氷室麻綾が片思いしていた宮下、
それに眼鏡をここに落とした下川、か。
氷室麻綾が殺されたのなら、容疑者候補はこんなとこかな?」
4人は天井裏に座り込み、武上の手帳を眺めた。
「もう1人いるぞ」
和彦が言う。
「え?もう1人?誰だ?」
「俺だ」
「は?」
「俺は今回の舞台で、氷室を殺す役だからな」
「・・・あのな」
武上はため息をついた。
「下川の話が本当なら、下川はここに午前1時までいたんだぞ。
どうやってお前が氷室麻綾を殺すんだ」
「俺も2次会には出ずに1人で家に帰ったからアリバイは無い。
帰る振りして演劇場に戻って、下川が出て行ってから氷室を呼び出し、
午後1時から2時の間に氷室を絞め殺す。どーだ、できるだろ?」
「動機は?」
「だから。俺は氷室を殺すことになってたからさ、舞台の前に現実でリハーサルだ」
「・・・お前は捜査を邪魔したいのか?」
げんなりする武上の横で、三山が笑いを噛み殺した。
「動機はともかく、確かに和彦君にも氷室麻綾を殺すことは可能だな。
武上、一応手帳に書いとけ」
「・・・」
三山の言葉は冗談だと分かってはいるが、
言われたとおり真面目にメモを取る武上である。
他のページに比べ、文字が少々汚いのはいたしかたないことだろう。
和彦もニヤニヤしていたが、ふと真面目な顔になって言った。
「武上。お前さっき、『下川の話が本当なら』っつったけど、それは間違いだ」
「え?」
「下川の話は本当じゃない」
すると山崎も頷いた。
「僕もそう思います」
「山崎さんも?」
「はい。下川さんは極度の近眼で、しかもコンタクトをつけられません。
それなのに、ここに眼鏡を置き忘れるなんて、考えられません」
「なるほど・・・でも、じゃあ、下川さんは嘘をついていると?」
「そうだと思います」
今度は和彦が頷いた。
「下川の奴、好青年の振りして結構食わせ者かもな。
下川は昨日ここに上って、死んでいる氷室を見つけて慌てて逃げ出した時に眼鏡を落とした。
もしくは・・・」
「もしくは?」
「昨日ここで氷室を殺した拍子に眼鏡を落とした」
「・・・」
「どちらにしろ、眼鏡を取りに帰る勇気はなかったんだろうな」
「じゃあ、さっきのは全部演技か?」
「だろーな。あいつ、散々舞台を見てきてるから、あれくらいの演技はできるんだろ。
それになかなかいい男だろ?多分、昔は役者を目指してて挫折したんだ。うん、きっとそうだ」
「・・・お前、舞台のこととなると、妙に妄想が入るな」
「だから舞台役者ってのは、」
「はいはい。わかったから」
その時、寿々菜がひょこっと床から顔を出し、
「お待たせしました!」と叫んだのだった。