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第5話 第一発見者

「あれ・・・おかしいなあ」


下川は首を傾げた。

演劇場のコントロールルームで、先ほどから照明を動かす装置をいじっているのだが、

どうも思うように照明を動かせない。



何か、ひっかかっているのかも。



下川はため息をついてコントロールルームから出ると、

真っ暗な演劇場の中を舞台の袖に向かって歩いた。


電気をつけてもいいが、大きな演劇場だ。

電気代も馬鹿にならない。

それに勝手知ったる演劇場。

目を瞑っていても歩ける。


下川は舞台の袖に着くと、天井へと伸びる梯子はしごを上り始めた。



実は下川、

羽賀から「照明を初めのシーンの位置に戻しとけよ」と言われたのを、

練習後の片付けをしている間に忘れてしまい、そのまま飲み会に行ってしまったのだ。


明日の朝一番に来てやってもいいが、

思い出したらやっておかないと気がすまない性分の下川。

羽賀の2次会を断り、こうして1人真夜中の演劇場に戻ってきた。



「ふう、暑いな」


まだ熱を帯びている照明のせいで、天井裏はやたらと暑い。

下川は眼鏡を取って袖で顔の汗を拭うと、再び眼鏡をかけて・・・

ギョッとした。



気のせいか?

何か、人影のような物が見えたけど・・・



下川はゆっくりと天井裏を見回した。

すると、いつの間にかすぐ横に女が1人立っていた。


「う、うわあ!!!」


下川は驚きのあまり尻もちをついたが、

そこに立っていたのはよく見知った顔だった。


「な、なんだ、氷室さん・・・驚かさないで下さいよ。

こんなところで何をしてるんですか?」


だが、氷室麻綾は黙ったまま瞬きもせずにジッと宙を見つめている。


「氷室さん?どうかしましたか?」


下川は立ち上がると、氷室に近づいた。

そして、氷室に向かって手を伸ばしたのだが・・・







武上は携帯が鳴る音で目を覚ました。



ん?ここは・・・ああ、仮眠室か。



昨日は結局、1人で家に帰っても虚しいだけと武上は警視庁で仕事をしていた。

殺人犯を追い掛け回す以外にも、報告書の作成など結構細々した仕事もあるのだ。


そして、気付いた時には終電はなくなっており、

仕方なく仮眠室で眠ることにした。

案外、家のベッドより警視庁の仮眠室の方が武上はぐっすり眠れて・・・

気付けばもう朝の8時である。


こんなことじゃあ、いつまでたってもお嫁さんは来てくれそうにない。



武上は無意識に携帯を開いて電話に出た。


「おう、武上」

「・・・和彦?」



なんだ、こんな朝っぱらから?

「昨日は悪かった。これから一緒に寿々菜を迎えに行こう」とか言い出すのか?



・・・武上も少々お疲れ気味のようだ。


「仕事だぞ」

「は?仕事?」


武上は携帯を持ち直した。


「俺の目の前に死体が転がってるんだけど、どーしたらいい?ロリコン刑事さん」



武上が和彦に「何も触るな、動かすな!」と言ってから、

演劇場にパトカーで駆けつけるのに30分もかからなかった。

それでも既に別のパトカーが1台、演劇場の前に止まっていた。

幸い、演劇場は繁華街の中心にあるのでまだ通行人や観光客はいなかったが。



「おせーじゃねーか」


演劇場内の椅子に足を組んで座っていた和彦が、武上を見て言った。


「和彦!死体は?」

「あそこ」


和彦はぶっきらぼうに舞台を指差した。

2人の警官がその上に立っているものの、

舞台の中央にスポットライトが当てられ、一筋の光の中で赤いドレス姿の女が倒れている光景は、

まさに劇の一場面のようだ。


ただし、その首に巻かれたロープを除いては、だが。


和彦と武上は、舞台に向かって歩きながら話した。


「あの女性は?」

「氷室麻綾っていう25歳の女優。ここで来月からやる舞台のヒロインだ」

「詳しいな、和彦」

「当たり前だろ、俺も出るんだから」

「お前、舞台なんかやってるのか?」

「やってたら悪いか」


悪くはないが、武上の中の「男性アイドル像」というのは、

ローラースケートを履いて歌ってるっていう・・・本当に24歳か、武上。

まあ、武上も、和彦はその手のアイドルではないことくらいは知っている。


だが「舞台」と聞くと、なんだか実力派というイメージだ。


「・・・あのな。俺、結構演技の評価高いんだぞ?」

「ふーん」

「・・・どうでもよさそうだな」


確かにどうでもよかった。

武上は別のことに気を取られていたのだ。



氷室麻綾って・・・聞いたことある名前だな。

どこで聞いたんだっけ?



「まあ、とにかく。和彦とこの氷室麻綾って女優は舞台で共演する予定だったんだな?」

「ああ」

「他の共演者やスタッフは?」

「まだだ。今日は俺が一番乗りだったからな。・・・昨日はちょっとズルして早く帰ったし」

「え?」

「いや、なんでもない」


2人は舞台の脇の階段から舞台に上がり、

丸く広がったドレスの中で息絶えている氷室に近づいた。


「和彦。お前さっき一番乗りって言ったな?じゃあ和彦が第一発見者か?」

「そーだろうな。俺より先に見つけた奴がビビッて逃げたりしてなきゃ、だけど」


和彦がこういう考え方をできるのは、ドラマ「御園探偵」の探偵役で鍛えた推理力と、

武上たちと共に、いくつか事件を解決してきた成果であろう。


こればかりは、武上も和彦に一目置いている。



武上は、氷室麻綾の横に跪くと両手を合わせてから、死体と周囲の状況を調べ始めた。


氷室の首に巻かれているロープには結び目があり、一見首吊り自殺のようだ。

しかし、それなら、死体がこうやって舞台の上にあるのはおかしい。

ロープを辿って反対側の端を見てみると、火か何かで焼き切られたようになっている。


武上は天井を見上げた。

そこには沢山の照明がぶら下がっている。



首吊り自殺なら、あのどれかにロープを括ったんだろうな。



「あのー・・・」


制服姿の警官が2人、おずおずと武上の後ろから声をかけてきた。


この2人はおそらく和彦の110番でやって来たのだろうが、

2人ともいわゆる「町のお巡りさん」。

武上と違って死体など見慣れておらず、どうしたらいいか分からないようだ。


武上が本庁の捜査一課の刑事である事を伝えると、

2人はホッとしたような表情になった。


「その女の人、自殺ですか?」

「分かりませんが、他殺の可能性もあります。鑑識を呼びましょう。

あと、もうすぐ舞台関係者がやってくるので、どこかの部屋で待機さておいてください」

「は、はい!あの、武上さんはどうなさるんですか?」


武上は、立ち上がりながら言った。


「僕は、第一発見者から話を聞きます」





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